22章158話 ダメ
今回の交代は少し長くかかっている気がした。エスタは、不安げに狼狽えるウィルルとなって立ち上がった。
湧き上がる寂しさをこらえて話しかけた。
「……ウィルルも、話聞こえてた?」
「あっ、うっ、うん……」
束ねた髪を解く彼女は何やらもじもじしていた。睫毛の長い目元を伏せて気まずそうにする表情を見るうちに、その理由に思い当たり、さあっと血の気が引いた。
「うわああぁごめえぇん! 俺……抱きつい……! なんて気持ち悪いことを! 本ッ当にごめんなさい! 死んで詫びたい!」
「あわわわわ。いいの、いいの、いいんだよ……! 気持ち悪くないよ……! びっくりしたのと、恥ずかしかっただけ……!」
お互いひとしきり慌てたが、先にウィルルが落ち着き、悲しげに話し出した。
「……今更気付いたの。エスタが出てくる時は、何かと戦う時。戦った後は、私を慰めたり、誰かに怒られたり。私はお母さんに甘えられたけど……エスタをぎゅっとしてくれた人なんて、いなかった」
そして彼女は、深く頭を下げる。
「あんなにエスタが嬉しそうにしてたの、初めて。私も凄く嬉しかった。ルークのおかげ。……本当に本当に、ありがとう」
慌てたままで言った。
「いやいやいや……! 俺がしてやりたいと思ったことを勝手にやっただけだ。顔を上げてよ……!」
ウィルルは頭を上げてくれたが、不安と寂しさの混じった顔で涙ぐんでいた。
彼女を泣かせるのは、俺もエスタも望まないことだ。話題を変えよう。
「……お礼を言うのはまだ早いよ。エスタからの頼まれごとに応えるのはこれからだから。――ウィルルの話を聞きたいな」
「う、うん……。でも、何を話せば……」
いざ問われてみれば、まとまらない。俺も腕を組んで唸ることとなった。
エスタのお願いは――ウィルルの話を聞くことで、過去を乗り越える手助けをして、彼女が自分の力で生きていける自信や覚悟を持てるように導くこと……でいいのか? 気持ち先行で引き受けたが、どうしたものか。
でもまずはここからだろう。
「エスタが統合するって聞いて、不安じゃないか? 不安に思ってる事、聞かせてくれよ」
ウィルルは目を伏せ黙り込んだ。言葉が出てこないのか、言いたくないのか、判別はつかない。
やがて震えるウィルルの唇から出たのは、痛切な自己嫌悪だった。
「エスタが言ってくれた通り、私は今のままじゃダメだと思ってる。それでもやっぱり、私は変われない、何も出来ないと思っちゃうの。ずっとダメなままだと思っちゃうの。だから、エスタが出てこなくなるのは、凄く、怖い……」
「えっ……と……」
「エスタは今まで、辛いことに耐えて、酷いことに抵抗してくれた。私に一番足りない、心の強さを補ってくれた……。エスタと統合できても、私にはやっぱり無理なんだと思う。元々がすごく弱くて脆くて、ダメな子だから……」
「どうしてダメだと……いや」
多分、言葉が違うな。この聞き方では、ウィルルの思う『自分のダメな要素』が沢山挙げられるだけだ。
エスタは、父親とイジメから彼女を守ってきたと言った。それなら、この質問の方が適当ではないか。
「――何があって、自分はダメだと思わされたんだ?」
「…………えっ……」
「何か、そう思うようになってしまった経験があるんだろ。それを、聞かせて欲しい」
ウィルルは苦しそうに喘いで目を泳がせた。酷く混乱し、追い詰められているようだった。
俺が声をかけるより先に、ウィルルが頭を抱えて蹲ってしまった。
「う……ううう……だって、みんなみんな……私のこと、嫌い、要らない、邪魔だって……うぐっ……あああ……」
何かから必死に身を守るように小さく縮こまったウィルル。見ている俺も辛い。これ以上傷に触れるような真似をしたくない。
だがここで俺が慰めて終われば、これまでと同じ。逃げて、誰かに頼って、やり過ごす。……そして、それじゃダメだと、彼女はまた自分を責める。俺がここでビビっちゃダメだ……!
腰を下ろし、もこもこの背をさする。
「しつこく言うようでごめんな。俺はウィルルをダメだとは思わない。一緒にいて欲しい、大好きな仲間だ」
「う……嬉しい、けど……」
「だから、ウィルルが言われて嫌だったこと、されて辛かったこと、教えてほしい。一緒に考えさせてよ」
「ルークにも、私がダメなの分かられちゃう」
「……ダメだって分かってもいいじゃん」
「え……?」
「話を聞いて、本当にダメなら、今後の作戦を立てよう。一緒に考えて、一緒に頑張るんだ」
「ダメでも、離れていかない……?」
「当たり前。ダメな所を補って一緒にやっていくのが仲間だろ。そんで俺は、仲間の力になるのが大好きな奴なんだ。協力させてよ。ね?」
ウィルルが頭を抱える手から力が抜け、膝に移動した。彼女は膝を抱え、涙に潤んだ目で俺の顔を覗き込む。信じたい、でも怖い、そんな雰囲気を感じた。
美しく整った顔と大きな瞳に正面から見つめられると圧倒されそうだが、出来るだけ頼もしく笑って、真摯に見つめ返した。
見つめあう気まずさに俺が限界を感じ始めた頃、彼女は言った。
「おなか、すいた……」
「…………うん?」
「お腹すいたなぁ」
へなへなと脱力し、地面に突っ伏すように崩れ落ちた。
「……夕ご飯、食べなかったのかよ……?」
「皆がいなくて不安だったから、ちょっとだけ食べて残しちゃったの……」
この際だ、乗っかろう。丁度、良いモノもある。苦笑して立ち上がった。
「食堂に行こうよ。続きは食べながら話そう? 実はさ、この前出掛けた時に買ったお菓子があるんだ。一緒に食べちゃおうぜ」
ウィルルがぱっと立ち上がった。目がキラキラと輝いている。
「わあ! 夜更かしでお菓子食べちゃうなんて、わくわくだね! ハーブティー持っていくね!」
「あ、おお、ありがと……」
「やったー! 準備して行くね! また後でね!」
ウィルルは猛スピードで社屋の中へと帰っていった。
彼女の関心が完全に逸れてしまった気がするが……あの追い詰められた様子から、一度雰囲気を変えるのもアリかもな。明るい部屋で腹を満たして、美味しいお茶とお菓子を並べれば、気分も違うと思う。
「やれやれ……エスタめ、疲れた俺に任せる難易度じゃないだろ……。仕方ないなぁ。もうちょい頑張るかぁ」
つい独りごちてくすくすと笑いながら、社屋へと踵を返した。




