17章101話 対峙
腕を引かれて地面にへたりこんだのは、間違いなくウィルルだった。しかし、彼女の豊かな表情は跡形もなく失われていた。綺麗な長髪は乱れ、身体も不自然に強ばっているように見える。
――そして何より服だ。胸当ては片方の革紐が切られてぶら下がり、上半身は下着姿に剥かれていた。スカートは腰まで裂かれている。そこから覗く華奢な太腿には、出来たばかりらしい大きな青痣。どういう状況だったか、嫌でも想像させられた。
ハルバードを携えて馬車に睨みを利かせるカルミアさんの代わりに、座ったままのウィルルを広げた腰布で包む。ろくな上着がなかったことを後悔した。
「ごめん、ごめんな、ウィルル……。もう大丈夫だから、大丈夫だから。待っててね。三人で帰ろう……」
彼女の反応はなく、俯いてしまって表情も見えなかった。
心を痛めている間もなく、キャビンの中から人が出てきた。ガラが悪く鍛えられた身体の男が三人。前方から降りた馬車の御者もまた同種。年齢は三十代から四十代くらいといったところか。
ウィルルにむやみに触れたくなかったが、橋の真ん中では人目も危険も気になる。ぎくしゃくとお姫様抱っこで抱き上げると、その震える身体の軽さと細さに酷く苦しくなった。いつも皆に力をくれる彼女。こんな幼い身体で、懸命に肩を並べてくれていたのに……。
彼女の身体を馬車の陰の欄干にもたれさせ、何も言ってやれないまま踵を返す。カルミアさんの斜め後ろへ移動し、剣を構えた。睨みつけると、ガラの悪い男達が下卑た笑い声を上げた。
「お、一丁前に睨みつけて来てんぜ!」
「ご立派な武器を持って女一人守れねえ雑魚が、今更かよ」
「俺の馬車を壊しやがったなぁ。ま、その女売ればたんまりお釣りが来るらしいけどよ。ハハ」
「邪魔しねえでくれる? こっちも仕事なんだ。四対二で勝てるわけねえだろ、ああ?」
売る? 仕事? ただの性犯罪者の誘拐じゃないのか?
厄介な香りがする。ここでしっかり撃退すべきだ。舐めた口を利かせてる場合じゃない。苛立ち混じりに吐き捨てた。
「うるさいな。勝てる自信がないから慌ててるのか?」
男達は顔を見合せ、へらへらとそれぞれの獲物を抜く。ショートソード、カットラス、ダガー、ククリナイフ。どれも大きな武器ではないのが面倒だ。俺達のロングソードとハルバードでは、手数で攻められれば立ち回りにくい。
――カルミアさんは何も言わない。斜め後ろの俺からでは表情が見えないが、話しかけることすら躊躇われる殺気を放っている。
それは男達にも伝わっているのだろうか。どうも彼らの視線は俺の方へ集まっている気がする。カルミアさんは今、直視できないような怖い顔をしているのではないか。
「ルーク」
いつも通りの優しい声にはっとして背中を見つめる。
「ここは俺一人に任せてもらっていいかな? 周りを気にする余裕がなさそうなんだ。ウィルルの傍にいてあげて」
柔らかい響きの中に有無を言わさぬ圧を感じた。
……カルミアさんの実力は確かなものだ。複数人を同時に相手する戦闘は見たことがないが、帝国防衛戦士団の経歴から、ある程度の修羅場は潜ってきたのだろうと思われる。それに、カルミアさんのハルバードはリーチが長いから、この広くはない橋の上で振り回せば仲間を巻き込む可能性も確かにある。
任せるべきか。戦況を見て、いざと言う時参戦すればいい。
「――分かった、頼むよ。気をつけて」
剣を納めた俺を見て、男達の視線は今一度カルミアさんへと移った。背が低いショートソードの男の額に青筋が浮かぶ。
「はぁ? 流石にナメすぎだろ……!」
「ゴミ掃除くらい一人で充分でしょ」
五人は、一触即発の雰囲気で睨み合いを始めた。




