3章13話 リーダーVSマネージャー
違うのか、と言いたげな自信の無い表情。本当はここで、もっと考えてるって、言って欲しかった。
「足りないんです。――悪いが貴方のサポートは、その場凌ぎで後手後手だ」
上司への鋭い言葉に、場の空気が凍る。でも、今更引っ込められなかった。
「少し前にリーダーがいなくなったって聞いています。そして、一昨日まで皆が仕事を頑張ってたって、ダンカムさん自身が言ってましたね」
彼は頷いた。
「この状況、気負ってるんじゃないか、いつか調子を崩すんじゃないか、そういう想像があるべきと思います。今までの経験と想像があれば、前兆に気付けた筈です」
一息ついて、彼を睨む。
「でも、貴方は全員倒れてから動く。問題が起こってから対処する。今も、俺がキレて初めて考えてますよね。それじゃダメなんですよ」
呆然と聞いている彼に苛立つ。仮にも歳上の、健康な、管理職だろう。頼りなさすぎる。
「レイジさんが、この会社ができてから五年、貴方にはずっと本部チームを見てもらってるって言ってました。今までいなくなった人数は」
「……十三人」
「理由は」
「……それは、色々だよ」
ダンカムさんも苛立った様子で立ち上がり、負けじと言い返してきた。
「――なんで何も見ていない君にそんな事を言われなきゃいけないんだ。十三人全員、僕のせいで辞めたって言いたいのか?」
「一人でも二人でも救えたんじゃないかって話をしてるんです! このままだと俺達だって危ない!」
必死に訴える。
「あんたが出来ない社員管理を全部やって疲れ果てた俺が辞める。相談できる機会がなくて、悩みを一人で抱え込んだメンバーが誰かいなくなる」
言っているうちに熱くなり、言葉が荒くなる。
「そうやって気負った人、抱え込んだ人から潰れるんです。上司として、もらってる給料の分くらいは組織を管理して下さいよ!」
ダンカムさんの額に青筋が浮かぶ。
「失礼な! 僕は、皆にはできない仕事を沢山しているんだぞ。僕の仕事がないと生活できない癖に。立場を弁えろ!」
そんな言葉で押さえつけようとする姿勢が許せなかった。
「チームリーダーの立場で言ってんだ! あんたの言う通り、俺達には生活がかかってんだよ!」
言葉に感情が乗り、声が大きくなる。
「昨日、俺が昼過ぎに報告するまで、誰も出てきてないことに何で気づかない? 相談されたら動けばいいって意識だからだろ! そんなのマネージャーって言わねえ!」
席を立ったログマに、肩を後ろに引かれる。
「お前一回黙れ。熱くなりすぎ」
肩で息をしながら黙る。自分でも、ここまで怒っていたと思わなかった。
だが、彼の力不足のあおりを受けてるのは、俺達下の者。そして俺は下の者のリーダー。そう思うと、もっと言いたいくらいだった。
なおもダンカムさんと睨み合っていると、今度はカルミアさんが立ってこちらに来た。ダンカムさんの肩に手を置く。
「ダンカム、お互い耳が痛いこと言われちゃったねぇ」
眼鏡の奥の茶色の瞳は穏やかだった。
「俺、どっちも正しいと思うよ。ルークの言う通り、ダンカムは自分の仕事で精一杯になりがちだ。それに、気が利かないし、優しさは裏目に出る」
ダンカムさんがしゅんと俯くが、カルミアさんは笑った。
「社員が辞めたり死んだりする度に自分の力不足を責めて泣いてるもんね。まあ、反省は、俺と酒でも飲みながら後日やろう。あっ、適量ね!」
辞めたり死んだりする度に――。それを聞いて初めて、少し言いすぎたと思った。
目を伏せた俺に、カルミアさんが優しい声を掛ける。
「ルーク。昨日だけじゃない、入ってからずっと、ありがとうね。俺達に向き合おうとしてくれて、本当に嬉しく思ってるよ」
嫌な流れだ。宥めるために持ち上げられて、居心地が悪い。顔を顰める。
「やめろ。そういうご機嫌取り、余計に腹が立つ。本当に要らない」
カルミアさんは困ったように微笑んだ。
「そうか、すまない。……じゃあここからは古株として、ダンカムの同期としてのワガママを聞いて欲しいんだけどね。少しだけダンカムの苦労を分かってやって欲しいんだ」
彼の声色は優しい。――優し過ぎるくらいだ。
「見えにくいが、俺達のための仕事は、本当に沢山ある。こいつは違う角度から頑張っていると思って欲しい。――ここまで言えば、君なら分かってくれるかな」
……悔しいが、カルミアさんの狙い通り、俺の怒りは鎮火されてしまった。
きっと俺は、自分達の事で視野が完結してしまっていた。下から見える部分だけを見て駄々をこねたのだ。ダンカムさんを、共に頑張る仲間ではなく保護者として捉えた過度な期待が、そこにあったと感じた。
言った言葉を取り消すつもりはないが、失礼は謝らなくてはなるまい。
「……あの、ダンカムさん。言い過ぎた。ごめんなさい。貴方の事も、貴方の仕事も理解しないまま、好き勝手に責めてしまいました」
でもそんな未熟な俺に対して、ダンカムさんは頭を下げた。
「僕の方こそ謝らなきゃいけない。――君の言ったことは正しい。偉そうな事を言って偉そうな態度をとって、何も出来てなかった。すまない」
「いや、ほんと……すみません」
意外にも、頭を上げたダンカムさんの顔は穏やかに微笑んでいた。
「正直、悔しくて言い返しちゃったけど……嬉しさもあるんだ」
そして、自嘲気味で寂しそうな表情を見せる。
「皆、僕には殆ど理由を教えてくれないまま、いなくなっていったから。僕は悩んでたけど頭が足りなくて、何をどうしたらいいか分からなかったんだ」
ああ。この人は不器用かもしれないけど、自分の非を認め曝け出せる器がある。俺が、舐めて見ていたんだ。
「僕、自己紹介の時、全部ぶつけてくれって言っただろ。だから、嬉しいんだ。これから、もっと良いマネージャーに成長させてもらうよ。ありがとう」
礼まで言われてしまった。立つ瀬がない。感情に任せた自分が恥ずかしくなる。
隣に立つログマが笑う。
「偉そうなこと言ってなんも分かってなかったのは、こいつも一緒っぽいんで、両成敗ってことで」
「お、お前!」
不安そうに見守っていたウィルルと、辛そうに黙っていたケインが吹き出してくれて、つられて皆笑った。
カルミアさんが、雰囲気をぶち壊すトドメの一言を放つ。
「そういやダンカムの借金、残り幾ら?」
「わあ! 言うなって!」
「ここで言うのが一番面白いでしょ!」
俺含め四人とも初耳だったようだ。驚きの声が上がる。社歴の長いケインとログマが特に食いついた。
「なんで、何したの?」
「あー、分かった。女にでも騙されて貢いだんだろ」
無礼千万なログマの頭をダンカムさんはミシミシと掴む。
「親の負の遺産だよ! あと五百万ネイ!」
「嘘でしょ?」
「減ったじゃん。やるね」
呆然とするケインと対照的にカルミアさんは嬉しそうだ。元々いくらだったんだ。
「バラした罰で、次の反省会はカルミアが奢れよ!」
「了解。――てことで、俺が飲み代稼ぐためにも、仕事の話しようよ」
今は俺がそれどころじゃなかった。ダンカムさんの苦労話に冷やされた頭の中で、自分のお説教がこだまして、自己嫌悪と疲労感でぐちゃぐちゃだ。
大きな溜息と共に台に突っ伏した俺を、みんなが慰めてくれた。




