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第42話「魔王様が直々に味見にいらっしゃいました」


 異世界キッチンカー生活、気持ち42日目の朝。


 魔王到来の日がついにやってきた。


 街全体が緊張に包まれている中、俺は平常心で朝食の準備をしていた。


『(今日こそ、本当の解決の日だ)』


 昨夜から魔族兵士たちと話し合い、魔王の人柄についてある程度聞いていた。


「魔王様は本当は優しい方なんです」


「国民思いで、いつも皆のことを第一に考えてくださる」


「ただ、責任感が強すぎて...」


『(なるほど、思っていたような悪役じゃなさそうだな)』


 午前10時頃、遠くから重厚な太鼓の音が響いてきた。


 ドンドンドン...ドンドンドン...


 でも昨日までとは明らかに違う。威圧的ではなく、どこか品のある響きだった。


『(あれが魔王様の軍勢か)』


 やがて街の入り口に、壮麗な黒い馬車が現れた。


 6頭の黒馬に引かれた豪華な馬車で、金の装飾が施されている。


 護衛の魔族兵士たちも、昨日までの兵士たちとは格が違う。整然とした隊列で、規律正しく行進している。


『(さすが魔王直属部隊...品格が違う)』


 馬車が街の中央広場で停止した。


 緊張した空気の中、馬車のドアがゆっくりと開かれる。


 そして現れたのは...


「あれ?思ったより普通だな」


 ガルドが拍子抜けしたように呟いた。


 確かに、魔王の見た目は意外なほど常識的だった。


 身長は180cm程度、がっしりとした体格だが威圧的ではない。立派な角と翼はあるものの、どこか知的で穏やかな雰囲気を漂わせている。


 年齢は40代後半といったところか。顔立ちは端正で、深い紫色の瞳には知性と優しさが宿っている。


「うむ...」


 魔王が周囲を見回した時、昨夜の食事会の名残りに気づいた。


 人間と魔族が一緒に片付けをしている光景、和やかに談笑している様子。


「これは...どういうことだ?」


 魔王が護衛に尋ねる。


「はっ!報告いたします!」


 護衛が説明を始めた。


「昨夜、人間と我が軍の兵士たちが共に食事をしていたとのことです」


「何?共に食事?」


 魔王が驚く。


「はい。『栄養キッチンカー』なる者が、我が軍の兵士たちに食事を提供したそうです」


「栄養キッチンカー...?」


 魔王の視線が俺に向けられた。


『あ、見つかった』


 俺は覚悟を決めて、魔王に向かって頭を下げた。


『魔王様、初めまして。栄養キッチンカーと申します』


「ほう...君があの噂の」


 魔王が興味深そうに俺を見つめる。


「兵士たちから聞いている。戦場で敵味方関係なく食事を配ったとか」


『はい。お腹を空かせた人を見過ごすことはできませんでしたので』


「面白い...」


 魔王が微笑んだ。


「では、その噂の料理というものを味わってみたい」


『え?』


「私も朝から何も食べていない。腹が減っているのだ」


 魔王が自然に俺に近づいてくる。


「メニューを見せてもらえるかな?」


『あ、はい!』


 俺は慌ててメニュー看板を表示した。


『本日のおすすめ:』

『・魔王様特別御膳(栄養バランス完璧)』

『・疲労回復定食(長旅にお疲れの方に)』

『・ストレス解消スープセット(責任者の方におすすめ)』


「ほう、ストレス解消とは興味深い」


 魔王が目を輝かせる。


「最近、確かにストレスが溜まっていてな」


『では、ストレス解消スープセットをお作りしましょう』


『少々お待ちください』


 俺は急いで調理を開始した。


 魔王様向けの特別メニュー。ストレス軽減効果のあるビタミンB群とマグネシウム豊富な食材を使用。


 メインはハーブチキンのグリル、副菜はほうれん草とナッツのサラダ、そして特製リラックススープ。


 調理中、魔王は周囲の様子を興味深く観察していた。


「なるほど...人間と魔族が普通に会話している」


「これは確かに珍しい光景だ」


 昨夜から仲良くなった人間と魔族が、一緒に魔王を見守っている。


「魔王様、この方は本当に良い人なんです」


 魔族兵士のグロムが証言する。


「私たちの命を救ってくださいました」


「人間の皆さんも、分け隔てなく親切にしてくださって...」


 年配の魔族兵士も続ける。


「魔王様、もしかしたら戦争以外の解決策があるかもしれません」


「この方なら、我々の故郷を救うことができるかも...」


「そうなのか...」


 魔王が思案顔になる。


 その時、ミラたちが魔王に挨拶にやってきた。


「魔王様、はじめまして。ミラです」


「私はガルド。よろしくお願いします」


「エリーと申しますわ」


 魔王が驚く。


「君たちは恐れないのか?私は魔王だぞ」


「最初はびっくりしましたけど...」


 ミラが正直に答える。


「でも、魔族の皆さんと仲良くなったら、魔王様も同じような方なんだなって」


「栄養キッチンカーさんが言ってました。『お腹が空けばみんな同じ』って」


「なるほど...面白い理論だ」


 魔王が感心している。


『お待たせしました!』


 俺は特製ストレス解消スープセットを魔王に差し出した。


『心を込めてお作りしました』


「おお、良い香りだ」


 魔王が料理を受け取る。


「見た目も美しい。これがあの噂の栄養料理か」


『はい。ストレス軽減と栄養補給を両立させた特別メニューです』


 魔王が一口食べた瞬間、その表情が一変した。


「!!!」


 目を見開いて、しばらく無言で咀嚼している。


 そして...


「美味い...」


 魔王の声が震えていた。


「なんという味だ...体の奥から力が湧いてくる」


 魔王が夢中になって食べ始める。


「このスープ...確かにストレスが和らぐ」


「長年の心労が軽くなっていく感じがする」


『ありがとうございます』


 俺は嬉しくなった。


『魔王様にも喜んでいただけて光栄です』


「君は...本物の料理人だな」


 魔王が感動した顔で俺を見る。


「これほどの料理を、敵である私にも提供してくれるとは」


『敵ではありません』


 俺ははっきりと言った。


『魔王様も、お腹を空かせた一人のお客様です』


「客...か」


 魔王が微笑む。


「久しぶりに、そう扱ってもらった気がする」


 魔王が食事を続けながら話し始めた。


「実は私も、この戦争には心を痛めていた」


「本当は戦いたくないのだ」


『やはり...』


「だが、国民が飢えで苦しんでいる」


「子供たちが次々と倒れていく様を見て...」


「魔王として、何かしなければと」


『魔王様の お気持ち、よくわかります』


 俺は真剣に聞いていた。


『でも、戦争以外にも解決策があるはずです』


「君にそれができるというのか?」


『はい。栄養学と土壌改良で、必ず魔族の領土を復活させます』


 魔王の目が希望の光を宿した。


「本当なのか?」


『バジル博士の分析によれば、土壌の栄養不足が原因です』


『適切な改良を行えば、必ず作物が育つようになります』


「それは...素晴らしい」


 魔王が立ち上がった。


「では、正式に協力を要請したい」


「私は魔王ダークロード・ザルガディン」


「魔族代表として、君との協力関係を結びたい」


『こちらこそ、よろしくお願いします!』


 俺も深々と頭を下げた。


 その時、周囲から大きな歓声が上がった。


「やったあ!」


「平和的解決だ!」


「戦争が終わる!」


 人間も魔族も一緒になって喜んでいる。


 魔王ザルガディンが大きな声で宣言した。


「魔族軍全軍に告ぐ!戦争は終了だ!」


「今後は人間との協力関係を築く!」


 魔族兵士たちが一斉に武器を下ろし、歓声を上げた。


「魔王様万歳!」


「栄養キッチンカー様万歳!」


 俺は感動で胸がいっぱいになった。


『(やった...本当に平和が実現した)』


 魔王が俺の肩に手を置いた。


「栄養キッチンカー君、君の料理は魔法以上の力を持っているな」


『ありがとうございます』


「では早速、故郷の土壌改良について相談したい」


「詳しい話を聞かせてもらえるかな?」


『もちろんです!』


 こうして、魔王との歴史的な協力関係が始まった。


 料理の力が、ついに戦争を完全に終わらせたのだった。


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