23章167話 八方美人の大博打
どきりとした。顔に出たかも知れない。
マティレートは今一度、俺達の姿を上から下まで丁寧に見直して言う。
「貴方達の所属が分かるものを確認させてほしいな。何か、あるでしょ?」
ねえよ……! 冷や汗が吹き出る。隣のログマが何か機転を利かせてくれる気配もない。
曖昧な返事をしながら黙り込んだ俺達を見て、マティレートが口の端を吊り上げた。
「へえ、無いんですか。ハーヴェストさんは常に組章を持ち歩き確認し合うルールだと聞いてますがね。おかしいなー?」
難を逃れる手段を求め脳内の引き出しを片っ端からひっくり返す。その末に、自分でも信じ難いものを拾い上げた。……こうなりゃ賭けだ。
「――勘違いしておられませんか」
「うん?」
「俺達、ハーヴェストの組員ではないですよ」
敵味方全員の怪訝そうな視線が突き刺さる。頑張れ、負けるな、俺。
――ハーヴェストを名乗ることに抵抗を感じ、明言は避けていた。そのお陰で、無理やり軌道修正できるかも知れない。
無垢な表情を装い首を傾げる。
「そういえばここに案内して下さった方も、ハーヴェストがどうのこうのと仰ってましたね。俺達をそう呼んでらっしゃったんですか?」
特徴のない顔の組員がマティレートに睨まれ、怯えたように身体を縮めた。
マティレートは小さくため息をつき、再びねっとりと笑いかけてきた。
「……失礼しました。こちらに思い込みがあったようです。では改めて、所属をお尋ねしたい」
「それが、所属なんて無いも同然なんです。だから所属が分かるものって言われても困っちゃって。俺達は基本的に個人で活動する傭兵です」
頭の中に次々と嘘っぱちが浮かび、それらしい理屈を伴って口から溢れ出る。大嫌いな自分が希望を繋ぎ止める。
これは人の心に挟まれて悩み抜いてきた俺の、碌でもない能力。リアルな表情管理、自然なお世辞と建前、矛盾の生じない言い訳、中身のない誠意――八方美人の事勿れスキルだ。
「俺、名乗ってすぐ取引を持ち掛けちゃいましたね。すみません、ちゃんと説明します。――俺達、小さいグループを組んで活動を始めたばかりなんです。グループ名すらまだないんですけどね……。早い話、活動する上でのケツ持ちが欲しかったんです」
「……ふーん?」
「そんな時に、ヒュドラーさんがこの女を取り逃したって噂を聞きまして。俺達が捕らえて献上すれば、実力を示せる上、関係性を作れるかなと思ったんです。それで上手くいったんで、この場なら会えるかもと馳せ参じたわけです」
騙せているかは分からない。それでも、言い切る他ない。
「だから、ヒュドラーさんに今後仲良くして頂くことが、取引の目的そのものなんです。俺達のメリットなんてそれだけで充分。売価の一割は、お駄賃として欲張ってみただけです。……受け取って頂けませんかねえ?」
どうだ! 一から十まで全部嘘だが、辻褄は合わせた筈……! 不安と動悸で表情が崩れそうだ。話し終わった後の沈黙が、恐ろしく長く感じた。
マティレートの態度が目に見えて緩んだ。
「そーいうことね。ハーヴェストがうちに取り入ってくる意味が分からんと思ったが、全然関係ない傭兵集団が媚び売ってきてただけか。紛らわしい見た目しやがって」
そしてゆっくりと近づいてきて、俺の前に立つ。俺達の身長はほぼ同じで、目線が正面からかち合った。
「この『ご挨拶』は受け取るよ。エルクとロッシュだっけ? 覚えておく。ケツ持ちをやってやるとまでは言わないが、あんたらはそこそこ使えそうだし、今後の働き次第では協力関係を結んでやってもいい」
心の中で拳をぐっと握った。やってみるものだ。このまま逃げ切れ!
「ありがとうございます!」
「あと売価の一割ね。この女の競りが終わったらまたこの控え室に来い。すぐに渡す。その時に改めて今後の話をするか、めんどくせえけど」
「分かりました。……あ、これどうぞ」
ウィルルの手錠の鍵を差し出す。無論、俺も別で合鍵を持っている。
マティレートは部下の男の一人へとウィルルを押しやりながら、こちらを見ずに鍵を受け取った。
「あーはいはい。じゃ、出てってー。太客への挨拶とか、こっちも忙しいんでね。――おい、こいつ連れてけ。舞台裏の商品控え室」
「あっ、はい。着替えさせます?」
「めんどいしいいよ。変なもん持ってないかだけ確認しとけ」
ウィルルの手錠に繋がった紐を手放す。部下の男二人が、彼女の華奢な腕を掴んで部屋の外へと引っ張っていく。拳を強く握り、無事を祈ることしか出来ないのが苦しかった。
軽く頭を下げ、見かけ上爽やかに挨拶した。
「――ではまた後ほど。今後ともよろしく」
控え室を後にして、ウィルルを連れていく男二人を離れた所から追う。舞台裏と言っていたが、どこへ行くのかしっかり確認したい。
少し歩いたところで、ログマに思い切り後頭部を叩かれた。過去一で痛かった。
「いぃった! お前さあ――」
流石に文句を言おうと彼を見て、驚きのあまり全ての表情が消えた。
あのログマが、この俺を、キラキラ輝く尊敬の眼差しで見つめていたのだ。
やや興奮した様子で彼は言った。
「とんでもねえ大芝居を打ったな! あれは真似できねえ。咄嗟に考えたんだろ? 心底見直した。やるじゃねえか!」
まさかの大絶賛である。引き攣った笑いを浮かべて目を逸らした。ログマ……俺は、事を荒立てないことに特化した、ただの小心者なんだ……。せっかくの称賛を自嘲で否定するのは気が引けるから、言えないけどさ……。
「はは……どうも……。なんかごめんな……」




