第5話「異世界の食文化に現代人が物申す」
異世界キッチンカー生活、5日目の朝。
ミラ、ガルド、エリーの3人が常連客になって数日。それぞれの食生活改善は順調に進んでいるが、俺はもっと大きな問題に気づき始めていた。
『(個人の偏食だけじゃない。この世界全体の食文化が根本的におかしいんじゃないか?)』
そんな疑問を抱いた俺は、今日は街の市場を調査してみることにした。
『(よし、この世界の食材事情を徹底的に調べてみよう)』
キッチンカーで街の中央市場に向かう。朝の活気あふれる市場には、たくさんの商人と買い物客が行き交っている。
「いらっしゃい!新鮮な乾パンだよ!」
「保存の利くチーズはいかがー!」
「燻製肉、3日間もつぞー!」
『(あれ?なんか変だな...)』
俺は違和感を覚えた。どの店も「保存が利く」「日持ちする」ということばかりアピールしている。
『(新鮮さや栄養価をアピールする店がない...?)』
野菜売り場に行ってみると、さらに驚愕の光景が待っていた。
「野菜はこちらー!塩漬け野菜、酢漬け野菜、乾燥野菜!」
『(全部保存食じゃないか!新鮮な野菜はどこだ?)』
店主に話しかけてみる。
『すみません、新鮮な野菜はありませんか?』
「新鮮な野菜?何それ、食べられるの?」
店主がきょとんとした顔をする。
「生野菜なんて、すぐ腐っちゃうじゃない。保存食じゃないと商売にならないよ」
『(えええ!?生野菜の概念がない!?)』
「それに、生野菜なんて栄養ないでしょ?塩漬けや乾燥させた方が、保存も利くし味も濃くなるし」
『(完全に逆の発想だ...)』
隣の肉屋でも同じような状況だった。
「肉といえば燻製肉、塩漬け肉が基本だろ?」
「生肉なんて危険だし、すぐダメになるじゃないか」
『(確かに保存技術は大事だけど、栄養価のことを全然考えてない...)』
果物屋に行っても状況は同じ。
「ドライフルーツと砂糖漬けフルーツはいかがー!」
「甘くて日持ちするよー!」
『(糖分過多になるわけだ...)』
俺は愕然とした。この世界の食文化は完全に「保存優先、栄養後回し」なのだ。
『(これじゃあ、みんな栄養失調になるのも当然だ...)』
調査を続けていると、ミラが買い物にやってきた。
「あ、栄養キッチンカーさん!こんなところで何を?」
『市場の調査をしていました。ミラさんは普段、どこで買い物を?』
「えーっと、いつもあそこの安い乾パン屋さんです」
ミラが指差した店を見ると、確かに「激安乾パン!1個10コッパー!」という看板が出ている。
「たまに奮発して、塩漬けチーズも買います」
『(やっぱり保存食ばかりか...)』
『ミラさん、新鮮な野菜や肉を買おうと思ったことは?』
「新鮮な?うーん、考えたことないですね」
「だって、高いし、すぐダメになっちゃうし」
「冒険者は長期間ダンジョンに潜ることもあるから、日持ちする食べ物じゃないと困るんです」
『(なるほど、冒険者特有の事情もあるのか)』
「それに、新鮮な食材って調理が大変そうで...」
「乾パンなら、そのまま食べられるし」
『(調理技術も普及してないのか...)』
その時、エリーもお買い物にやってきた。
「あら、皆さんお揃いですのね!」
『エリーさんは普段どちらで?』
「私はあちらの高級スイーツ店ですわ」
エリーが指差した店は、確かに立派な構えのケーキ屋だった。
「でも、あそこも保存の利くケーキばかりですのよ」
「チョコレートケーキ、ハードクッキー、キャンディー...」
『(やっぱり保存重視か...)』
「生クリームのケーキとか、フレッシュフルーツのタルトとかは売ってないんですの」
「『日持ちしないから商売にならない』って言われました」
『(この世界、完全に保存食文化に支配されてる...)』
続いて、ガルドも現れた。どうやら買い物の時間が重なったらしい。
「おお、みんないるじゃないか!」
『ガルドさんはいつもどちらで?』
「俺は肉屋一択だ!燻製肉と塩漬け肉を大量購入!」
「でも最近思うんだが、いつも同じ味で飽きてきたんだよな」
『(燻製と塩漬けじゃあ、味のバリエーションも限られるな...)』
「新鮮な肉を買って、自分で調理してみたいとは思わないんですか?」
「新鮮な肉?」
ガルドが首をかしげる。
「生肉は危険だって聞いたぞ?それに、調理法もわからないし」
「燻製肉なら安全だし、そのまま食えるからな」
『(安全性の知識も調理技術も普及してない...)』
俺は市場をさらに歩き回った。そして、ある重大な事実に気づく。
『(調味料が圧倒的に少ない!)』
調味料屋を覗いてみると、塩、砂糖、酢くらいしかない。
「すみません、胡椒やハーブ、スパイス類はありませんか?」
「何それ?聞いたことないな」
「塩と砂糖があれば十分だろ?」
『(香辛料の概念がない!?これじゃあ料理のバリエーションが...)』
さらに驚いたのは、油類の少なさだった。
「油は?」
「ああ、ランプ用の油ならあるよ」
『(料理用の油という概念もないのか...)』
俺は完全に理解した。この世界の食文化が抱える根本的な問題を。
『(保存技術に頼りすぎて、栄養価、味、調理技術、すべてが置き去りにされてる!)』
市場から戻る途中、ギルドの掲示板で気になる情報を発見した。
『冒険者の平均寿命:45歳』
『主な死因:戦闘死30%、病死40%、栄養失調20%、その他10%』
『(栄養失調で死ぬ冒険者が20%も!?)』
さらに別の張り紙。
『最近の若手冒険者の体力低下について』
『ダンジョン攻略中の体力切れ事故が増加』
『適切な食事を心がけましょう(具体的な方法は不明)』
『(やっぱりだ。食事の問題は個人レベルじゃない、社会全体の問題だ!)』
俺は決意を固めた。
『(この世界の食文化を根本から変えてやる!)』
その時、ミラたちが追いかけてきた。
「栄養キッチンカーさん、どこか遠くを見つめて考え込んでましたけど...」
『実は、この世界の食文化について重大な問題を発見しました』
「問題?」
『皆さん、なぜこの世界では保存食ばかりが売られているか、考えたことはありますか?』
「えーっと...日持ちするから?」
ミラが首をかしげる。
「便利だからじゃないか?」
ガルドも答える。
「保存が利いて当然ですわよ?」
エリーも同じような反応。
『(みんな、それが当たり前だと思ってる...)』
『皆さん、『新鮮な食材の方が栄養価が高い』という事実をご存知ですか?』
「え?」
3人とも同時に驚く。
『保存食は確かに便利ですが、加工過程でビタミンやミネラルの多くが失われます』
「そうなんですか?」
『例えば、乾燥野菜は生野菜に比べてビタミンCが90%も減少します』
「90%も!?」
エリーが驚愕する。
『燻製肉も、加工過程で多くの栄養素が失われ、逆に塩分過多になります』
「だから俺、最近しょっぱいものばかり食いたくなるのか...」
ガルドが納得した顔をする。
『さらに、調理技術の不足により、食材の持つ本来の栄養価を活かせていません』
「調理技術...」
『そして、香辛料や調味料の不足により、味のバリエーションも限られています』
「確かに、いつも同じような味ですわね...」
『(よし、問題意識を共有できた)』
『そこで提案があります』
「提案?」
『この街の食文化改革プロジェクトを開始しませんか?』
「食文化改革!?」
「なんか大げさだな」
「でも面白そうですわ!」
『まず、新鮮な食材の流通システムを確立します』
「流通システム?」
『農家から直接仕入れて、新鮮な野菜や肉を適正価格で提供する仕組みです』
「でも、すぐ腐っちゃうんじゃ...」
『そこで調理技術の普及も同時に行います。正しい保存方法と調理法を教えれば、新鮮食材も無駄になりません』
「なるほど!」
『さらに、香辛料や調味料の輸入も検討します』
「香辛料?」
『料理の味を劇的に向上させる秘密兵器です』
俺は実演してみることにした。
『今から、同じ食材を使って、従来の調理法と改良版調理法で作り比べてみます』
「おお、面白そうだ!」
俺は手早く調理を開始した。
まず従来版:塩漬け肉を塩で炒めただけの料理。
次に改良版:新鮮な肉をハーブ(代用品)と胡椒(代用品)で味付けして炒めた料理。
『食べ比べてみてください』
「うわ、全然違う!」
「改良版の方が何倍もおいしい!」
「この香りと味の深み...まるで別の料理ですわ!」
『(よし、実感してもらえた!)』
『これが、新鮮な食材と適切な調理技術の力です』
「すげー...こんなにも違うのか」
『皆さん、一緒にこの街を変えませんか?』
「もちろんです!」
「俺も協力する!」
「私も手伝いますわ!」
『(よし、仲間ができた!)』
『まずは小さなことから始めましょう。常連客の皆さんに、新鮮食材の良さを実感してもらい、口コミで広めていく』
「それなら私たちにもできそうです!」
『次に、農家との直接取引を開始し、市場に新鮮食材を流通させる』
「農家との取引...」
『そして最終的には、この街全体の食文化を現代レベルまで引き上げます!』
「現代レベル?」
『栄養バランスを考慮し、味も見た目も満足できる、真の食文化です』
俺は拳を握りしめた。
『(この世界の人々に、本当においしくて栄養のある食事を提供してやる!)』
『保存食文化からの脱却!これが俺たちの使命です!』
「おお!燃えてきた!」
「頑張りましょう!」
「素敵な目標ですわ!」
こうして、俺たちの食文化改革プロジェクトが正式に始動した。
個人の偏食改善から、社会全体の食文化改革へ。俺の挑戦は、より大きなスケールになっていく。
『(よし、この異世界に食の革命を起こしてやる!みんなで一緒に、最高の食文化を築き上げるんだ!)』
夕日が街を照らす中、俺たちは明日からの本格的な改革活動に向けて、作戦を練り始めた。
田中健太 - 29歳元サラリーマン、栄養学マニア
ミラ・フォレスト - 16歳新人冒険者、弓使い、健太の最初の常連客
ガルド・アイアンフィスト - 25歳戦士、脳筋、肉しか食べない→栄養指導で改善
エリー・ライトヒール - 19歳回復魔法使い、お嬢様、偏食家