19章121話 裏の仕事
「こっ、こんばんは! 俺も相席いいですか? 情報交換しましょう!」
弓士らしき老齢の紳士に怪訝な目をされる。
「……見ない顔ですな。貴方も傭兵か?」
「いえ! 小企業所属の剣士をやらせてもらってます!」
刈り上げの壮年拳士が苦笑する。
「俺達になんかメリットある? 見た感じ装備も新しいし――」
「装備は先日全取り替えになりました! 気に入ってたんですけどねえ」
「お、おう……ボロボロに負けたってことか……?」
「ボロボロで勝ちましたよ! 一応ね!」
「一応……?」
術士らしきチャラめの青年が首を傾げる。
「もしかして『裏』についてなんか知ってるんすか?」
「全然です!」
「そ、そっすか……じゃあ……?」
「だから情報欲しくて! 皆様、傭兵さんなんでしょう? 社畜では知らない事沢山知ってそうだなって。えっと……有益情報には金払うんで、教えてくれません?」
金という単語に三人は顔を見合わせ、空席を指し示してくれた。酒の勢いで会話を進めたが、なんとかなるもんだな。風竜の仕事で過去最高に潤ってるから、金も多少はなんとかなるだろう。……こういう金勘定ができるくらいの理性は保っておきたいところだ。
改めてウイスキーを頼んで乾杯。もう何杯目かな。
自慢の愛想笑いで話を振る。
「術士さん――」
「あっ、僕、ソルビっす」
「ソルビさんのお話の続きを聞きたいな。裏の仕事をされてるって聞こえたもんですから」
術士の青年、ソルビさんは目を泳がせた。
「なんだっけな――ああ、最近アツい案件がいくつかあるらしいって話をしようとしてたんすよ」
拳士の壮年が身を乗り出す。
「おっ、聞きたいね」
「報酬も危険度も段違いなのが、貴族の暗殺。あと、長期だけど美味しいのが、フェニカ草の輸送車の護衛」
フェニカ草――割と歴史の新しい麻薬だった筈だ。
「――そんで、一番早く金になりそうなのが、人身取引の補佐」
来た……! 顔に出ないようにしながら酒を啜った。
どう食いつくか考えていたら、弓士の老人が先に発言した。
「ワシも噂には聞いた。近年の貧富の差の拡大で人身売買が盛んになっているとな。だがその補佐というのは分からんのう。何をするんじゃ?」
ソルビさんが頭を搔く。
「ラザンさんの言う通り、盛り上がってんすよ。売り手も買い手も沢山! 最近は、仲介団体が、売れそうなのを拉致し始めたらしくて。その拉致への協力と、人身取引オークションの警備、輸送車の護衛をやらされるらしいですよ」
オークションって。人を競売にかけるのか……。ラザンと呼ばれた老紳士は唸る。
「要は人身取引関連の仕事が細かく沢山発生しとるわけじゃの。それなら確かに手を出しやすい。ドートも『裏』を始めるならここからにしたらどうじゃ」
ドートと呼ばれた刈り上げ拳士は、ジョッキを片手に頷いた。
「ああ、悪くはなさそうだな。後は金とリスクの兼ね合いだが」
ずっと黙ってニコニコしてるのも不気味かな? ここらで話に参加しよう。提供出来る情報なんてないが、人身取引に関してもう少し話を広げたい。唯一の手札を切る事にした。
「実は、俺も興味あるんですよ。でも最近、拉致しようとした傭兵さんが抵抗されて大怪我したって話を聞いたもんで、リスクは大きいなと思ってます」
ラザンさんが片眉を上げた。
「ほう。どこの話じゃ? 帝都周辺の話か?」
「ああ、すぐそこの、北区スラム付近での話ですよ」
ドートさんにぎょっとして見られた。
「あれか? ハ――なんだっけ、変わった槍を使う男が無傷で四人を負かしたっていう」
カルミアさん、噂になってる……。
「あー、それですね……」
「あれも『裏』関連だったのかぁ。そりゃ人を拐うんだもんな、抵抗もされるよな。リスクが高ぇのは確かだな……」
酒で鈍った俺の目も、ソルビさんの表情が強ばっていく様は見逃さなかった。明るい口調で問う。
「ソルビさんはその件、何かご存知で?」
彼は嘘が吐けないタイプのようだ。
「あっ……えっと……。その大怪我した奴の一人が僕の知り合いなんですよねえ……」
――待て、俺。顔に出すな。喋らせろ。




