22章159話 ウィルルの前向き作戦 -家族-
食堂に移動した俺とウィルルは、たわいのない話をした。考えてみれば、俺達の仲は良好だが、二人きりで落ち着いて話した事は殆どなかった。幸いなことに会話は弾み、ウィルルは、残した夕飯をあっという間に平らげていた。
夕飯の食器をシンクに下げて、俺の焼き菓子とウィルルのティーセットを机に揃える。
どう本題に戻ろうか――と考えたが、不要だった。意外にも、ウィルルから話を切り出してくれたのだ。その表情からは、裏庭で話していた時のような怯えや強ばりは感じなかった。
「あのね、ルーク。さっき『ダメだと思わされた』経験を聞いてくれたでしょ?」
「ああ、そうだね」
「私、ちょっと整理したよ。あの時上手く話せなかったのは、私の辛い話なんて誰も聞きたくない筈だって思ったから。卑屈で、うざくて、時間の無駄だって言われると思って怖かったから。――でも絶対、ルークはそんなこと言わない。それなのに怖いから、確かに『そう思わされた』原因が別にあるのかもって思ったよ」
正直驚いた。確かに少し捻ったが、たかが質問一つで、すぐにここまで思い至れるとは。
「凄いな。自己理解が早い」
「えへへ……。私はすぐ混乱しちゃうけど、一つ良いヒント貰えると、一気に色々分かることが多いんだぁ。間違ってないかな?」
「うん、俺も同じ意見だよ。ウィルルの話は聞きたくない、みたいな酷いこと、昔誰かに言われたんだと思う」
ウィルルの顔がぱあっと晴れる。理解できることが増えた時に彼女が見せる表情だった。
勢いづいた彼女は、齧りかけのクッキーを片手に前のめりで話し出す。
「あの、あのね。他にもあるんだあ。やっぱりウザかったり、ダメな私が嫌になったりするかもだけど……一緒に考えて、くれる……?」
「勿論。一緒に整理して、作戦立てよう!」
「えへへ……! 嬉しいなぁ。えっとえっと、少し整理するから、待ってね――」
そう言ってこめかみを指先で叩くウィルルの微笑は、前向きに映った。自分を語れることが嬉しいのか、理解が進んだことを誇っているのか。いずれにせよ、彼女を苦しめると予想していた俺からすれば、喜ばしいことだ。
やがて顔を上げた彼女は、大袈裟に姿勢を正した。
「私はダメだーって思っちゃった出来事は色々あるけど。大きいのは、家族の思い出と、学園でのイジメ。……結局私は、エスタが守ってくれてたところが自信ないみたい」
「了解。一個ずついこうか」
ウィルルは頷いてクッキーを食み、話し始めた。
「最初、家族の話、するね。――昔からずっと、お母さんが、周りから馬鹿にした態度をとられていたのが辛かったんだ。私が原因だってなんとなく分かってたから、私がダメな子なのが悪いんだって思った」
「そうなのか……。それは、クォーターエルフだから成長ペースが周りと違うってことを言われてたのか?」
「それもだけど。私、凄く手のかかる子供だったんだって。落ち着きがなくて、激しく泣いて、人見知りで、好き嫌いや拘りが強くて、得意不得意が極端で……。その上、成長も遅いでしょう。それを殆どお母さん一人で育ててたから、周りから色々言われてたみたい」
「そうか……」
「今の私は三十五年も生きたし、病気や障害として対処するようになって、少しは周りに馴染んで誤魔化せてるかな? と思う。でもやっぱり、私のせいでお母さんが嫌な思いをしてたって思い出すと、今も不安になるなぁ」
ウィルルは小さなため息の後ハーブティーを一口啜り、続けた。
「お父さんにはお世話された記憶がないけど、沢山叱られた。私はエルフとしても人間としても出来損ないだって言われた。できないことがあると、ご飯抜かれたり、物を捨てられたり、髪を切られたりした。それでも全然良くならないの。それでまた怒られて……辛かった」
顔を顰めた。虐待と言っていいレベルではないか。
「……それは酷いな。エスタがお父さんの暴言から守ってたって言ってたけど、無理もない」
「今も、お父さんの躾が厳しかった時期の記憶は怪しいの。エスタが沢山引き受けてくれてたんだと思う」
渋い顔で曖昧な相槌を打ち、続きを待つ。ウィルルの話す内容は辛いものだが、本人は、頭の中の整理を進めることに集中しているようだった。
「お母さんとお父さんが喧嘩するのも、原因は私ばっかりだった。お母さんは、お父さんのことでいつも悩んでた。でも、結婚する時のお父さんの希望で仕事を辞めて、随分経ってたから、離婚出来なかったの……」
「あぁ、優しいお母さんからすれば、お父さんの厳しさは見てられなかっただろうね。でも確かに離婚となれば、お金の問題は無視できないよなぁ」
「うん……。でもね、私さえいなければ、お母さんは離婚して自由になれたかもなの。仕事を探しにくい歳になっちゃったのは、成長の遅い私を育ててたせい。……私は、大事なお母さんの人生を潰した、ダメな子なんだって、思っちゃうんだぁ……」
ウィルルの勢いが萎み、言葉が止まった。経験上、彼女の気分を無理やり変えるのは難しい。……苦手な話題だが、俺の手番といこうか。
「……俺も家族に迷惑かけると辛かったから、少し分かる気がするよ」
「ほんと? ……ルークも?」
「うん。大事な人の邪魔になると、自分が嫌になるよな」
「そう……! そうなの!」
苦笑して、一瞬目を伏せた。
両親の辛辣な言葉の数々が脳に過ぎる。発病してからの俺は、迷惑そのものだったんだろう。そんな両親でさえ、俺を愛してくれていた。……なら、ウィルルのお母さんは、言うまでもないだろう。
「でも俺はね、ウィルルのお母さんは、自分の人生を潰されたなんて思ってないと思う」
「そう、かな」
「お母さん、そんなこと言う人じゃないだろう? 最期までウィルルのことを考えてたって、この前エスタが話してたよな」
「うん……。お母さん、とっても優しい」
「じゃあさ。きっとお母さんは、自分の人生を賭けちゃうくらい、ウィルルが大事だったんだ。――そう考えるのは、どうだろう」
ウィルルは目を少し見開き、はっと息を呑んだ。
相手が素直だから救われているが、俺が親の愛について言い聞かせるなんて、随分と滑稽で恥知らずなことだ。苦笑に近い微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「確かに、お母さんは大変だっただろうね。でも、ウィルルのせいじゃない。馬鹿にする周りの人や、厳しすぎるお父さんの問題だ。全部背負ってウィルルを大事にしてくれたお母さんの優しさだけ覚えていれば、充分だと思うよ」
「そっか……そうだね……。そうする! 確かに、お母さんは私をダメな子なんて言わなかったなあ。……お母さんの優しい言葉、沢山あったはず。もっと色々思い出したいなあ」
ウィルルはいつの間にか手帳を手にして、懸命にメモを取っていた。書き留める価値のある事を言えているだろうか? 兵長として部下に指導していた時のむず痒さを思い出した。
彼女は少しの間手帳を睨み、とんとんとこめかみを叩いた後、よおし! と言ってにっと笑った。
「一つ、前向きに考える作戦、できた! ――次、行きますっ!」
「お、おう、来い!」




