18章109話 代表取締役、宣言する
午前九時を回る頃、レイジさんとダンカムさんがほぼ同時に出勤した。彼らに時間を貰い、カルミアさんとウィルルを呼んで、全員が会議室に集まる。
今回は長机を端に避けて、椅子だけを円状に並べて座った。話を聞く体勢を整えると、ウィルルはあからさまに怯え出した。
隣のケインが心配そうに椅子を寄せる。
「大丈夫? 無理に話さなくていいんだよ」
ウィルルは目をぎゅっと瞑り、震えた後、ぽつりと呟いた。
「――ごめんなさい」
「え?」
ケインが戸惑うのと、彼女がかくんと項垂れるのが同時だった。俺も一瞬何事かと慌てたが、すぐに気づいて成り行きを見守った。
やがて、前髪を搔き上げながら姿勢を整えたその表情は、凛々しいエスタのものだった。
「ウィルル、自分で話したいって言ってたんだ。でもちょっと無理だったみたい」
彼は足を緩く組み、手首のヘアゴムで長髪を一つに結う。彼はこの髪型の方がしっくり来るのだろう。
「――僕が皆を集めて話すのは初めてかもね。改めて、僕はエスタ。ウィルルを……見守る存在だ。今日は僕が話させてもらうね」
言い方にひっかかって、彼の凛とした顔を見た。――彼は今までと違い、ウィルルを守ると言い切らなかった。昨日の出来事を負い目に感じているのだろうか?
エスタは深く頭を下げた。
「昨日のこと……カルミア、ルーク、ありがとう」
俺達は目を伏せて首を振る。
悔しさのあまり、頭を下げ返して言った。
「……改めて、謝らせてくれ。防げなくてごめん。近くにいて、人目もあった筈なのに」
エスタもまた首を振った。そして、少年らしからぬ苦笑を浮かべた。
「かなり誘拐が上手い相手だったから仕方ない。気付いたら馬車の中って感じ。何か仕掛けがあって、精霊術も使えなかったしさ。……防げなかったと思うよ」
「そう、か……」
彼はとても辛そうな顔で懸命に話した。
「人格が強制交代してすぐ短剣を抜いたけど、腿を殴られた一発で、敵わないって分かっちゃった。一対三で押さえつけられて逃げられなかった。でもそこで二人が来てくれたんだ。ありがとう。僕じゃ……無理だった……」
その感謝の重みに、俯くことしかできなかった。
圧倒的な力に押さえつけられてなす術もなくなる――。兵団時代を思い出す。何が起こるのか、いつ終わるのか、自分はそれに耐えられるのか。何も分からない中で、強い悪意が自分を取り囲むのだけが明確に分かる。……あれをまだ幼い心を持つウィルルが感じたのだと思うと、いたたまれない。
エスタは気丈に続ける。
「奴らの話しぶりから、入社前から因縁のある悪い奴らが絡んでるって分かったんだ。ウィルルはまた奴らのターゲットになっちゃったみたい。仕事も生活も今まで通りはできないし、皆に迷惑をかける。……退社も考えなきゃ。それを皆に話しておきたかったんだ」
話を締めようとする彼を、レイジさんの声が制する。
「ちょっと待て。これはもうお前だけの問題じゃないんだ、勝手に退社するな」
「えっ……で、でも」
「エスタ、話し手を俺に譲れ。俺から皆に話すべきことがある」
レイジさんは、不服そうに身を引いたエスタから目線をずらし、皆を見回した。
「最初に、皆に謝罪させてもらう。俺はウィルルの事情を知った上でこの本部チームに採用した。その事情が、お前ら他の社員に波及することはないという見通しの甘さがあった。――巻き込んで、申し訳ない」
深く頭を下げた代表取締役の姿に、一同が静かに狼狽える。
やがて頭を上げた彼は、いつになく真剣な表情で言った。
「エスタが話した通り、ウィルルは今、反社組織に狙われている。立ち向かうにも身を守るにも危険を伴う状況だ。……俺はこれを放っておきたくない。曲がりなりにも軍事系事業を営む会社として、大事な社員を見捨てたくないんだ」
そして彼は、高らかに宣言した。
「率直に言う! 俺は、この本部チームを挙げてウィルルの敵と戦いたいと思ってる!」




