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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第4部 背負った重みを武器にして

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17章107話 役立たず



 二人の顔は少し強ばった。レイジさんが静かに言う。


「カルミアからは、この前の旅行で話したと聞いたが」


「それ以外に、です」


「……そう思うことがあったのか」


「はい。――今日の殺気は尋常じゃありませんでした」



 ダンカムさんが机に肘をつき、顔を両手で覆った。レイジさんがため息をついて目を伏せ、下がってもいない眼鏡のブリッジをぐっと上げる。


「……結論から言えば、何かあったんだよ。でも、それを俺達から言うことはできない。悪いな」



 そうだろうと思った。元々、この場で全てを知れるなんて期待してない。首を横に振った。


「いいんです。事情は伏せたままでいいので、今後彼とどう接すればいいか、教えて頂けませんか。……俺は分からなくなってしまいました」



 二人は悲しげに目を合わせた。ダンカムさんが代表するように言う。



「今まで通りに接してやってくれ。カルミアはそれを望んでいる筈だ。今日は驚いたかもしれないけど、今までルークが見てきた姿は嘘じゃないからな」



 そう、だよな。分かってる。分かってるんだけど……。


 正直今まで通りでいられるか自信がない。カルミアさんに対して、突然遠くに行ってしまったような、実は元々近くなんてなかったんだと言われたような、そんな距離を感じてしまったから。


 でもこれ以上、聞けることはないんだよな。だとすれば、俺に言えることも、これだけ。


「分かりました。答えてくれてありがとうございます。お二人は知ってるって分かって、安心しました。……じゃあ、おやすみなさい」



 二人に礼をして、応接間を出た。




 ドアを閉めて暗く長い廊下を見ながら、はあと大きくため息をついた。


 いつからか分からないが、緊張しっぱなしだったようだ。首と肩がガチガチに固まって目眩がする。息が浅かったのだろう、深く息を吸うと、強ばった胸元がピシピシと傷んだ。


 今日は確かに疲れた、ゆっくり休もう。個室五へ向かいかけて、足が止まった。裏庭に通じる勝手口から、人が入ってきたからだ。



 よく見るまでもなく、そのスラッと長く伸びたシルエットはログマのものだった。



 ログマは首にかけたタオルで汗をぬぐった後、中途半端なところで立ち尽くす俺に気づいたようだ。距離はあるけど目が合った気がして、小声で呼びかけた。


「お、お疲れ……ただいま」


 彼は返事をせず、すたすたと歩いて来た。そして突然、持っていた稽古用簡易杖の石突きで俺の鳩尾を突いた。


「うっ!」


 鎧越しでもかなり苦しい。鳩尾を押さえて咳き込む俺に、ログマが吐き捨てる。


「そういうところだよ」



 その一言に込められた怒りと失望に、俯いた顔が歪む。


「……ごめん」


「謝って済む話じゃねえ」


「……本当だよな」


 反論はない。存分になじって欲しいとさえ思った。だが次に続いた言葉に滲んでいたのは、強い困惑だった。



「俺はどうすればいい?」



 顔を上げる。すぐ横の階段の踊り場にある窓から、青白い月明かりが降り注いでいて、ログマのしかめっつらが酷く悲しげに見えた。


「指示を出せ。リーダー。俺には分からない」



 リーダー、ね……。お前は、こんな取り返しのつかない失敗をした俺を、敢えてそう呼んだんだろ? だとしたら、応えないとな。お前には出来ることがある、だからそんな苦しげな顔をするなと、言ってやらなくちゃ。



 唇を強く噛み、目を伏せて言った。


「ログマに頼みたいことが沢山ある。俺には分からないことばかりだし、頼れる先も限られそうなんだ。……情けなくて、申し訳ないんだけど……」


 彼の強ばった顔が少し緩んだ。


「ルークが情けないのはいつものことだ。今更謝る必要ねえよ。……何でも言え」


「頼もしいよ。ありがとう。また明日、話す時間をくれ。今日はもうダメそうだ」


 ダメだと口に出したら涙が浮かんだ。リーダーとして振る舞おうとした虚勢が一瞬で崩れ、ダメな男が露呈してしまった。


 呼吸が震えたあたりでログマに察されて、肩をどつかれる。


「絶対泣くと思ったよ。うぜえ。――泣くなら部屋でやれ。明日、腫れた顔を嘲笑あざわらってやるからよ」


 涙を垂れ流したまま、ありがとうとだけ呟いた。ありがとうじゃねえだろ、と呆れたような声が聞こえた気がした。



 ログマに背を蹴られてようやく歩き出し、自室に入ると、いよいよしゃがみ込んでしまった。


 帰社してから皆と話す間に、とても嫌な気づきを得た。卑屈な自分の気づきが、疲れた自分にトドメを刺してしまった。



 ウィルルのケアはケイン、カルミアさんのサポートはログマに任せるのが最善だと思う。そして、ケインとログマの二人はお互い支え合うことのできる関係だ。


 多くの事情を知り頭と口の回るレイジさん、溢れる活力で皆の心身を支えるダンカムさんのおかげで、明日からも会社の運営は保たれるだろう。支部チームを含めた会社全体を守るのもまた彼らの責務だから、それをまっとうするのだ。


 じゃあ俺は――?


 何も出来ないわけじゃないって分かってる。だからやれることは全部やる。……だけど、あまりにも分からないことが多すぎる。


 ウィルルが女性として、人として深く傷つけられているその心情は、想像することしかできない。カルミアさんが何を抱えていて、今何を考えているのかは、想像すらできない。



 理解も想像もできない状況で、何が出来るって言うんだろう。何か出来た気がしたとして、それは、的外れに違いない。何もしない方がマシということすら有り得る。


 頑張りますだなんて言って見せたが、何を頑張るつもりなんだろうな。気持ちだけじゃ、なんの足しにもならないんだ。



 俺は今、仲間達のために、大したことは出来ない。出来るのは、その事実を噛み締めることだけだ。


「……役立たず……!」


 無力感がただただ悔しくて、涙が止まらなかった。




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