第49話「ダンジョン街での最後の営業日」
異世界キッチンカー生活、気持ち49日目の夕方。
魔族領への出発を明日に控えた俺は、一つの決断をしていた。
『今夜は、ダンジョン街での最後の営業をしよう』
仲間たちに宣言すると、みんな驚いた顔をした。
「え?最後の営業?」
ミラが不安そうに尋ねる。
「もしかして、もうこの街には戻ってこないんですか?」
『いや、いずれは戻ってくるつもりだよ』
俺は優しく微笑んだ。
『でも、魔族領での活動がどのくらい続くかわからない』
『だから今夜は、お世話になった皆さんに感謝の気持ちを込めて、特別営業をしたいんだ』
アルフレッドが目を輝かせた。
「素晴らしいアイデアです、師匠!」
「私もお手伝いします」
『ありがとう。でも今夜は俺一人でやりたいんだ』
『最初にこの街で営業を始めた時のように』
みんなが俺の気持ちを理解してくれた。
「わかりました」
エリーが微笑む。
「でも、私たちは常連として食べに来ますわ」
「もちろんだ!」
ガルドも嬉しそうだ。
「最後の栄養キッチンカーの味、しっかり記憶に刻むぞ」
夕方6時、俺は街の中央広場にキッチンカーを停めた。
いつもの場所、いつものように。
でも今日は特別な日。
『本日のメニュー:感謝の気持ちを込めて』
『・思い出の栄養バランス定食』
『・友情のスタミナ回復セット』
『・絆のヘルシースープ』
『・感謝のデザートプレート』
看板を出すと、すぐに人だかりができた。
「栄養キッチンカー、今夜で最後って本当か?」
「寂しくなるなあ」
「でも魔族の皆さんのためなら仕方ないか」
最初のお客さんは、やはりミラだった。
「栄養キッチンカーさん、思い出の栄養バランス定食をお願いします」
『ミラ、君が最初のお客さんだったんだよね』
「はい」
ミラが懐かしそうに微笑む。
「あの時は栄養失調でフラフラでした」
「でも栄養キッチンカーさんのお料理で、人生が変わりました」
『俺の方こそ、君に救われたんだよ』
俺は心を込めて定食を作った。
鶏肉のソテー、緑黄色野菜の炒め物、雑穀米、具だくさんの味噌汁。
初日とまったく同じメニュー。
『はい、どうぞ』
「ありがとうございます」
ミラが一口食べると、涙が溢れた。
「やっぱり、この味です」
「栄養キッチンカーさんの愛情がいっぱい詰まった味」
『ミラ...』
「私、栄養キッチンカーさんのおかげで冒険者として成長できました」
「今では中級冒険者になって、後輩たちにも栄養の大切さを教えているんです」
『それは素晴らしいね』
「栄養キッチンカーさんから学んだことを、私も伝えていきます」
次にやってきたのは、ガルドだった。
「俺も思い出のメニューを頼む」
『ガルドの思い出のメニューって?』
「決まってるだろ、スタミナ回復定食だ」
ガルドが豪快に笑う。
「あの時の俺は本当に脳筋で、肉しか食わなかった」
「でもお前のおかげで、栄養バランスの大切さを知った」
『今ではすっかり健康的になったもんね』
「ああ、持久力も集中力も上がった」
俺はガルドのためにスタミナ回復定食を作った。
バランスの良いタンパク質、炭水化物、そしてビタミンB群たっぷりの特製メニュー。
「うまい!やっぱりこの味だ」
ガルドが満足そうに食べている。
「俺、魔族領でも筋トレ続けるからな」
「栄養バランスも忘れないで頑張るよ」
『頼もしいね』
エリーも注文しにやってきた。
「私は絆のヘルシースープをお願いしますわ」
『エリーの偏食を治すのは大変だったなあ』
「すみませんでした」
エリーが恥ずかしそうに笑う。
「スイーツしか食べなくて、魔力が不安定で」
「でも栄養キッチンカーさんのおかげで、野菜も美味しく食べられるようになりました」
俺は野菜たっぷりのヘルシースープを作った。
エリーの好みに合わせて、少し甘めの味付け。
「美味しい!野菜がこんなに甘いなんて」
「今では野菜料理を作るのが趣味になりました」
『それは良かった』
「魔族領でも、野菜不足の方がいたら、お料理を教えてあげたいです」
アルフレッドも師匠として最後の食事を求めてきた。
「師匠、私にも特別なメニューを」
『アルフレッドには、感謝のデザートプレートを』
「デザート?」
『君は俺の一番弟子だからね』
俺は特製のデザートプレートを作った。
様々なフルーツを使った栄養価の高いデザート集合。
「わあ、きれい!」
「そして美味しい!さすが師匠です」
『アルフレッド、君は本当に良い弟子だったよ』
「私こそ、師匠に出会えて人生が変わりました」
「高級レストランでプライドばかり高かった私を、本当の料理人にしてくれました」
『これからも、人を幸せにする料理を作り続けてくれ』
「はい!師匠の教えを胸に、頑張ります」
続々と常連客たちがやってきた。
昔からの馴染み客、最近の新規客、みんながお別れの食事を求めてくる。
「栄養キッチンカー、俺の体調管理はお前のおかげだ」
「ありがとう、また必ず戻ってこいよ」
「魔族の皆さんにも、美味しい料理を作ってあげて」
温かい言葉が次々とかけられる。
レオンギルドマスターもやってきた。
「栄養キッチンカー君、君がいなくなると寂しくなるな」
『ギルドマスター、色々とお世話になりました』
「こちらこそ、君のおかげでギルドの冒険者たちが健康になった」
「怪我の回復も早くなったし、パフォーマンスも向上した」
『それは良かったです』
「魔族領でも、きっと素晴らしい成果を上げてくれるだろう」
市長も感謝の言葉をくれた。
「栄養キッチンカーさん、この街に来てくれてありがとうございました」
「街全体の健康レベルが向上しました」
「それに、人間と魔族の平和まで実現してくれて」
『市長こそ、いつも協力してくださってありがとうございました』
バジル博士も興奮気味にやってきた。
「栄養キッチンカー君、君との共同研究は最高じゃった」
「栄養学の可能性を再認識させてもらった」
『博士の科学的サポートがあったからこそです』
「魔族領でも、何かあったら魔法通信で連絡してくれ」
「いつでも協力するぞ」
夜も更けて、最後の客が帰った後、俺は一人で振り返っていた。
『(本当にたくさんの人と出会ったな)』
『(みんな、最初は栄養失調や偏食で困っていた)』
『(でも今では、みんな健康で幸せそうだ)』
その時、街の住民たちが大勢集まってきた。
「栄養キッチンカー!」
「みんなでお見送りに来ました」
「何かお礼をしたくて」
住民代表が前に出てきた。
「これ、街のみんなからの感謝の印です」
手渡されたのは、美しい手作りのアルバムだった。
開いてみると、この街での俺の活動記録が丁寧にまとめられている。
ミラとの初めての出会い、常連客たちとの思い出、街の健康祭り、平和の食事会...
すべての瞬間が、温かい文章と絵で記録されている。
『これは...』
「みんなで作ったんです」
「栄養キッチンカーさんとの思い出を忘れないために」
「そして、魔族領でも頑張ってもらうために」
俺は感動で言葉が出なかった。
『ありがとう...本当にありがとう』
『このアルバムは俺の宝物にします』
みんなが拍手してくれた。
「栄養キッチンカー!」
「またいつか帰ってきて!」
「魔族の皆さんをよろしく!」
「絶対に成功してください!」
温かい声援に包まれて、俺のダンジョン街での営業が終わった。
43日間の異世界キッチンカー生活。
短いようで、とても濃密な時間だった。
『(ここで学んだことを、魔族領でも活かそう)』
『(料理の力で、もっとたくさんの人を幸せにしよう)』
翌朝、ついに出発の時がやってきた。
街の人々が総出で見送ってくれている。
昨夜のアルバムを大切に抱えながら、俺は新しい冒険に向かった。
ダンジョン街での営業は終わったが、栄養キッチンカーとしての使命はまだ続く。
今度は魔族の人々に、美味しくて栄養のある食事を届けるために。