17章106話 事情
泣き腫らした顔で帰った俺達は、応接間で待っていたレイジさんとダンカムさんに出迎えられた。
ダンカムさんは、安心した時恒例の男泣きをしていた。不安をかけてしまったな。
レイジさんは俺にご苦労、と言った後、少し屈んでウィルルに目を合わせる。そして、柔らかく低い声で言った。
「あいつらか?」
「う……たぶん」
「……そうか。すまないな……しばらく動きがなかったから油断してた」
「れ、レイジさん悪くないです!」
彼は何か知っているんだな。会社の中にウィルルの事情を知る味方がいてよかった。
レイジさんは噛み締めるように言った。
「――皆に、話そう」
ウィルルはガタガタと震えた。カルミアさんに助け出されたあの時以上に怖がっているように見えた。
「あ……は、話した方が……いいんですか? 皆が危険な目にあったり、背負っちゃって辛くなったり、き……嫌われたり、怖いです……」
レイジさんの笑顔は頼もしく彼女を宥めた。
「皆がウィルルと一緒に無事で暮らすために、話した方がいいと思うんだ。でも、無理強いはしない」
「う……嫌じゃない、です。……皆が知ってくれて、これからも一緒に居てくれるなら……それがいちばん……でも――」
「そうか。じゃあ、頑張ろう。支えるからな」
彼は、ウィルルの頭をくしゃっと撫でた。
ダンカムさんが内線すると、食堂が位置する天井からバタバタと音が聞こえてケインが降りてきた。明るい彼女の表情もまた、俺と同じように曇っていた。
「ルルちゃん!」
「ケインちゃ……うう……!」
「つらかったね、怖かったね! そばにいられなくてごめんね……!」
痛みを分け合うように抱き合った彼女達に、ダンカムさんがもらい泣きをこらえながら言った。
「……ケイン。話してた通り、今夜はウィルルのそばにいてくれるか?」
「勿論。私の部屋で寝る準備、してあります」
「頼りになるよ。小難しい話は僕達に任せて、二人はもう休みな」
「うん。ダンカムさん、ありがとう。――三人とも、おやすみなさい」
身を寄せ合って応接間を出ていった二人を見送り、俺はレイジさんとダンカムさんに頭を下げた。
「……すみません」
レイジさんは苦笑した。
「ルークを責める気はない。まあ、そう言っても、お前は自分を責めるだろうけど。病状に響くから、反省はそこそこにしてくれよな」
「あっ……お気遣いありがとうございます」
「いや。ルークにはこれから踏ん張って貰わなきゃいけないってのもあるんだよね」
「……というと」
首を傾げると、レイジさんは張り詰めた顔で答えた。
「さっきの会話で察したと思うが、ウィルルには込み入った事情がある。俺はそれを承知の上でこのチームに採用した。……いつか揉める可能性はあると思ってた。他の社員を巻き込む形になったのは、俺の見通しが甘かったとしか言えない」
「事情って……」
「詳しくは明日、皆揃って話そう。これから少し忙しくなるだろうから、心づもりだけしておいてくれ。……すまないな」
力強く頷き、姿勢を正して見せた。
「とんでもない。俺、頑張りますよ」
レイジさんはうん、と言って微笑んだ。
「頼もしいよ。あ、でも、お前も病人だって忘れるなよ? 体調第一で、無理するなよ」
「分かってますけど……。少しは気負わせて下さいよ」
ダンカムさんが豪快に笑う。
「ガハハ! そうやってルークは倒れるんだから! 気をつけてくれよ?」
「風竜の仕事の時に散々叱られたから、分かってますって! その証拠に、今日はこの後すぐにぐっすり寝ますよ!」
謎のウケを貰った。レイジさんはひとしきり笑った後、優しく言った。
「ははは――じゃあルークは早速ぐっすり寝てくれ。疲れただろうから、しっかり休むんだぞ」
「あっ、ありがとうございます。……カルミアさんは」
「俺達がここで待ってる」
「……分かりました。おやすみなさい」
踵を返しかけて、もう一度向き直った。
「あの」
小首を傾げた二人に、問いかける。
「カルミアさんのことなんですけど。あの……過去に何か、あったんですか?」




