17章102話 死神の正当防衛
集まってきた人目からウィルルを守りたい。彼らのいる反対側からキャビンを開けると、いつものフード付きポンチョと杖を見つけた。
腰を下ろして、ウィルルの傍に杖を置く。そして、深くフードを被せた。
「俺の布もそのまま巻いてていい。……他に、何か俺にできることは――じゃなくて――」
喋れる状況じゃない彼女に質問形式で話しかけてしまった自分に苛立つ。しかし、フードの陰から気丈な声が返ってきた。
「――助かったよ。僕じゃ逃げ出せなかった」
エスタだった。おそらくウィルルの人格は、過剰な心的ストレスで引っ込んでしまったのだ。
唇を噛んで頭を下げた。
「エスタ……本当に、ごめん……」
エスタはゆるゆるとかぶりを振り、いっそう深く項垂れた。
「どうしてこうなったかは分かってる。後で話すよ。――それまでに、僕も落ち着く」
噛んだ唇が震えた。何か事情を知っていて状況を呑み込めているとしても、彼も幼い少年の人格だ。怖かっただろう。ますます心が痛んで、自分が許せなくて、俺も項垂れた。
集まった人々の目からエスタを庇うような位置で膝を立てる。馬車の横でハルバードを構えるカルミアさんの背を、固唾を飲んで見つめた。
今も続く睨み合い。これをどちらがどう破るかが勝敗に影響するとお互い分かっているのだろう。
先程青筋を浮かべていたショートソードの男が痺れを切らしたらしい。獲物を真っ直ぐに構えて大きく踏み込んだ。
繰り出されかけた刺突は、カルミアさんの遥か手前で穂先に弾かれる。そのまま穂先は下へと弧を描き、男の脛を斬り払った。
「いでぇぁ――!」
悲鳴を上げて地面に転がった男を見ながら、カルミアさんは大袈裟に言った。
「ああ、危ない! 殺されるかと思った!」
先制しなかったのは、正当防衛として自分の立場を守るためか! 確かに、これは依頼に基づく公的戦闘じゃなく、民間人同士の揉め事。積極的に攻撃しに行ったと目撃者に証言されれば、カルミアさんが過剰防衛の罪を被ってしまう事になる。
周りの野次馬は、カルミアさんに守られる俺とエスタをチラチラ見つつ、悪者がどちらか理解したような顔をしている。これも彼の狙い通りか。
カルミアさんは首を傾げて楽しそうに言う。
「もうやめにしない?」
「チッ……白々しい」
男達の表情に苛立ちが浮かぶ。
残り三人の男達は配置をばらしながら間を詰め、カルミアさんに一斉に襲いかかった。
正面から振り下ろされたククリナイフは、身体を斜め前へずらしつつ槍先で去なし、背後へと流す。ククリナイフの男は、迫っていたカットラスに顔面から突っ込んで濁った悲鳴を上げた。
横から迫ったダガーはその仲間の身体に阻まれる。
「お、おい邪魔だ――!」
慌ててダガーを向け直した男は、左右のステップで巧みに間を詰めて、懐へと刺突を放った。
冷静に二歩下がったカルミアさんは、短く持った柄でそれを受ける。貰った力のままくるりとハルバードを回し、上から斧を振り下ろした。肩当ごと右肩を砕かれた男はダガーを手放し苦悶の声を上げる。彼は傷に鎌を引っ掛けられて横に転がされた。
その隙を狙ったカットラスの横薙ぎは、読んでいたと言わんばかりに後ろへ退いて難なく避けた。生じた間合いを利用して突き出された槍先は男の左腕を貫通する。嫌な音がして、傷口から白い骨が覗いた。
「ぐああぁ……!」
「無理に抜かない方がいいよ、引っかかるからね」
カルミアさんの口調に滲む、穏やかで強い殺意。その気になればすぐ殺せると言わんばかりの余裕のある動き。……死神のようだ。
勝ち筋が薄いと察したのであろう三人の男は、よろよろとスラム方面へと走っていった。脛を斬られた男は思ったように走れないらしく怯えた悲鳴を上げていた。
逞しい左腕を貫かれて身動きの取れないカットラスの男だけが、呆然とその場に残された。




