第46話「人間と魔族の和平会談は食事会で」
異世界キッチンカー生活、気持ち46日目の午後。
魔族領への出発を前に、重要な会談が予定されていた。
正式な人間と魔族の和平条約を締結するための、歴史的な会談だ。
『でも、固い会議室で堅苦しい交渉をするのは...』
俺は別のアイデアを思いついていた。
「栄養キッチンカー君、何か考えがあるようだな」
魔王ザルガディンが俺の表情を読み取った。
『実は、提案があります』
『和平会談を、食事会形式で行うのはいかがでしょうか?』
「食事会?」
レオンギルドマスターが首をかしげる。
「確かに斬新だが...重要な条約交渉を食事をしながら?」
『だからこそです』
俺は熱心に説明した。
『食事を一緒にすることで、お互いの緊張がほぐれます』
『それに、同じものを食べることで連帯感も生まれます』
市長が興味深そうに頷く。
「面白いアイデアですね」
「確かに、食事は人の心を開く効果がありますから」
魔王も賛成してくれた。
「私も賛成だ」
「堅苦しい会議より、リラックスした雰囲気の方が本音で話せる」
『ありがとうございます!』
俺は嬉しくなった。
『では、特別な和平記念ディナーを準備させていただきます』
午後6時、街の中央広場に特設会場が設営された。
大きな円卓を囲んで、人間と魔族の代表者が着席している。
人間側:レオンギルドマスター、市長、バジル博士、そして俺の仲間たち
魔族側:魔王ザルガディン、リリス、グロム、年配の魔族など
『皆様、本日は歴史的な和平記念ディナーにお集まりいただき、ありがとうございます』
俺が司会を務めることになった。
『今夜のメニューは、人間と魔族の食文化を融合させた特別なコースです』
まず最初に出したのは、前菜の盛り合わせだった。
『こちらは「友好の前菜プレート」です』
プレートには、人間の伝統的なチーズとパン、魔族の好む山菜の漬物、そして両文化に共通するナッツとドライフルーツが美しく盛り付けられている。
「おお、これは美しい」
魔王が感心する。
「人間の食文化と我々の食文化が一つの皿に」
『はい。違いを認め合いながら、調和を目指しました』
みんなが同時に箸を取り、食事を始めた。
「人間のチーズ、初めて食べます」
リリスが恐る恐る口に運ぶ。
「あ、美味しい!クリーミーで優しい味」
「魔族の山菜漬物も初めてだ」
市長が興味深そうに食べている。
「独特の風味があって、とても美味い」
『お互いの文化を理解する第一歩ですね』
俺は嬉しそうに見守った。
続いて出したのは、スープだった。
『「調和のコンソメスープ」です』
『人間のコンソメ技法に、魔族の薬草を加えました』
スープを飲んだ瞬間、会場に感嘆の声が響いた。
「なんという深い味わい...」
「体の芯から温まる」
「薬草の効果で、疲れが取れていく感じがする」
グロムが感動している。
「人間の皆さんの技術と、我々の薬草が組み合わさると、こんなに素晴らしいものになるんですね」
バジル博士も興奮している。
「これは素晴らしい!薬草の効能とコンソメの栄養価が相乗効果を」
『そうなんです。お互いの長所を活かし合えば、より良いものが生まれます』
食事が進むにつれて、会場の雰囲気がどんどん和やかになってきた。
メインディッシュは、『平和の象徴ロースト』だった。
『こちらは人間領土の牛肉を、魔族の香辛料で調理しました』
『そして付け合わせには、両領土の野菜を使っています』
一口食べた魔王が目を見開いた。
「これは...我々の香辛料がこんなに肉の味を引き立てるとは」
「人間の調理技術も見事だ」
レオンも感心している。
「魔族の香辛料は深みがある」
「我々の料理にも取り入れたいくらいだ」
『実は、それが今夜の提案の一つでもあります』
俺は会談の本題に入った。
『食文化の交流を通じて、両種族の絆を深めていけたらと』
「素晴らしいアイデアだ」
市長が賛成する。
「定期的な食文化交流祭なんてどうでしょう?」
魔王も乗り気だった。
「それは良い!年に数回、お互いの領土で食の祭典を開催する」
『そうですね。食を通じて、平和な関係を維持していきましょう』
デザートには、『希望のフルーツタルト』を用意した。
『人間領土のフルーツと、魔族領土のハチミツを使った特別なタルトです』
甘いデザートを食べながら、みんなの表情が自然と緩んでいく。
「甘いものを食べると、心も穏やかになりますね」
エリーが微笑む。
「魔族の皆さんも、甘いものがお好きなんですね」
「ええ、子供たちは特に甘いものが大好きです」
リリスが答える。
「故郷でも、お祭りの時には甘いお菓子を作るんです」
「へえ、どんなお菓子ですか?」
ミラが興味深そうに尋ねる。
「魔法の実を使った、光るゼリーなんです」
「まあ、光るゼリー!見てみたいです!」
こうして、自然な会話が弾んでいく。
食事の終盤、俺は正式な提案を行った。
『皆様、今夜の食事会はいかがでしたか?』
「素晴らしかった」
「最高の夜だった」
全員が満足の表情だった。
『それでは、この温かい雰囲気の中で、正式な和平条約について話し合いましょう』
俺は条約書を取り出した。
『【人間・魔族友好条約】』
『第1条:相互不可侵の誓い』
『第2条:食糧・技術支援の相互協力』
『第3条:文化交流の定期開催』
『第4条:緊急時の相互支援』
『第5条:次世代への平和教育』
「どの条項も、今夜の食事会で実感できましたね」
レオンが感動している。
「特に文化交流の重要性を痛感しました」
魔王も深く頷く。
「食事を共にすることで、こんなにも理解し合えるとは」
「この条約に、魔族代表として署名いたします」
ペンを取った魔王が、力強く署名する。
続いて、人間側の代表者たちも次々と署名していく。
『これで、正式に平和条約が締結されました』
俺が宣言すると、会場に大きな拍手が響いた。
「万歳!」
「平和万歳!」
「栄養キッチンカー万歳!」
その時、年配の魔族が立ち上がった。
「皆様、私からも一言」
「今夜、私は人生で最も美味しい食事をいただきました」
「しかし、何より美味しかったのは、平和の味でした」
会場がしんと静まった。
「これからは、憎しみではなく友情を」
「戦いではなく協力を」
「そして何より、一緒に美味しい食事を楽しめる関係を築いていきましょう」
大きな拍手が再び響く。
俺も感動で胸がいっぱいになった。
『皆様、今夜は本当にありがとうございました』
『食事の力で、こんなにも心が通じ合えるなんて』
魔王が俺の手を握った。
「栄養キッチンカー君、君のおかげで真の平和が実現した」
「君は料理人の枠を超えた、平和の使者だ」
『ありがとうございます』
『でも、平和は一人では作れません』
『今夜、みんなで一緒に作り上げたんです』
夜も更けて、食事会はお開きとなった。
人間も魔族も、名残惜しそうに別れを告げている。
「また近いうちに、こんな食事会をしましょう」
「今度は魔族の料理もご馳走しますよ」
「楽しみにしています」
俺は会場の片付けをしながら、今夜のことを振り返っていた。
『(食事の力って、本当にすごいな)』
『(同じテーブルで同じ食事を分け合うだけで、こんなにも心が通じ合う)』
ミラが手伝いにやってきた。
「栄養キッチンカーさん、今夜は最高でした」
「食事会形式の和平会談なんて、誰も思いつかないアイデアです」
『みんなが笑顔になってくれて、俺も嬉しいよ』
「明日からはいよいよ魔族領に向かいますね」
『うん。でも今夜のことがあったから、きっとうまくいく』
俺は確信していた。
食の絆で結ばれた人間と魔族。
この絆があれば、どんな困難も乗り越えられる。
明日から始まる魔族領改良プロジェクトも、必ず成功させてみせる。