3章14話 戦闘準備
ケインが朝焼いたクッキーの残りを皆に配ってくれて、それをつまみながら依頼の話をする事になった。
光霊術で依頼資料を黒板に大きく映しながら、要点を説明する。
まず最初に反応したのはログマ。なんだか機嫌が良さそうだ。
「いいね、対人の仕事はなかなか無いからな。あんまり歯応えは無さそうだが」
「戦うとは限らないよ、交渉するんだから」
諌めると、案外まともな返答が来た。
「戦わずお話ししましょうなんて緩い姿勢、ああいう連中は鋭く見抜くぞ。交渉する立場にすら立てない。お前は特に舐められやすそうだし、改めろ」
なるほど……。やるかやられるかの話になると何故かログマは鋭い。
話し合いの流れを決めてしまおう。
「達成目標は、今日を除いて残り八日の間に、ランツォ君を保護する事。前情報だと盗賊団が問題視されてるのは北区内。行動範囲を掴んで、全員で接触を試みよう」
薄い顎髭を触りながらずっと難しい顔をしていたカルミアさんが、口を開く。
「俺、この盗賊団の噂は結構聞いてる。ランツォ君も、お家柄に心当たりがあるから、多分知ってる子だ……」
驚いて問う。
「すごいね、どうして詳しいんだ」
カルミアさんは苦笑いした。
「この辺に長く住んでるからねぇ。良くも悪くも顔が広くて、色んな情報が入ってくるんだ」
そういうもんかな。
「まあ、今回はそれが幸いしそうだ。俺はこの盗賊団が悪さをしてる場所に幾つか心当たりがある。でもそれを全部探るのは、人数も時間も体力もない俺達には効率が悪い」
そこで! と姿勢を正し、彼はにっこり笑った。
「今夜、詳しい人と会って話を聞いてくるよ。マイゼンの裏通りでバーをやってる人なんだけどね。ダンカム、これ経費で――」
「立て替えて領収書だけ貰っておいて。……成果も踏まえてレイジに相談してみるから。一万ネイ以内な!」
わーいと両手を挙げるカルミアさんに呆れるが、正直助かる。
「カルミアさん、ありがとう。頼ります。明日、また昼食後に共有してくれるかな?」
「もちろん。任せて。場合によってはすぐ動くから、各自準備しておいてね」
ダンカムさんが、あっと声を上げた。
「そういうことなら、これから倉庫内の武器置き場を解錠しておくよ。依頼達成まで、君たちの武器は出し入れも使用も自由だ。くれぐれも変なことをしないようにね!」
色々な変なことを想像していると、ウィルルが控えめに手を挙げる。
「あ、あの。今回は私も出撃ですか……?」
質問の意味がわからないでいると、ログマが答えた。
「出撃だな。少規模とはいえ盗賊団が相手で、内情も掴めてない。フルメンバーの方がいい」
「うう……そうだよね」
「今回は街中での行動が多くなりそうだから、今日中にフードなり面なり用意するといい」
ようやく意味がわかった。ウィルルの自己紹介を思い出す。彼女は何か姿にコンプレックスがあるのだろうと理解した。
今一度見回す。
「えー、じゃあ今日は皆、武器や防具の手入れ、道具の準備をしてくれ。明日は同じ時間に会議した後、カルミアさんの情報を以て動きます。それでは解散!」
一同がガタガタと席を立つ中、ダンカムさんが、特別手当の封筒を持ってこちらに来た。
「なあ、これはやっぱり受け取ってくれ」
「受け取れないです。大変でしたけど、共同生活の一部を多めに担当しただけの話ですから……」
「レイジから、必要だと思ったら渡せって、ボーナス分の予算が与えられてるんだ。役員としての判断で支給する。少額だけど、応援と思ってくれ」
「……ありがとう」
深く礼をして受け取った。
ダンカムさんは俺を認めてくれている。働きで応えなくてはならない。
「俺、大口叩いた分は活躍しますから!」
「ガハハ! 気にしなくていいけど、期待してるぞ!」
俺も踵を返し、部屋へと戻った。
部屋へ戻って、朝の薬を飲み損ねてることに気づいた。二種の瓶から一錠ずつ出して、水で飲む。
残数には余裕があるが、まだ病院の予約が取れていない。このバヤト帝国は年々精神疾患者が増えていると知ってはいたが、ゼフキではこんなにも予約が取りづらいとは思っていなかった。
それよりも戦闘準備だ! ログマの事を立場上諌めたが、実は俺も久しぶりの戦闘で嬉しい。
剣と格闘技、精霊術だって使える。俺の積んできたものは戦いでしか使えない力ばかりだから、発揮できるのが楽しみでたまらなかった。
まず、剣は武器庫だろ。
このチームにはターゲッターがいるから、俺の防具は機動力重視の軽装備にしようか。
インナープロテクターは必須。肩当と肘当は薄いものにして、あとは防刃手袋、冒険者用ブーツ、兵団時代から使ってる強化ズボン。
頭周りは視野を広く保ちたいから、精霊術の一種によってダメージを軽減してくれるチョーカーに頼る。
ポーチには応急手当キットと回復薬。ロープを始めとした小道具。
すぐに装備は揃った。ロハ市を出る時、道中何があっても良いようにフル装備で来たから。ということは、あとは剣の手入れだけだ。
倉庫に小走りで向かい、奥にある愛剣を手に取る。
柄頭には蒼い宝石がついた装飾、長年の使用で汚れた黒いグリップ、波を模した鍔。慣れた重さがまた頼もしい。
明るい場所で見よう。また小走りで裏庭に向かう。
晴れた裏庭には既にカルミアさんがいて、刺すような動きで武器を振るっていた。得物は長いが、槍にしてはその先端が複雑に見える。
俺に気づいたカルミアさんが動きを止めて、ようやく分かった。
「ハルバードだ!」




