18章115話 言いがかり
マイゼン大通り方面へと河沿いを並んで歩く。大きな河に降り注ぐ雨粒と、霧に霞む景色を見ていると少し気持ちが落ち着く。静かな雨音は雑音を包み込み、真昼間の帝都とは思えない穏やかな雰囲気を生み出してくれていた。
張り詰めた顔のジャンネさんが口火を切った。
「すまないね、こちらの事情で振り回して」
「いやまあ。色々あるでしょうし。――その事情、何か教えて頂けるんですか」
「……まあね。このままだとあまりに貴方が不利だ。せめて背景を知った上で取り調べに臨んでもいいと思ったんだ。私は不平等が大の苦手でね」
俺はあまりに不利なのか……。いや、なんでだよ。
人形のように整った彼女の横顔は、仄かに曇って見えた。
「人身取引組織は複数ある。――昨日のウィルルさんを巡る戦闘が、人身取引組織どうしの獲物の奪い合いだったのではないかとする説が浮上したんだ。貴方達もまた別の犯罪組織の一員だと言う疑いだ」
いや、なんでだよ。と脳内で二度目の悪態をついたが、この疑問はすぐに説明して貰えた。
「というのも。昨日、加害者の一人の身柄を押さえることが出来たんだよ。左腕が千切れかけた傭兵だった。帝都中央軍事病院に堂々と駆け込んできたそうだ。現場に自分の馬車を残してしまった上にあの重傷を負ったのでは、自首上等と言った心境になったのだろうね」
腕から飛び出た白い骨を思い出してぶるっと身体が震えた。身体の一部がああなったら冷静じゃいられないか。
「左腕の切断は免れたそうだ。たいそう安心したらしく、犯罪組織に手を貸した罪状を軽くするという条件で、色々話してくれたらしい。その内容が問題だ」
同情して損した。ちぎれれば良かったんだ。
「彼いわく『紺髪の剣士は、依頼主の敵対組織の幹部だろう。話に聞いた特徴と合致する。茶髪の槍士の方は知らないが、手下の可能性がある』とのことだよ」
言いがかりだ……。鼻で笑って苦笑した俺を、ジャンネさんが横から見つめてくる。
「彼の憶測でしかない話だ。でもこれを聞いた者が、犯罪組織の一員を見つけたと前のめりになってしまった。それで改めて話を聞くことになったんだ」
「まあ流れは分かりましたよ。でも、ウィルルは俺達の同僚ですよ? 会社に潜伏してまで一人を狙いますか?」
「いや……貴方が入社後に犯罪組織と手を組んだ可能性もあるだろう。いずれにせよ憶測の飛び交う今の状況では、なんとも言えない」
ガバガバだなぁ。ため息をついて尋ねた。
「……でもそれだけじゃないんでしょう? あまりにも不利って言われるくらいだから」
ジャンネさんは驚いたように俺の顔を見た。彼女の背丈は俺より低いので、上目遣いのようで可愛かった。
「驚いた。貴方は結構切れ者だな」
「ジャンネさんが分かりやす過ぎるんですよね……顔に書いてましたよ」
人の顔色を窺うことに関して俺は上級者だぞ。
彼女は気まずそうに咳払いをした。
「う、んん! ……その通りだ。貴方が無実だという証拠がない中で、怪しいとする理由ばかり集められている」
うーんと唸って頬を掻く。
「差し支えなければ、その怪しい理由、教えて下さいよ」
ジャンネさんは躊躇いなく頷いた。……これ、俺が本当に悪人だったらどうするつもりだったんだろう。無駄に心配になってきた。
「まずは、外見の特徴。紺髪紺目で長剣使いの若い男性だということが、犯罪組織幹部の情報と合致する」
「……俺の出身はロハですが、あの辺――北の方出身だと紺は普通ですよ。長剣も一般的に人気だし」
「存じている。だがここ、帝都ゼフキにおいては、どちらかといえば特殊だよ」
彼女は、俺の表情を横目で窺いながら続ける。
「次に、大変失礼な話だが……貴方達が精神病院通いであることが疑いや悪い想像に拍車をかけている」
胸元を押さえた。久々に食らう偏見はダメージが大きい。
「うう……ああ、そうですかい……」
彼女は俺の機嫌が悪くなったのに気づいて少し目を泳がせている。だがそれで言い淀まれても困る。
「それで? 他にもあるんでしょ」
「あ、ああ。次が一番大きいんだが、込み入った話でね――」
彼女は何の気なしにとんでもないことを言う。
「ロハ市の、ウッズ・タオという人物に覚えはないか」




