3章15話 残念エリートとダメな提案
「おお! 流石よく知ってるじゃない」
槍、斧、鎌の部位を先端に持つ特殊な武器。強力な代わりに難しいと言われてるやつだ。
心が踊った。
「まさかこれがメインウェポンなの?」
「そうだよ。普通の槍より素早さでは少し劣るんだけど、刺突も斬撃も小技もできる自由さが好きでね。ちょっと怠けるとすぐ器用貧乏になっちゃうけど。ははは」
「かっこいい! 俺、ハルバードの使い手、初めて見た」
カルミアさんは照れくさそうに束ねた髪をいじった後、楽しそうに話してくれた。
「これさ、拘って馴染みの職人に作ってもらってるんだ。槍頭見て。これ、突くのも斬るのも得意なの」
カルミアさんのハルバードの鋼は、燻銀に仕上げてあった。利便性に特化した無駄のないデザインの中に、気品と遊び心を感じる。カルミアさんを体現したような武器だ。
「斧は小振りだけど面積広めにしてて、バランス取るために鎌も重いんだけど、先端が細いから使いやす――あっ! ごめん、喋りすぎた」
かぶりを振った。俺は武器も戦闘も好きだ。そうでなきゃここまで剣に傾倒しない。
「ううん。こういう話大好きなんだ」
カルミアさんも嬉しそうに表情を綻ばせてくれている。
「はは、嬉しいな。こんな話をできるのは久しぶりだよ」
そして彼は、顎を撫でながら言った。
「ついでに話しちゃうんだけど、俺、元防衛団員なんだ」
「本当に!」
帝国防衛戦士団、頭も体もよく動くエリート揃いの集団だ。引越しの日、その団員だと勘違いされた事があったけど、俺なんかにはとても入れる所じゃない。
「エリートじゃないですか!」
「そんなもんじゃないよ。昔たまたま出た大会を勝ち上がっちゃって、推薦枠で入ったんだ。――あそこ、強い人ばかりでさ。俺は槍だけじゃゴールド級が精一杯だったから、色々やってみるうちにハルバードに落ち着いたんだ」
ゴールド級だって誰もが取れるわけじゃない。槍を極めた上でハルバードを使いこなせるようになるまで、きっと並ならぬ苦労があったんだろう。
……そして今は、ここにいる。
カルミアさんが、俺の抱える剣を指さした。
「君の剣も見せてくれよ。良い鞘だね。それはロングソードだろ?」
さっすが! 分かってる!
「この鞘、気に入ってるんだ。藍染の革使ってて。あっ、ぜひ剣身も見てほしいな」
たすき掛けのベルトを付けて、肩越しに剣を抜く。春の太陽に照らされた愛剣はとっても綺麗だった。
「おお。ロングソードの中では割と長いね。その代わり少し薄めで、振りやすそう。ルークは速さ特化なの?」
そうなんだよ、そうなんだよ。話が弾む。
「俺は一撃の重さで叩き斬るのよりも、速さで突いたり引き斬る方が得意で。でも形はロングソードが一番楽なんだ。そんでこんな感じに」
俺の剣をよく見ていたカルミアさんが、鍔を指さして言った。
「装飾は水を模してる感じか。フラーは紺色、ルークの髪と目と同じ色だね」
「ふふ、そうなんだ。水属性が好きだから剣のデザインに反映してもらった。一応、水の他に光は剣に乗せられるんだけどね」
「おお、じゃあルークは霊剣士なんだ! ははは、君こそエリートじゃないか」
かぶりを振った。
「勉強は嫌いなんだよ。剣も精霊術も上達がのろいし、使える武器は長剣だけ」
「あれ、そうなの? お互い残念エリートってことか」
笑い合う。久々に、何も気を遣わずに話せた気がした。
俺は素直に伝えた。
「稽古の邪魔してごめんね。でも、武技を語れる先輩が見つかったの、凄く嬉しい」
「ふふ、大袈裟だな。全然邪魔じゃないよ。こういうの、楽しいじゃない」
嬉しくて、ちょっと調子に乗った。
「よければ、これからもたまに一緒に稽古しない? あ、もしカルミアさんが得意な属性があればそのハルバードを媒介して――」
「教えてくれるの!」
思わずビクッとした。
「え、ごめん、おこがましかったかな」
カルミアさんの顔を見上げると、少年のような無邪気な笑顔を浮かべていた。
「全然だよ! 嬉しくて。いやあ、霊槍士、憧れなんだよね。剣に比べて人数が少ないし、ロマンがある。でもこの歳から習うとこもないから諦めてたよー」
肩をポンと叩かれる。
「精霊術は不得手だけど、根気強く教えてちょうだいよ」
「もちろん。俺、根気だけは自信あるから任せて!」
培ってきた力が、この凄い人の力になるかもしれない。俺にとっては、それがとても嬉しかった。
カルミアさんと並んで、それぞれ自分の得物を振るう。
長年の相棒はすぐ手に馴染んだが、やはり鋼は重い。狙った動きが上手く出来なくて歯痒い。
剣に触れられなかった間も木剣での稽古や筋力トレーニングはしていた筈だったが、思った以上に鈍っていた。
――カルミアさんは、稽古を横目に見るだけで分かる、凄い槍士だった。
前方を貫く刺突と、広範囲を切り裂く斧で、何者をも寄せ付けない。殺傷能力に秀でたそれらの攻撃は、敵に強く死を意識させるだろう。
槍使いの弱点である、近づいた敵についても想定しているようだ。長い柄で足元を払い、鎌で引っかけて、転がしたところを槍で突き刺す。
無駄な動きも隙も一切なく、最小限の動きで効果的な攻撃を繰り出していく。洗練された体捌きは流れるようで、美しかった。
「ああ、くそ……はあ、はぁ」
自分の脳内イメージと愛剣の動きが譲歩し合った頃には、心身が疲れ切っていた。
膝に手を付き肩で息をしていたら、汗だくのカルミアさんが休憩に誘ってくれた。
「お疲れ。一緒に休まない?」
ベンチに隣り合って腰掛け、タオルで汗を拭きながら水筒の水を飲む。夕日に照らされた世界は、暖かく見えた。
オレンジ色の空を見ながら、カルミアさんがぽつりと話しだす。
「気持ちが緩んだみたいだ。少しだけ、話を聞いてくれるかな」
断る理由がなかった。
「俺も同じ。何でも聞ける気分だよ」
右隣に座った俺から見えるのは、大きな傷と、遠くを見る右目。……左腕の、無数の躊躇い傷。
彼は、小声で話し出した。
「田舎に、息子がいるんだ。レイジとダンカム、ログマは知ってる。……なんとなく女性達には言えてないんだよね。はは」
驚いた。左手の薬指に光る指輪には気づいていたけど、話を聞かせてくれると思っていなかった。
「そうだったんだ。いくつなの?」
「それがさ、もうすぐ十六なんだ。ランツォ君と同学年だ。――今日の会議では、どうも頭が働かなかった。ごめん」
「そっか。そうだよな……」
彼にとって苦しい仕事を用意してしまったな。
カルミアさんは、自嘲気味に笑う。
「ここらへんの人間に詳しいのも、子育てしていた当時の名残だ」
「そう言うことなんだ」
「うん。今も気にかけてくれる人達が、沢山いてさ。俺は皆に何を返せてるんだろうなって、思っちゃう」
返せない恩は、自分の心に溜まって重苦しく居座るものだ。俺にも分かる。真っ先に裏庭に来たのも、それを紛らわすためだったんだろう。
口を開きかけた時、カルミアさんが言った。
「俺さ。今回の仕事、絶対成功させるよ。息子と同い年の子を一人、明るい道に引き戻すんだ」
彼は父親の顔から、頼れる職場の先輩の顔に戻った。
「盗賊団の苦情だって最近は頻繁に聞くし、こらしめたら、皆に少し恩返しできるかなって。地域貢献ってやつだよ!」
カルミアさんは逞しい力こぶを作り、お茶目に笑った。つられて笑う。
なのに、彼は途端に脱力し俯いてしまった。
「――なんて。全部エゴだって分かってるんだけど。家出したいほどの家庭に戻す事が、いい事かは分からないよね」
多分、カルミアさんの中で色んな悩みや葛藤が絡まっているんだろう。俯く長めの前髪が、風に揺れている。
俺も、目にかかる自分の髪を払う。励ましたくて、精一杯言葉を並べてみた。
「そうだね……。でも俺、ランツォ君には、両親が大金をかけて自分を探してる事は知ってほしいな。俺ならそれだけで心変わりするかも」
脳内に、両親がよぎった。俺の親なら――いや、やめよう。
「俺達が保護できれば、ランツォ君が、家からも盗賊団からも離れて自分と向き合えるチャンスになるじゃん。これ、思春期の子にとってはかなり大事じゃない?」
カルミアさんが、少し顔をあげて、頷いてくれた。
ここで、いい事を思いついた。
「そうだ。ランツォくんを無事保護出来たらさ、親の愚痴聞いてみようよ。それで本当に悪い親だったら、内緒で逃がす。その後は各所から怒られて、やけ酒だ!」
カルミアさんが吹き出した。
「ダメな提案だね。でも失敗しても酒が待ってると思うと少し気持ちが軽いよ。ありがとう、ルーク。――やけ酒、楽しみだなあ」
「ちょっと、最初からやけ酒前提はやめろ! 成功させるんだからな。地域貢献した方が美味い酒飲めるだろ!」
「それは違いないね!」
笑い声が夕焼け空へ飛んでいく。
この強くて優しい、ちょっと脆い先輩の背中を押せていたらいいなと、願うばかりだった。




