第44話「戦争の根本原因は食糧問題だった」
異世界キッチンカー生活、気持ち44日目の夕方。
魔族領からの使者が到着したとの報告を受け、俺は急いで緊急栄養補給セットを準備した。
『アルフレッド、消化の良いおかゆを大量に』
『エリー、点滴用の栄養ドリンクを』
『ガルド、担架の準備を頼む』
「はい、師匠!」
「わかりました!」
「任せろ!」
街の入り口で待っていたのは、やせ細った魔族の使者だった。
30代くらいの女性で、翼はあるものの飛ぶ力もないほど衰弱している。
「ハア...ハア...魔王様は...ご無事でしょうか...」
息も絶え絶えの状態だった。
『大丈夫です!まずは栄養補給を』
俺は即座に緊急用栄養ドリンクを差し出した。
『ゆっくり飲んでください』
「ありがとう...ございます...」
使者が震える手でドリンクを受け取る。
一口飲んだ瞬間、その表情が少し和らいだ。
「あ...体に力が...」
『良かった。でもまだ無理は禁物です』
俺は使者を安全な場所に運び、詳しい話を聞くことにした。
魔王ザルガディンも心配そうに駆けつけてきた。
「リリス!よく来てくれた」
「魔王様...!ご無事でしたか」
リリスと呼ばれた使者が安堵の表情を浮かべる。
「故郷では、魔王様に何かあったのではと...」
「すまない、心配をかけた」
魔王が申し訳なさそうに謝る。
「それより、故郷の様子はどうだ?」
「それが...」
リリスの表情が暗くなった。
「一刻も早く報告しなければならないことが...」
『落ち着いて、少しずつで大丈夫です』
俺は優しく声をかけた。
『まずは体力を回復してから』
俺は特製の回復食を作った。栄養価が高く、消化に負担をかけない特別なメニューだ。
リリスが食事を摂りながら、故郷の状況を報告してくれた。
「魔王様がいらっしゃらない間に...状況がさらに悪化しました」
「どのように?」
「子供たちが...また10名ほど...」
リリスの声が震える。
「栄養失調で...天に召されました」
魔王の顔が青ざめた。
「なんと...また子供たちが...」
『(やはり一刻の猶予もない状況なんだ)』
「それだけではありません」
リリスが続ける。
「農地の状況も深刻です」
「最後の希望だった東の畑も、完全に枯れました」
「何を植えても、芽が出た瞬間に枯れてしまうんです」
バジル博士が興味深そうに尋ねる。
「芽が出た瞬間に枯れる...?それは興味深いのう」
「もしかすると、土壌の毒性が原因かもしれん」
『毒性?』
「そうじゃ。栄養不足だけでなく、土壌に有害物質が蓄積している可能性がある」
魔王が眉をひそめる。
「有害物質とは?」
「リリス、詳しく教えてくれ。いつ頃から作物が育たなくなったのだ?」
「5年前の春からです」
リリスが思い出すように語る。
「最初は収穫量が減っただけでした」
「でも年々ひどくなって...」
「3年前からは、何を植えても全く育たなくなったんです」
『5年前に何か特別なことはありませんでしたか?』
俺が尋ねると、リリスがハッとした表情になった。
「そういえば...5年前の春に大きな地震がありました」
「地震?」
「はい。魔族領全体を揺るがす大地震で...」
「その後から、井戸水の味が変わったという話もありました」
バジル博士が膝を打った。
「それじゃ!地震で地下の鉱脈が変化したんじゃ!」
「有害な鉱物が地下水に溶け出している可能性がある」
『それが原因で土壌が汚染されて...』
「そうじゃ!栄養不足ではなく、土壌汚染が根本原因かもしれん」
魔王が驚く。
「では、どうすれば...」
『大丈夫です』
俺は自信を持って答えた。
『土壌汚染でも解決方法はあります』
『まずは汚染物質の特定、そして除去と浄化です』
リリスが希望の光を見出したような表情になった。
「本当に...故郷を救えるんですか?」
『必ず救います』
俺は力強く宣言した。
『でも、まずは緊急支援が必要ですね』
「緊急支援?」
『故郷で苦しんでいる人たちに、今すぐ栄養補給を届けなければ』
魔王が心配そうに言う。
「しかし、魔族領まではかなり距離がある」
「君のキッチンカーで行くには...」
『いえ、向こうから来てもらいます』
俺は新しいプランを提示した。
『移動可能な人たちだけでも、一時的にこちらに避難してもらう』
『そして土壌改良が完了したら、順次帰還していただく』
「避難...それは良い案だ」
レオンギルドマスターが賛成する。
「この街でも受け入れ体制を整えよう」
市長も協力を申し出た。
「市として全面的に支援します」
「空き家もたくさんあるし、食糧も何とかなります」
『ありがとうございます』
俺は感謝した。
『では、具体的な計画を立てましょう』
俺はホワイトボードに計画を書き出した。
『【魔族救済プロジェクト】』
『第1段階:緊急避難(1週間以内)』
『・重症者と子供を優先的に避難』
『・避難者への栄養補給と医療ケア』
『第2段階:土壌調査と浄化(1ヶ月)』
『・汚染物質の特定と除去方法の確立』
『・浄化剤の大量生産』
『第3段階:本格的土壌改良(3ヶ月)』
『・汚染された土壌の浄化』
『・栄養豊富な土壌への改良』
『第4段階:帰還と農業再開(6ヶ月後)』
『・避難者の段階的帰還』
『・持続可能な農業システムの構築』
魔王が感動している。
「なんという...完璧な計画だ」
「君ほど頼もしい味方はいない」
『みんなで協力すれば必ず成功します』
リリスが涙を流している。
「本当に...本当にありがとうございます」
「希望を失いかけていました」
「でも、これで故郷を救えるんですね」
『はい。でも一人では無理です』
俺はみんなを見回した。
『人間も魔族も関係なく、みんなで力を合わせましょう』
その時、アルフレッドが提案した。
「師匠、私も魔族領に同行させてください」
「現地での料理指導をお手伝いしたいです」
『アルフレッド...』
「僕も行く!」
ガルドも手を挙げる。
「力仕事なら任せろ」
「私も同行しますわ」
エリーも決意を示す。
「回復魔法で少しでもお役に立ちたいです」
「私も!」
ミラも志願した。
「みんなを守るために戦います」
魔王が深く頭を下げた。
「ありがとう...人間の皆さん」
「魔族への偏見を持たず、ここまで協力してくださるとは」
『偏見なんてありません』
俺は笑顔で答えた。
『困っている人を助けるのは当たり前です』
『それに、食べ物に困ったことがある人の気持ちは、痛いほどわかりますから』
夜になって、具体的な救済計画が完成した。
明日の朝一番で、リリスが故郷に戻り、避難の準備を始める。
俺たちも、大規模な栄養補給作戦の準備に取りかかった。
『(これまでで最大の挑戦だ)』
『(でも、絶対に成功させてみせる)』
俺は決意を新たにした。
料理人として、栄養学者として、そして一人の人間として。
種族を超えた本当の平和を実現するために。