第43話「魔王様の悩みは配下の健康管理でした」
異世界キッチンカー生活、気持ち43日目の午後。
魔王ザルガディンとの歴史的な協力関係が結ばれた後、俺たちは詳しい話し合いの場を設けた。
街の市庁舎の大会議室には、人間側からレオンギルドマスター、市長、バジル博士、そして俺。魔族側からは魔王ザルガディンと側近たちが参加している。
『改めて、魔王様の領土の状況を詳しく教えていただけますか?』
俺が切り出すと、魔王の表情が暗くなった。
「そうだな...まずは現状を正直に話そう」
魔王が深いため息をついた。
「実は私の最大の悩みは、配下の健康管理なのだ」
『健康管理...ですか?』
「そう。魔族領全体で、深刻な栄養失調が蔓延している」
魔王が重々しく説明を始めた。
「5年前から作物が育たなくなって以来、国民の健康状態は悪化の一途を辿っている」
側近の一人が資料を広げる。
「これが現在の魔族領の健康データです」
そこには衝撃的な数字が並んでいた。
「栄養失調患者:人口の78%」
「重度栄養失調:人口の23%」
「栄養失調による死者:過去1年で約3万人」
『3万人...!』
俺は愕然とした。
「特に深刻なのは子供たちだ」
魔王の声が震える。
「15歳以下の子供の89%が栄養失調状態にある」
「このままでは、魔族という種族そのものが絶滅してしまう」
『そんなひどい状況だったなんて...』
「私は魔王として、国民を守る責任がある」
「だが、魔法でも武力でも、この問題は解決できない」
魔王が拳を握りしめた。
「食べ物がないのだ。どうしようもない」
バジル博士が資料を見ながら分析する。
「これほどまでに深刻とは...しかし原因が土壌の栄養不足なら、必ず解決できるはずじゃ」
『魔王様、具体的にはどんな症状が多いのですか?』
「まず、全身の脱力感と慢性疲労」
魔王が詳しく説明する。
「免疫力低下による感染症の多発」
「子供たちの発育不良、成人の筋力低下」
「そして...精神的な無気力状態」
『精神的な無気力...』
「そうだ。希望を失った国民が増えている」
「『どうせ死ぬなら』と投げやりになる者も多い」
俺は胸が痛くなった。
『(これは想像以上に深刻だ...)』
魔王が続ける。
「私自身も、最近は判断力の低下を感じている」
「適切な栄養が摂れていないからだろう」
「だからこそ、この戦争という愚かな判断をしてしまった」
『戦争の原因も...』
「そうだ。完全に食糧不足が原因だった」
魔王が苦しそうに告白する。
「最初は外交で解決しようとした」
「人間の領土との食糧取引を申し入れたのだ」
『それがなぜ戦争に?』
「交渉はうまくいかなかった」
側近が補足する。
「人間側の一部商人が法外な値段を要求したのです」
「魔族の全財産を渡しても、1ヶ月分の食糧にもならない金額でした」
『そんな...』
「それでも魔王様は平和的解決を模索されました」
「しかし、国民の餓死者が日に日に増えていく」
「ついに軍部が『武力で奪うしかない』と主張し始めたのです」
魔王が頭を抱える。
「私も追い詰められていた」
「栄養失調で判断力が鈍っていたのもある」
「『国民を救うためなら』と戦争を承認してしまった」
『魔王様...』
「本当は、人間を憎んでいるわけではない」
「ただ、配下を...国民を救いたかっただけなのだ」
俺は魔王の苦悩を理解した。
『わかります。指導者として、とても辛い立場でしたね』
「君にはわかってもらえるのか」
「他の人間たちは『魔王は悪』だと決めつけるが...」
『そんなことはありません』
俺ははっきりと言った。
『家族や仲間を守ろうとする気持ちは、種族に関係なく同じです』
レオンギルドマスターも理解を示した。
「確かに、我々人間も同じ状況なら同じ判断をしたかもしれない」
「魔王殿の苦渋の決断だったのですね」
市長も頷く。
「食糧問題がここまで深刻だったとは...我々も反省すべき点があります」
魔王が感謝の表情を浮かべた。
「ありがとう...理解してもらえて嬉しい」
『では、具体的な解決策を考えましょう』
俺は前向きに提案した。
『まずは緊急の栄養補給から始めて、並行して土壌改良を進める』
「本当にそんなことが可能なのか?」
『はい。段階的に進めれば必ず成功します』
バジル博士が興奮して説明し始める。
「魔族領の土壌サンプルを分析した結果、主要栄養素が極端に不足しておる」
「窒素、リン、カリウム、そして微量元素も枯渇状態じゃ」
「しかし、適切な改良を行えば必ず復活する」
『具体的には、堆肥と栄養剤を組み合わせた改良法を提案します』
俺が詳しく説明する。
『人間領土で余っている有機廃棄物を堆肥化し、魔族領の土壌に混ぜ込む』
『同時に、不足している栄養素を補完する』
「それにはどのくらいの期間が?」
『緊急の栄養補給なら1週間以内に効果が出ます』
『土壌改良は3ヶ月で基礎ができ、半年で作物栽培が可能になります』
魔王の目が輝いた。
「本当か!半年で作物が!」
『はい。そして1年後には完全に自給自足できるようになります』
側近たちも興奮している。
「これは希望の光ですね!」
「魔王様、これで国民を救えます!」
しかし魔王が心配そうに尋ねる。
「だが、これほどの支援を受けて、我々は何をお返しできるだろうか?」
『お返しなんて必要ありません』
俺は笑顔で答えた。
『困っている人を助けるのは当然のことです』
『それに、魔族の皆さんには別の形で協力してもらいたいことがあります』
「どんなことだ?」
『魔族の伝統的な保存技術や、魔法を使った農業技術を教えてください』
『人間も学ぶことがたくさんあると思います』
魔王が感動した表情になった。
「なんという...互恵的な関係を提案してくれるのか」
「君は本当に特別な人だな」
『特別なんかじゃありません』
俺は謙遜した。
『ただの料理人です。みんなが美味しいものを食べて、健康でいてくれれば幸せです』
その時、魔王が突然立ち上がった。
「決めた!」
「栄養キッチンカー君、君を魔族の『栄養顧問』に任命したい」
『栄養顧問?』
「そうだ。正式に魔族領の健康管理を任せたい」
「もちろん報酬も用意する」
『報酬は結構です』
俺は手を振った。
『でも、栄養顧問として魔族の皆さんの健康をお預かりするのは光栄です』
会議室に大きな拍手が響いた。
「素晴らしい!」
「これで魔族は救われる!」
「栄養キッチンカー様万歳!」
魔王が俺の手を握った。
「本当にありがとう」
「君のおかげで、ようやく希望が見えてきた」
『こちらこそ、信頼していただいてありがとうございます』
その時、エリーが魔法で連絡を受けた。
「栄養キッチンカーさん、緊急事態ですわ!」
『どうしました?』
「魔族領から使者が!」
「『魔王様の安否を確認に来た』と言っています」
「でも、その使者の方も栄養失調でふらふらなんです!」
『大変だ!』
俺は急いで栄養補給の準備を始めた。
『魔王様、今すぐ緊急栄養補給作戦を開始しましょう』
「頼む!」
こうして、魔族救済の本格的なプロジェクトが始まった。
戦争から生まれた真の平和への第一歩だった。