22章163話 危険な覚悟
ログマは確かに俺を嫌っているが、こういう場面で無益な喧嘩を売る奴ではない。ちゃんとした勝算があるんだろう。苦笑して続きを促した。
「嫌な言い方。まあいいや、詳しく」
「説明会では、傭兵達に『紺髪紺目の長剣使いの若い男が現れたら通報』という指示が出てた。これを利用する。ルークが周辺を彷徨けば、ヒュドラー側に連絡が行くだろ。それで接触してきた奴をボコして、会場への道を吐かせる。吐いてくれるかは賭けだがな……」
ふむ。口元に手を当てた。
「悪くないんじゃないか? 後を追えば他の皆や防衛団の方々も入って来れる」
「……俺は他に策があればそっちを優先したい」
彼は先程からなんとなく歯切れが悪い。
「何か不安でもあるのか?」
「まずルークをかなりの危険に曝す。敵対組織のハーヴェストの一員に扮するってことだぞ、お話しにきてくれるとは限らない。問答無用で狙撃される可能性もある」
「あー、仕方ないんじゃないか。対策を考えればいいさ。俺の危険は別にいいよ」
軽い舌打ちと共に睨まれた。何か気分を害したらしい。その顔怖いからやめて。
はぁ、と苛立ったように息をついて、ログマは続けた。
「――お話に来てくれたとしても、そいつをボコすんだ。この時点で明確に敵意を示してしまう。ヒュドラー側も警戒するから、会場に入った後動きづらくなるだろう」
「それはそうだね……なんなら、周りの警備の傭兵も巻き込んで乱闘になるリスクもあるな」
「その通り」
ガノンさんが悩みながら唇を尖らせた。
「防衛団員が介入する方法を考えてたんですけど、思いつかないな……。そこらじゅうを見張って、人が出入りする場所を見つけるくらいですかね」
ジャンネさんが難色を示す。
「旧公民館は敷地含め広くて大きいよ。警備の傭兵に紛れるにしても、多人数は目立つ。それに、裏仕事に手を出すようなアウトローの傭兵は、過去世話になった防衛戦士団員の顔を覚えていることもある」
「げっ、確かに。防衛団員がイベントを嗅ぎつけてるってバレたら大騒ぎになるな。……じゃあやっぱルークさん頼りになっちゃうかぁ?」
再びログマに注目が集まるが、彼も悩んでいた。
「要は戦闘にならない方がいいわけで……ヒュドラー側にも利の有る用事や手土産をでっち上げられれば、取引目的の関係者として安全に潜入できるか。だが手札がない……」
また一同が唸ったところで、元気な高い声がした。
「はいっ!」
一同の視線は、頬を紅潮させてまっすぐに手を挙げるウィルルに注がれる。
「私! 手土産になる! ――おとり! やる!」
ジャンネさんが慌てて止める。
「囮だと? 危険だ! 貴女を狙うヒュドラーに姿を曝すという事だろう?」
しかしウィルルの決意は固いようだ。両拳をぴこぴこ振って必死に訴える。
「で、でも、私という商品を連れていけば、ヒュドラーの人ともお話ができるかもですよ。戦って無理やり話させるより、きっと上手くいきます!」
ガノンさんが小さな角の根元をかりかりと掻きながら悩ましい表情で言う。
「まあ確かに、ウィルルさんが手札になってくれるなら便利っすねぇ……」
「ガノン! 失礼だよ!」
窘めるジャンネさん。だが、ログマも難しい顔で同意した。
「――正直、ウィルルという駒が計算に入ると、一気に作戦の完成度が跳ね上がる」
やはり彼は頭の回転が早い。身を乗り出す。
「ログマ、もう作戦が浮かんでるのか?」
「まあな……。話すだけ、話してみるか」
ログマは顎に指を添えて考えながら話し出した。
「ルークに、ウィルルを連れた状態で会場周辺を彷徨いてもらう。ヒュドラー側からすれば意図が気になるだろうから、素直に接触して来るだろう。そこでウィルルを差し出すんだ。こいつが欲しけりゃ上と話をさせろとな。そうすれば会場内に案内される筈だから、入り口が分かる」
皆、一様に頷きながら聞いている。
「そこからは、ヒュドラーのボスと商談になるだろう。ウィルルという商品に目を付けてたのはヒュドラー、だが、捕えたのはハーヴェストだと思われてる俺達。上手く話をまとめて、ウィルルを譲り渡す」
つい動揺の声が漏れた。
「えっ……!」
「一旦聞け。……その後は各自位置取りして待機。オークションが始まり、出品者のヒュドラーとウィルルが舞台に上がった時が開戦の合図。俺達は大暴れしてウィルルを奪還、公衆の面前でヒュドラーを制圧」
ここでログマはふふ、と不敵に笑った。
「ヒュドラーのバカ共が厄介な獲物に手を出してヘマをしたから大損害を招いたんだ、ってことを、その場にいる全員に分からせる。ヒュドラーの積み上げた権威も信用も体裁も、全てを地に堕とし無力化する。――そういう作戦だ」
形にはなっている気がする。誰も異論を口にしないところを見るに、これが最終案という雰囲気すらある。だが俺にとっては、やはり現実離れした話だと感じた。
茫然と呟いた。
「本当に怖くなってきたよ……。思春期のイタい妄想みたいな話なのに、本当にやるんだろ。え、俺達、舞台で反社相手に大立ち回りするのか……? ホントに……?」
ログマに呆れられる。彼はもうとっくに肝が据わっているらしい。
「今に始まった話か? 反社組織のアジトに潜入ってあたりからもう怪しくなってただろ」
「そ、そうか……えぇ……? 俺はただの一般都民なのに……そんなに派手で目立つ、恥ずかしい戦闘を……?」
「なんだこいつ! 狙撃に対してはベツニイイヨォとか言ってたくせに! どこに尻込みしてんだ、ワケ分からん!」
俺は呆けたまま、ウィルルに顔を向けた。
「ウィルル……作戦、分かったか?」
「うん」
「え……」
「私は、商品としてヒュドラーに預けられる。値段をつける舞台に出される。……でもそこで、皆が助けてくれる。そして、一緒に戦う。でしょ?」
「そうだけど……!」
ウィルルの深紅の瞳に揺らぎはなかった。
「これは、私のお父さんから始まった話。それで皆を巻き込んで、入社の頃から今までずっと、沢山迷惑かけてきた。……でも、私だって、戦える。自分で自分の身を守る。私が自分で、ケジメをつけたいの」
息が詰まる。エスタ、俺はウィルルに危険な覚悟を決めさせてしまったかもしれないよ――。
うっと言う呻き声に目をやると、ジャンネさんが感涙していた。
「なんて……なんて美しい仲間意識! 一人は皆のため、皆は一人のため、身を削り合い、守り合う! 素晴らしい! なんて輝かしいんだろう! 私は君達を助ける仕事ができることを、心から喜ばしく思うよ……!」
絵に描いたような感極まる様子に気圧されドン引く俺達。ガノンさんが慌ててフォローする。
「ああぁ……ジャンネ、汚い社会に疲れて正義に飢えすぎてるところあるからさ……。皆さんの関係性に、よっぽど綺麗な光精霊の共鳴を見たんだろうね。あはは……」
そして、彼も力強く頷き、にっと笑ってくれた。
「利権が絡んだ現行犯の犯罪には、うちはめっぽう強いから! 危険を冒してもらう分、必ず力になりますよ! ――なんてったって、三百人体制で計画中ですからね!」
世間知らずの俺は慌てた。
「大きな公民館とはいえ三百人も紛れられます?」
「ふふはっ! 全員内部に突入するわけじゃないですって。連絡等のバックアップや救護班、逮捕した罪人の移送と取り調べまで、細々と色んな役割の人員を合わせて三百人っすからね?」
「あっ、ああ、そっか……。へへ」
皆で笑った。
それからも俺達は、限られた情報の中で作戦をまとめていった。大それた冗談のような作戦が徐々に現実味を帯び、緊張感と意気込みで身が引き締まった。
防衛団員の二人を見送り、応接間に三人が残される。
俺は、去り際のガノンさんから手渡された書類を大事に持ちながら、ログマに苦笑を向けた。
「……この作戦、他の皆はなんて言うかな」
「それはもう口うるさく反対するだろうな。あいつらはウィルルに対して過保護だから。いないおかげでスムーズに話が進んだ、何よりだ」
「ははは……でも、やるって決めたらとっても強いから、きっと力になってくれる。――やるぞ、二人とも」
ログマは素直に、ふっと笑った。
「任せろよ」
「や、やるぞぉー!」
慣れない言葉で気合いを込め、拳を上げたウィルル。その背中を、ログマと共に両側からポンッと叩いた。
*お知らせ
薄々勘づかれていた方もおられるかと存じますが、区切りが難しく、1話あたりの文字数が増量していってます……。
勝手ながら第4部終了まで、2000~4000字/話で突っ走らせて頂くことに致します。大変恐縮ですが、何卒お付き合い下さいませ。
長かった第4部も残り2章でございます。お楽しみ頂けることを祈っております!




