17章104話 勘違いと思い込み
取り調べを終え、防衛団北区支部のエントランスのベンチに腰掛ける。ウィルルを一人で帰したくないから待っていたいと言ったら許可された。
取り調べ前の待ち時間に、会社に携帯連絡機で状況を伝えた。連絡を受けたダンカムさんは酷く動揺した。
『そ、そんな……ウィルルはその……元気なのか……?』
「……目立った怪我は打撲だけです。でも、言動は副人格に交代しています。心の傷の方は深いかと。――本当に、面目ないです」
『そ、そうだよな。そりゃそうだ……。ああ、どうしよう……』
彼が涙声になってきた頃、受話器から聞こえる声はレイジさんのものに代わった。
同様に状況を伝えると、彼は冷静に言った。
『よくウィルルを助け出してくれたな。落ち着いて事実だけを伝えるんだぞ。素直に客観的に話すことが、カルミアの正当防衛の証明と、犯人逮捕の手掛かりになるからな』
――二人は、俺がこれを未然に防げなかったということを責めてはくれなかった。
俺の取り調べは、男性二人によって行われた。一時間ほどの間に、様々なことを聞かれた。俺の言葉と表情を深く読み取ろうとする視線、丁寧で平坦な口調、人情など感じない空虚な笑顔。信用も油断もできなくて、酷く疲れた。
夜になり人気の無い無機質なエントランス。その冷たい静けさは、俺の後ろ向きな考え事を捗らせてくれた。
「はあ……俺は今まで、何を見てたんだろうな……」
辛いのは、事件を防げなかったことだけではない。何よりも、仲間に対する自分の無理解に、落胆していた。
カルミアさんについて、どうやら俺は何も分かっていないらしい。彼とは特に仲が良いと思っていたが、俺の勝手な勘違いだったのかも。あの表情は、先月の旅行で話してくれた事情に関係があるのだろうか。それとも、他にも何か抱えているのだろうか。……何も分からないまま、本能で感じたあの殺気が、彼について信じられる唯一のものとなってしまった。
ウィルルについてもそうだ。無意識の思い込みがあった。俺達に自分のことを話してくれる、話したいと思ってくれる人だと。しかし、俺に見えていたのは、彼女のほんの一部だったようだ。何か重要で危険な事情を抱えていて、それを覗かせることすらせず、ひた隠しにしていたということになるだろう。
俯き、髪をぐしゃっと握る。俺はカルミアさんのこともウィルルのことも、知ったような気になっていただけなのかも知れない。こんなに大事に想う人達なのに。……悔しくて、悲しかった。
憂鬱と闘っていると、エントランスの奥から、あの金髪ポニーテールの女性がウィルルを連れてゆっくり歩いてきた。ウィルルは防衛団側で用意されたであろう簡易な病院着のようなものを来ていて、杖の他に、大きな紙袋を持っている。元の服や装備はこれに入っているのだろう。
「ウィルルっ……」
思わず駆け寄ろうとして、びたっと止まった。俺はいつも気にし過ぎるが、今は用心に超したことはない。
やがて目の前に来たウィルルは俯いたままだった。目線は床へと向けられ表情はない。杖と袋を固く握りしめる両手は血色が悪く震えている。仕事終わりの彼女の、無邪気で火照った幸せそうな笑顔を思い出して、悔しさと悲しさと怒りの涙が滲む。
防衛団員の女性が、はきはきと言う。
「今回の事件、まだ調査中ではあるが、ルークさんには容疑はかけられていない。ウィルルさんは被害者だ。住所は二人とも会社だろう、送迎の馬車に同乗してくれるかな」
「はい、勿論です。そうしたくて待ってました」
そして彼女は、ウィルルの背をゆっくりとさすった。
「ルークさんと一緒に帰れるか? 怖ければ私も行く」
固い口調だが、その中に優しさを感じた。
ウィルルは怯えきった上目遣いで、ようやく俺を見てくれた。
今の俺は、怖くないだろうか。不安にさせずに済むだろうか。……何も分からない俺が、勘違いと思い込みで行動し、彼女を更に傷つけるという可能性が怖い。微動だに出来なかった。
やがて顔をくしゃっと歪めたウィルルに、強く抱きつかれた。そのまま彼女は、俺の胸元で無言のまま震える。今度は抱きしめ返していいか分からない。恐る恐る、頭を撫でた。
防衛団員の女性は、心做しか力の抜けた顔で俺達を見ていた。ウィルルを撫でながら、彼女に尋ねる。
「……あの。カルミアさん――槍士の男性は」
彼女は凛とした表情を変えなかった。
「取り調べがまだ続いている。貴方達より遅くに帰す予定だ。加えて、後日また話を聞くことになるだろう。……しかし、悪意のある加害者として罪に問われる可能性は低いとだけ言っておこうか」
心底ほっとした。
「ありがとうございます。現場だけ見たら誤解されそうで不安でした」
彼女は苦笑した。苦笑であれど、美人の笑顔は映える。
「あの段階ではあらゆる可能性を見なければならなかったから、貴方には強く当たったな。申し訳ない」
彼女から一枚のカードを手渡される。赤い盾と白い剣を模した防衛戦士団の印が捺されている。彼女の名刺のようだ。
「私はジャンネと言う。帝国防衛戦士団、帝都北区支部小隊長だ。本件の担当になった。今後何度か連絡させてもらうよ」
「あ、ありがとうございます。頂戴します。生憎俺は名刺を持っていないもので、すみません」
「問題ない。取り調べの時に貴方達の会社の情報は貰っているから、会社宛に連絡する」
そうしてジャンネさんに見送られ、俺達は防衛戦士団北区支部を出た。




