17章105話 二人の泣き虫
すっかり暗くなった夜道を、手配された馬車に乗せられて進む。俺とウィルルは、微妙な距離感で並んで暗然と座っていた。
――本当は彼女に色々な話を聞きたい。話しかけて安心させたい。もちろん絶対に傷つけたくない。でも何が地雷か分からない。上手く言葉が出てこなかった。
ふいに顔を覗き込まれる。
「どうした?」
「……ルークの手、触っててもいい?」
ハイタッチを求めて駆け寄ってきた彼女とは思えない、不安げな確認だった。
「もちろん。断るわけない」
「……ありがとう」
結局は手と言いつつ、左腕を抱き込まれた。腕に巻きついて肩に顔を寄せた彼女が、ぽつりと小声で言った。
「会社の皆、今度こそ私の事嫌いになっちゃうかなあ」
ぎょっとした。意味が分からなかった。
「えっ――そんなわけないだろ? ……なんでそう思うの?」
「……えと…………」
「……皆心配してるに決まってる」
「心配させちゃう。迷惑かけちゃう。私がこんなんなせいで」
「こんなんって……ウィルルは何も悪いことしてない」
いくら励ましても、寂しそうな小声は続く。
「最近は精霊術をたくさん鍛えたけど。やっぱり私は馬鹿で、ドジで、泣き虫で、ノロマで……皆に好かれる理由がない。その上、こんなことに巻き込まれてて、めんどくさいと思う」
「そんな……」
「今日拐われたのも、私が馬鹿でのろいから。身体の価値ばっかり言われたのも、中身がダメだから。……今回のことだけじゃないから、もう分かってるんだぁ」
「そんなこと、言うなよ……」
根深い自己否定。それくらい色々あったのだろう。それでも今は、俺達イルネスカドルは味方だと言うことだけは信じてもらわなくては。ウィルルの心の拠り所がなくなってしまう。
「俺にも嫌われると思ってるの?」
「……分かんない。だから怖い」
「じゃあ教えるよ。……絶対に嫌いにならない。それに……めんどくさくも、なくて……」
まずい。俺は墓穴を掘ったらしい。一番求められている言葉は分かっているのだが……これを俺が言うのは気持ち悪いし……ええい、言ってしまえ!
「……好き。大好きだ!」
恥を忍んで言った甲斐はあって、彼女の声は少しだけしっかりした。
「ほ、ほんと……? だいすき?」
「ほんと! ウィルルの『人柄』が好きだし! 『仲間として』一緒に生活するのが楽しいと思ってる! 良いところも沢山知ってるし、頼りにしてる! ――ほんとにほんと!」
無駄に力んだ腕に、彼女の震えと熱が伝わり始めた。
「…………いっしょ」
「へ?」
「……私も、一緒。ルーク、大好き」
素直で切ない涙声に、胸を打たれる。拳を握って、もう一歩だけ踏み込んだ。
「皆も一緒だよ。皆ウィルルが大好きだ。……信じてくれたら、俺も皆も、とっても喜ぶよ」
ウィルルは、うぐっ、と漏れかけた嗚咽を噛み潰し、懸命に話し続けた。
「し、信じたい。……信じる。……ねえ?」
「なに?」
「ルーク、さっき、私は悪いことしてないって……。それも、ほんと? 信じていい?」
そこなのか? 不思議に思いながらも、素直に答えた。
「もちろん本当。ウィルルは何も悪くない」
「……でも、私が、ダメだから、こんな目に」
「関係ない! あいつらが悪い! こんな目に遭わせた方が絶対的に悪いの!」
俺の答えは、ウィルルの我慢していた涙を溢れさせてしまった。目だけで狼狽えて静かにしていると、彼女が再び話し出した。
「私、悪くないなら……あのね、ルーク……」
「うん?」
ここでようやく、彼女の心が聞けた。
「凄く怖かった。悲しかったし、嫌だったの。……私が悪いから仕方ないけど、やっぱり、ほんとはつらかった。でも、悪くないなら……もう、泣いぢゃっでも、いいのがなあ? う、うう、うええ――!」
自分に落ち度があるからと、そんな弱音すら我慢していたのか? その心境を思うと、俺の脆弱な涙腺では堪えられず、情けなく貰い泣きした。
「全く悪くない! 思いっきり泣いていい! ほんと酷い話だよ、すげぇムカつくよ、大事なウィルルをこんな目に遭わせやがって! ――守れなぐで、ごめんなあぁ……」
寄り添った二人の泣き虫は、暗く肌寒い河沿いの帰路を、嗚咽とともに運ばれた。




