19章122話 手がかり
俺は嘘をつくと決めたら強い。素直そうな響きの驚きと心配が、自然と口から出た。
「へえ! 世間は狭いですねえ。お怪我、大丈夫だったんです?」
「いや、軸足の脛をやられてて、しばらく商売あがったりだって言ってたっす。闇医者の腕が悪くて手当が遅れたせいで、麻痺が残るかもって。僕、それ聞いて裏の仕事請けるのビビっちゃった」
どうやら彼の話は本当らしい。カルミアさんに最初に仕掛けた奴が脛を払われていた。
にしても、上手く逃げられたな。今どこにいるんだ。掘り下げてみることにした。
「……事件自体が噂になってる上、そんな怪我までして、よく捕まりませんでしたね」
「スラムに縁のある奴だから色々隠れ場所を持ってるんすよ」
「え、ソルビさんはその方とどこで話したんです?」
「金返す約束をしてたから、その時ちょっと街中で立ち話しただけですよ。ゼフキの外に出てほとぼりが冷めるのを待つって言ってたから、しばらく会えないんだろうな」
「なるほどー……」
帝都近郊のことはよく分からないから追えないな……。彼を逮捕できれば追加情報を得られるかと思ったが、土地勘のない俺は別の線で動いた方が良さそうだ。
ソルビさんは俺達を見回した。
「つーかその知り合いが、その時の槍士、超怖かったって言ってたんですよ。絶対ヤバい奴だって。皆さんは、ハルバード使いの槍士の情報、知りません……?」
知っているどころか、生活を共にする同僚だとは言える筈もなく。俺はしらばっくれて酒を啜ったが、ラザンさんが渋い顔で口を開いた。
「……知らんこともない、と思う。強いハルバード使いなんて沢山いるもんじゃない、おそらくあいつじゃ」
嫌な流れになってしまった。カルミアさん、良くも悪くも顔が広いって言ってたし、変に『裏』の連中の間で話が通ると面倒なのではないか。話を変えようと考えたが、ラザンさん自身が話を打ち切った。
「あいつの身内に手を出して返り討ちに遭ったのだとすれば、運が悪かったとしか言いようがない。ワシにもしがらみが色々あるから多くは話せんが……敵に回さん方がいい奴じゃ。帝都から逃げたのは賢明じゃの」
眉を顰めた。そんな風に言う人がいるのか。ますますカルミアさんが分からない……。ソルビさんが不安げに言葉を続けようとするのに被せて、話題を変えた。
「そういう人に恨みを買ったり、怪我したりしても、依頼主は助けてくれないんですね」
ラザンさんがはんと笑い飛ばす。
「それは『裏』に限った話ではないがのう。傭兵は基本的に使い捨ての道具。傭兵からも、依頼主に求めるのは報酬だけ。だから『裏』なら尚更、身を守る環境作りを自力でしないといけないんじゃ。恨みも怪我も、仕事の後片付けの一部として割り切って処理せねばならん」
アウェイの社畜戦士の俺は、傭兵様達をヨイショするチャンスを見出した。気分よくどんどん喋ってもらわなくては。
「はぁー。そっかぁ。いやーやっぱ傭兵さんて凄いですね! 生きていく力があるってこういう事を言うんだろうな。戦闘だけじゃなく、人として強いって感じ。カッコイイっすね。真似出来ない。尊敬しちゃいます」
それなりに苦労してきたのであろう三人は、満更でもなさそうに笑った。ドートさんは特に調子が良いようで、隣の俺の肩をバンバンと叩いた。
「お前も傭兵やるか? 『裏』に興味あるってくらいだから、薄給で扱き使われてんだろ? クハハハ!」
「たははー。でも俺には傭兵は無理ですよ! 一人で食っていける気がしません! ……本当に、ね」
再びソルビさんに目をやる。
「でも裏の仕事って、どこでどうやって請けてるんです? 俺、世間知らずだもんで」
三人は顔を見合せて笑った。おそらく本当に世間知らずな質問だったのだろうが、ソルビさんは丁寧に答えてくれた。
「そりゃ、色々っすよ! 人ヅテってのが一番多いかな? こういう酒場で誘いを貰ったり、募集会場や合言葉を教えて貰ったり。『裏』で名が売れれば金に苦労しないって話があるくらい、ツテがものを言うなあ」
田舎から出てきた、ツテのない俺が『裏』の情報を掴むのは難儀しそうだな……。
「――ああ、例えばだけど、さっき話した知り合いは、所用でスラムを歩いてたら声かけられたらしいっすよ。依頼主が仮設アジトって呼んでる場所に何人か集められて、説明を受けて契約したって言ってたな。そういうパターンもあるみたい」
「へっ、へえ! 勉強になります」
よし、よし……! この例こそ本命の、ヒュドラーの仕事の情報だ。粘ってみて良かった。これなら俺にも紛れ込むチャンスがあるんじゃないか? あっ、でも俺はダメか。ヒュドラー側に顔が割れてる可能性があるし、防衛団側に逮捕の口実を与えてしまうな。じゃあログマならいけるか? 強いし、ノーマークだ。いや、でも彼にまで危険が――。
つい、本気の顔で考え事をしてしまったところに、ラザンさんの鋭い目線が向いていた。
「そういえば、まだ貴方の名前を聞いていなかったな。名乗って貰えるかのう?」
警戒されている……。でも俺は有名じゃないし、珍しい名前でもない。名乗ったところで問題はないよな?
「申し遅れました! ルークって言います」
予想通り、曖昧に流してもらえた。ほっとした。
その後も金策や怪しい噂などを話してくれたが、これ以上有益な情報はないと判断し、切り上げることを決めた。
「じゃあ俺、ここらでお暇します。皆さん、親切に教えて下さってありがとう! これ、少ないですけど情報料って事で。飲み代の足しにして下さい」
一万ネイ紙幣をテーブルに置いて席を立つ。大酒飲み揃いだったが、この席での飲み食いの一部は賄えるだろう。三人の表情は満足げで、友好的に解散できた。
再び立ち飲みカウンターに戻り、ポーチからメモを取り出して情報を書き殴る。俺にしてはよくやった、明日以降は仮設アジトの情報を探れる。――また少し、前進できるんだ!
氷がかなり溶けたウイスキーをぐっと飲み干し、会計に動こうとした時、後ろから強めに肩を叩かれた。




