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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第4部 背負った重みを武器にして

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17章103話 すまないね



 我に返り、慌てて立ち上がった。


「まっ、待て――」

「ルーク、いいよ」


 カルミアさんの低い声に、足が止まってしまった。三人の男達の姿は、すぐに見えなくなった。


 今はカルミアさんの顔がこちらを向いている。ここで初めて、表情がよく見えた。


 ゆるいウェーブの前髪と眼鏡の奥の目を見た瞬間、身体の芯が揺れるような動揺を感じた。鋭く据わり、爛々と輝いているのだ。そして顔の右側は口の端が上がり、左側は強ばっている。笑っているフリで激しい憤りを抑えつけているようにも、怒りが湧き上がるのを楽しんでいるようにも見えた。



 ――本当に、あの優しくて穏やかなカルミアさんなのか?



 仲間を傷つけられた事を酷く怒っている。それは本当だろう。だがこの顔は、絶対それだけじゃない……。身がすくむ自分が嫌になる。兄のように慕っている彼に、恐怖なんて感じたくないのに。


 カルミアさんは、その歪な怖い顔で、男に話しかけた。


「で、どしたの。何か用があったんでしょ?」


男は答えない。痛みに呻くのみだ。


「あら、黙秘か。仕事熱心だね」


 そして穂先をひねる。


「ああああ!」


「誰の、どういう仕事? 吐けよ、全部だ」



 男はやがて、震える声で言った。


「……昔その女を仕入れた団体の仕事だ……。売る前に逃げられたからって、赤字の回収を頼まれたんだよ……!」


 人に使う言葉じゃない。意味を理解しようとした自分を恨んだ。


 ヤケクソか、負け惜しみの挑発か。男は饒舌じょうぜつになった。


「成人済みらしいが、身体は丁度良くガキだ。見た目は最高級、長ぇ寿命のおかげで旬も長い。その上新品未使用と来た。大金を積む客は、今もごまんといるんだと! しかもそいつ、ちょっと抜けてるんだろ? うまく合意さえ取れりゃ皆幸せだろうが。有効活用してやろうって――」


 そこまで言ったところで、穂先が横に振り払われた。群衆から悲鳴が上がる。男の左腕はだらりと僅かな肉を頼りにぶら下がった。


「ぎゃあああ!」


 地面に崩れ落ちた男を見下ろすカルミアさん。いつもは軽くて柔らかい調子の言葉が、凍るような冷たさだった。


「はぁ、全部吐けとは言ったけど、無駄話しろとは言ってないって。残念だけど殺す訳にはいかないし、顔も覚えたし、もう行っていいよ」


 そして彼は、顔から一切の表情を消す。


「依頼主に伝言ね。――二度と来るな」


 男は必死で立ち上がり、ちぎれかけた左腕を庇いながら、カットラスを置き去りに一目散にスラムへと消えた。彼を見送りながら、カルミアさんが舌打ちする。


「最後まで聞いてたかなぁ。返事しろよ」



 ざわめく群衆の中、血脂と骨片に塗れたハルバードを携えたカルミアさんがこちらへ来る。そして俺へ、悲しげな顔で微笑んだ。いつものカルミアさんの苦笑だった。



「すまないね」



 なんの、謝罪なんだ――?



 何の言葉も返せなかった俺の横を通り過ぎて、カルミアさんは膝をつきハルバードを置く。そしてウィルル――エスタを強く抱き締め、震えた。



「ごめん、ごめんな。こんな思いをさせて。一緒にいたのに、守ってやれなくて。怖かったよな。本当にごめん。……生きていてくれて、ありがとう……」



 エスタは戦闘中のカルミアさんを見ていない。……見ていなくて良かったのだろう。優しくて頼もしい仲間の腕の中で、ようやく安心できたらしい少年は、嗚咽を漏らして泣き出した。



 まだ俺達に注目していた群衆がにわかに道を開ける。上等そうな鎧と剣を身につけた男女が三人、こちらへ近づいてきた。――帝国防衛戦士団員だろう。誰かが通報したのか。


 彼らはエスタを抱くカルミアさんへと向かって来て、その傍らにある血濡れのハルバードをちらりと見た。


 先頭の、長い金髪を一つに束ねた美女が、力強い声で言った。


「複数人の暴漢に男性が囲まれていると通報があった! 貴方がその被害者か」



 エスタから身体を離して立ち上がったカルミアさんは、彼らに向けて柔らかく苦笑した。


「多分俺のことですね。暴漢には既に逃げられてしまいましたが」


 逃げられたというより、逃がしたような、あえて泳がせたような、そんな風に見えたが……。


 女性は表情を変えずに、今一度ハルバードを見ながら続けた。


「そうか。災難だったな。……しかし、貴方もそれなりに強い抵抗はしたように見える。そうだね?」


「……はい」



 ちょっと待て、雲行きが怪しい。横から口を出した。


「お、俺がずっと見てました。彼は殺されかけたのに、加害者に最低限の傷しか与えなかった。奴らが逃走できているのが何よりの証拠です」


 女性は俺を見て、怪訝けげんそうに眉をしかめた。


「理屈は分かるし、嘘を言っているようにも見えないね。だが、貴方はこの男性の何だ?」


「職場の同僚です」


「なるほど。身内の貴方が庇うのは当たり前と言わざるを得ないな」


「……周りの人も皆見てました! 彼は、俺とそこの彼女を一人で守ってくれた。証言を集めれば分かる筈だ!」


 必死に訴えていると、群衆の中から若い女性二人組がおずおずと前に出て来た。着古された服を見るに、スラムの住人だろうか。


「私達、丁度通りかかって最初から見てました。時間もありますから、良かったら証言します」


 証人が出て来てくれた……! 謝礼金目的でもなんでもいい。あまりにありがたくて、肩から力が抜ける。


 防衛団員達は目を合わせて小声で少し相談した後、彼女達に頭を下げた。


「協力感謝する。ご同行願う」


 防衛団員の男性二人は、地面に残された血痕を辿ってスラムへ駆けて行った。



 そして女性はカルミアさんに向き直る。美女の大きな青い瞳は、善悪を量るかのように疑り深く、彼を見つめた。



「北区支部に来てもらえるか。詳しい事情はそこで聞く。――あなた達三人ともだ」




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