18章108話 グズグズジメジメ
18章 背負わされた因縁
一夜明け、静かな雨が降る肌寒い朝が来た。
微かな雨音の中、朝にしては薄暗い部屋で目を覚ました俺は、自分の心身の調子が存外悪くなさそうなことに驚いた。昨日のストレス状態から、絶不調を覚悟していたのだが。寝覚めは深く眠れた時のそれだし、頭もよく動いてる。流石に昨日のことを思い出すと沈むが、基本的な気分は悪くない。
溜め込まずに思い切り泣いたのが良かったのかな。……いや、それで悪化する時もあるな。身体的ストレスの少ない季節だからだろうか? ……でも春は過ごしやすかったのに不調だったな。
もしかして病気が快方に向かって――? なんてね、有り得ない。この普通の状態が数ヶ月続いて初めて、期待していいかどうかという話だ。
何かは知らんがとりあえず、今日は普通に過ごせそうだという幸運を喜ぶことにしよう。相変わらず読めない自分の病状に溜息をつきながら、朝の分の薬瓶を三つ開けた。
朝食に集まったのは俺とケインとログマ。
カルミアさんの部屋のドアには張り紙があった。
『基本的に部屋で休むので、用事があれば呼んでね。食事は不要です』
ウィルルは部屋で食べるそうだ。――そして、全員が揃ったら話をしたいから声をかけて欲しいとのこと。
三人とも覇気がなく、ぼーっとしながら、焼いてもいないパンに適当に味をつけて黙々と食べる。こういう、生活ギリギリの無気力を見ていると、極力皆で三食食べるというルールが無ければ、生活リズムは容易に破綻するだろうなと思う。
だが俺には、二人に話したいことがある。食パンを置いて切り出した。
「ログマ、ケイン。昨日のことで、これから俺達三人はしばらく忙しくなると思う。二人にそれぞれお願いしたい役割がある。……しんどいと思うけど、頼めるかな」
ログマ、続いてケインが、各々の気力を奮い立たせるように笑って応じてくれた。
「仕方ねえわな。……なんなりと」
「任せてよ。しんどい役割、どんとこい!」
痛々しい笑顔だと感じた。でも同時に、ありがたかった。俺と同じ気持ちで踏ん張ってくれる仲間がいることが。
深く頭を下げて、ケインに顔を向けた。
「ケイン。今のウィルルに本当の意味で寄り添えるのは君だけだ。ケインもきつくなると思うけど、傍で支えてあげて欲しい。……君にしか出来ない、重要な事だ」
「そうだね。私もそうしたい」
頷いて、次はログマ。
「ログマにはカルミアさんのサポートを頼みたい。カルミアさんは取り調べでストレス溜めると思うから、意識的に声を掛けてやって欲しい。関係が長いログマになら頼れるってこともあると思うんだ」
「ふーん。まあやってみる」
「……あと、ケインが頑張りすぎないように見てて。ログマの言うことなら聞くから」
ログマは笑ったが、ケインはむくれた。
「ふっはは! 了解」
「ちょっとぉ……」
そしてログマに痛いところを突かれる。
「ルークは何するんだ?」
渋い顔で答えた。
「…………考え中……」
二人のごもっともなツッコミが突き刺さる。
「はぁ? 指示だけかよ!」
「何それ! 『俺達三人』は忙しくなるって言わなかった?」
項垂れてありのままに愚痴った。
「そりゃ何でもやるよ……。けど、俺だから出来ることって無いんだよ……。俺、あの二人のこと、何にも分かってないからさ。何にもしてやれない、木偶の坊なんだ。役立たずだ。無価値なぼんくら。俺なんか要らないんだ……はぁ……死にたい……」
ログマが心底嫌そうに呟く。
「グズグズジメジメと……お前のご機嫌とりまで出来ねえぞ……」
ケインは俺をフォロー……しようとしたようだ。
「待ってログマ。ルークが死にたいって素直に口に出してる時は割と調子いいんだよ。死んだ目で愛想笑いしてる時が一番ヤバいし面倒くさい。これは大丈夫な時のやつ」
「ああ、確かに。じゃあほっとくか。こいつ奉仕依存だからそのうち何か見つけて働き始めるだろ」
二人とも言葉が容赦ないが、俺のことは分かってくれている。俺の性格のダルさを否定せず対処してくれるのは結構ありがたい。その理解に甘えて愚痴を聞いてもらったところはある。
ケインは追加で励ましをくれた。
「私達二人がルルちゃんとカルさんのフォローするから、それ以外のこと、手広く助けてよ。食材と日用品の買い出しとか、社内業務も溜まっちゃうだろうし。三人で五人分の生活を回すんだから、沢山仕事あるよ! 頼りにしてるからね?」
「ケイン様……優しい……! ありがとう、俺無能だけど、がんばりますぅ」
しょげた顔でへなへなと力こぶを作って見せたら、二人とも笑ってくれた。乗っかって俺も笑った。ちょっと元気を貰えた気がした。




