22章161話 やるしかないかぁ
久々に緊張感のある戦闘をこなした俺達は、翌日、案の定ボロボロだった。
体調不良を予感していたカルミアさんは発熱。ログマは珍しく寝坊。ケインは不眠と抑うつをメモで表明し引きこもり。ウィルルの部屋のドアには『一人で考え事をします』という張り紙があった。ケインの部屋でしばらく一緒に過ごしていた筈だが、いつの間にか、自分の部屋へ戻れるようになっていたようだ。
俺はと言うと、無気力の極みだ。皆が各々の理由で出て来ず、レイジさんとダンカムさんも休日で不在なのをいいことに、食事抜きで部屋に戻り惰眠を貪っている。
「トイレに行きたいと思ってから……二時間経ったな……」
ベッドの上でうとうとと呟くが、結局は動かない。空腹は感じるが、しばらく水すら飲んでない。心身の重さが全ての意欲を削いでくれている。
しかし、そろそろ昼食時。カルミアさんの看病だけはしたい。他人のためなら何故か動けるのが俺。ようやくトイレを済ませて、先延ばしにしていた朝の薬を飲み、部屋から出た。
昨日の余りのご飯で簡単な卵粥を作る。鍵の開け閉めを諦めて寝たきりになっているカルミアさんの部屋に入り、ベッドサイドに水筒と粥の器を置いた。声をかけると、濁ったお礼の言葉を貰った。
俺も昼飯を食おう、低血糖で気持ち悪い。食堂に戻ると、ぼんやりしたログマが食卓に座っていた。黒髪美女は見納めである。
「おはよう。よく寝れたみたいだな」
「あー。慣れない格好の疲労感がプラスに働いた」
「何よりだ。適当で良ければ、メシ食う?」
「……いいのか」
「うん。俺のもこれからだから、二人分作っても一緒だ」
いつになくふにゃふにゃと机に伏しているログマを目の端に置きながら、余り野菜と加工肉でピザトーストとスープを作った。
簡単な会話と共に、お互いぼんやりと食事。久々に、これぞ休日と言った緩い雰囲気であった。
ログマがだらだらと話しかけてきた。
「ルーク。オークションの作戦、考えようぜ」
唐突な話にこっちは目が覚める思いだ。
「……え、二人でってことか?」
「明日、防衛団連中が来る前に、方針を決めておきたい。それに、連日の会議と調査、トドメに昨日の作戦で、体調不良者が増えてる。動ける俺達で大筋を決めて、追って相談調整するくらいでもいいだろう」
そう言われると合理的ではあるが。
「俺も元気ってわけじゃないけど……」
「奇遇だな、俺も元気ではない」
二人で顔を見合わせ、吹き出す。
「あはは。考えてみりゃ、俺達が完全に元気なことなんてないか。……じゃ、出来るとこまでやってみよう」
「ふん、物分かりのいい時もあるんだな」
昼食を片付けながら湯を沸かし、レモネードを淹れた。確かログマはコーヒーも紅茶も苦いとか言って好まない筈だが、温かいものは飲んで欲しい。
昨日の茶会の余りの焼き菓子と共に出し、歓談の体制を整えると、ログマが少し顔を顰めてもじもじしだした。
首を傾げた。
「居心地良くしたのに、居心地悪そうだな……なんで?」
「……突然、何のおもてなしなんだ」
「もてなしてねーよ? 飲み物とつまみを並べたらなんか喋りやすいだろ。飲み会と一緒」
「……ああ、そう言うこと」
ようやく肩の力を抜いたログマ。彼は基本的に器用なくせに、稀に慣れない場面で謎の不器用を発揮するから驚く。友人とカフェに行くとか、他所の家で茶を頂くとか、そういうのは特別だと思っていたのだろうか。
ログマの向かいに腰を落ち着けた。今日は目が合っても睨まれなかったから喧嘩のリスクは低そうだ。よく眠れたから余裕があるのかな。
えっと。まずは目的の確認からするか。
「俺達の目的は、ヒュドラーにウィルルを狙うのを諦めさせること。そのためにこのオークションをどう利用するか……って話で、いいんだよな?」
「ああ、その通り」
少し目を伏せ、まだ熱いレモネードを冷まして啜る。後ろ向きな話で気は引けるが、ログマなら現実的に答えてくれそうだ。
「……一応確認なんだけどさ。これ、もう防衛戦士団に丸投げするのは駄目かな? 話が大きくなりすぎてるから、俺達は手を引くべきじゃないかと思ってるんだ」
ログマは腕を組んで背もたれに身を預ける。
「勿論、できるならそうしたい。どの道、オークションの取り締まり自体は防衛戦士団頼りになるんだしな。……だが、そうすべきじゃないと思ってる」
「そうなの?」
「ルークの持ってきた情報で、ヒュドラーは横に広い組織だって話があっただろ。であれば、オークションで『今の』人身取引チームを全員逮捕してもあまり意味がない。情報は組織で管理し、後任に引き継ぐことができるだろうからな」
顔を顰めた。
「メンバーの替えがきくってことか……」
ログマは頷く。
「ウィルル一人にどこまで執着するかは分からんが、危険に怯える生活は続くだろうな。そう考えると、ヒュドラー全体に『ウィルルに手を出さない方がいい』と思わせることこそが重要になる」
腕を組んで唸る。
「それだと……俺達自身が派手に暴れて危険性を見せつけるとかいう話になるのか?」
「その認識でいい。だから、防衛団に丸投げするべきじゃないと考えてるんだ。勿論、防衛団員を引き連れて現れること自体、強めの威嚇だがな」
納得すると同時に、胃が痛くなってきた。
「カルミアさんが、会社ごと消される心配をしてたろ。レイジさんは、まだそこまで恨みを買ってないから大丈夫って言ってた。……今回の行動で火をつけちゃうのが怖い。何とか防げないかな」
ログマもまた悩みどころのようだ。目を瞑り唸った。
「……そもそも俺達には、ウィルルが狙われ続ける生活を受け入れるか、抵抗するかの二択しかない。どっちも危険なんだ」
「それもそうか……。徹底的に抵抗して、もう手を出さない方がいいと思わせることが、一番の防衛になるのかな」
「ああ、そう考える他ねえだろうな」
ログマはレモネードを口にした後、ため息をついた。
「理想を言えば、イルネスカドル対ヒュドラーのシンプルな構図で叩き潰したいんだ。だが現状、叩く場面がオークションしかない。イベントごとぶち壊す派手な反撃になる。どうせ恨みを買うんだから、圧倒的力で捩じ伏せる方がいいはずだ」
「……納得はしたよ。気は進まないけど」
俺の口からもため息が漏れた。
「これさぁ。ヒュドラーの標的になった時点で負けみたいなところあるよな? 理不尽だよ」
ログマは忌々しげに舌打ちした。
「全てはウィルルの親父が悪い。俺達は命削ってジジイの借金の尻拭いをしてんだよ。腹立つ」
「あはは……本当にそうだな」
天井を仰いで顔を顰め、渋々覚悟を決めた。
「――やるしかないかぁ……」
「……そういうことだな」
湧き上がってきた緊張感と不安感を紛らわしたくて、ログマに絡んだ。
「派手な暴れ方はログマが詳しいよな? 教えてよ。人付き合いが嫌いだから排除しまくってきたって言ってただろ」
いつもの如く舌打ちされたが、今回は流されなかった。
「チッ、てめえみたいな良い子ちゃんよりはな。……任せろよ、こちとらクビ三社の実績持ちだ」
「はは、そういやそうじゃん。頼もしいな!」
ケラケラと笑い合った。こいつと冗談を言い合えるようになったのは本当に最近だから、未だにちょっと嬉しくなってしまう。




