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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第4部 背負った重みを武器にして

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18章116話 過去は置いておけ



 息と足が止まり、胃液が上ってくる。身体をくの字に折って口元を押さえ、なんとか嘔吐と絶叫を押しとどめた。



 弛んだ身体と汚い声。部下を足蹴にし危険に晒す傲慢な振る舞い。俺を痛めつけ見下す金の濁った瞳。……そんなクズに自分が追い詰められ土下座したこと……。忘れたくても忘れられない記憶が今一度鮮やかに蘇る。俺の心にとって、不意打ちの致命傷だった。



 ジャンネさんの不安げな声掛けは傘と雨に阻まれてよく聞こえなかったので置いておいて、かろうじて質問にだけ答えた。


「…………覚えも何も。因縁の相手とでも言いましょうか。なぜここで奴の名前が出てくるんでしょうか」


「それなら色々知っているとは思うが……。確認も兼ねて、一通り説明させて貰うよ」



 再度歩み始めた俺を心配そうに見ながら、ジャンネさんは説明を始めた。


「タオ家はロハ市において最も広く領地を持つ貴族だ。領地の生産物を管理し、ゼフキにも沢山出荷している。他都市の貴族と同様、タオ家も、ゼフキには定期的に訪れている。貴族を集めて行う政治的会議に出たり、領地の問題を国に相談したり、逆に国からの要望を持ち帰ったりしてるわけだね」


「あーそうなんすねえー」


 相槌が投げやり過ぎたのは幸いスルーされた。


「タオ家の次期当主のウッズ氏は、今は一般企業にて自己研鑽と社会勉強に励んでいるとのことだね。だが、ここ半年ほどは、たまに現当主のお父上に同行してゼフキを訪れているそうだ。将来的な代替わりに向けて、帝国内の貴族と広く関係性を構築する予定でいるらしい――」


 乾いた笑いが漏れた。ここ半年って。俺が引っ越したあたりからじゃないか? 俺に対抗してこっち来たとか言わないよな? だとしたら流石に執着しすぎだろ。どうか俺の被害妄想であってくれ。


 怪訝そうに言葉を止めた彼女に手をひらひらと振る。


「……ああ、すみません……続けて……」


「……大丈夫か」


「大丈夫とか、どうでもいいんです。俺はとにかく身の潔白を証明して、今の仲間と生活を絶対守りたいので」


 自分で言った言葉に心が励まされた。そうだ、俺には守りたい今と未来がある。過去にぐらついている場合じゃない。



 彼女は何やら俺のセリフに感銘を受けたような顔をして、話を再開した。この人、やっぱちょっと単純すぎるな……。都合はいいけど。


「ウッズ氏が夏頃ゼフキに来訪した時、北区支部にも挨拶に来たんだ。……それで、その」


「ハハ、俺の悪口でも言ってましたか。なんて?」


「……それは伏せておいた方が――」


「いや、それを言ってくれなきゃ。きっと俺が今回疑われてるのはその内容のせいなんでしょ? 一字一句そのままでいいので、教えて下さい」


 彼女はうだうだと躊躇った後、観念した。


「えっと――『ルークは、僕らみたいなお金と権力がある存在が羨ましくて、それを邪魔しないと気が済まないんだ。きっとゼフキでも悪さをするから、気をつけてね』と……。あとは、本当かどうか分からない小さな悪行を長々と言っていたと、思う……」



 まずい。再び精神の余裕が消えた。喜怒哀楽のどれ由来だか分からないニヤケが止められない。


 へえ……あいつはそういう解釈をしてるんだ。そっかあ。あれだけ色々言ったのに何も聞いてなかったんだな。しかも、エリート集団の防衛団員様方はそれを信じたと。それが証拠で俺が怪しいって? バカばっかりか? 笑える。


 手足が冷えて痺れてきた。ジャンネさんの雰囲気に色濃い警戒が滲んでいる。やばい顔してんだろうな、俺。


 落ち着け……。俺のすべきことは動揺じゃない。過去も、感情も、置いておけ。俺は、ウィルルを守るんだ。カルミアさんへの疑いを晴らすんだ。これからも皆で暮らすんだ。そのために今闘ってるんだ。



 仲間のことを考えたら、再度肝が据わって感情が凪いできた。無理やり口角を下げ、呼吸を整える。


「はあ……すみません。――ふう。まあ、大体分かりましたよ。地方貴族という立ち位置から、その地方出身の犯罪者予備軍を教えられたら、一応頭には入れておきますよね。それが今回たまたま他の情報と強く噛み合っちゃったと。その疑念を確かめたいと。そういう話でしょ?」


「あ、ああ……その通りだ。貴方にとっては到底納得のできない話だろうが、理解してくれて助かるよ」



 ジャンネさんは忌々しげに傘の柄を握りしめて言った。 


「……帝国防衛統括機関という組織自体、もう半分上流階級の私物になっているというのが災いしている」


 彼女の声が少し小さくなる。


「貴族同士の狭く濃い情報網の中で、戦士団のあいつは使えると話が回れば、楽に昇進できてしまう。引き抜かれ、貴族の下で裕福に暮らす戦士もいる。それらを狙う者は少なくない。……お恥ずかしいが、これが我が組織の現状だ」


「そうなんですね……」


 嫌な話だ。竜に襲われたメリプ市が、利権との結び付きの弱さから見捨てられていた件を思い出して、胸糞悪くなる。


 ジャンネさんは悲しげに続けた。


「相手がタオ家――地方の地主でも、貴族は貴族。ルークさんやその仲間を罰したと報告を上げれば、ウッズ氏が喜ぶだろう。北区支部内に、そのチャンスに目を光らせている者達がいる。……それが、不平等なくらいに貴方が不利だと言った、一番大きな理由だ」



 余裕のない顔で黙り込む俺を、ジャンネさんは味方し続けてくれた。


「ここまで聞いて分かったと思うが、確たる証拠は何もないんだ。私は貴方もカルミアさんも無実だと思っている。しかし貴方達を疑ったり、貶めようとしたりする派閥が存在する。だから、真の黒を暴くためにも、私は貴方を応援すると決めたんだ」



 ――彼女のおかげで、防衛団側の事情は分かった。彼女が個人的に味方しようと動いたと言うのも本当だろう。


 素直にご厚意を受け取りたいところだが、まだだ。この善人を『頼る』か『利用する』か、考えなくては。



 大きく深呼吸して、彼女に全力の愛想笑いを向けた。


「ありがとうございます。とても心強いです。……具体的には、何をして頂けるんですか?」



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