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第41話「敵も味方もない、ただの腹ペコさんです」


 異世界キッチンカー生活、気持ち41日目の夜。


 魔族兵士たちの栄養失調治療から数時間が経った。


 臨時医療テントでは、回復してきた魔族兵士たちが少しずつ起き上がり始めている。


『みなさん、調子はいかがですか?』


 俺は一人一人の様子を確認して回った。


「ありがとうございます...こんなに元気になったのは久しぶりです」


「人間の方がこんなに親切にしてくださるなんて...」


 魔族兵士たちの目には、困惑と感謝の色が混じっている。


『当たり前のことをしただけです』


 俺は優しく微笑んだ。


『お腹が空いた人には食事を、体調の悪い人には栄養を』


『それに種族は関係ありませんから』


 その時、年若い魔族兵士が恐る恐る手を挙げた。


「あの...本当にお聞きしたいことが...」


『何でも聞いてください』


「なぜ...なぜ敵である私たちを助けてくださるんですか?」


 テント内の魔族兵士たちが一斉に俺を見つめる。


『敵?』


 俺は首をかしげた。


『俺にとって、あなたたちは敵じゃありません』


『ただの腹ペコさんです』


「腹ペコ...さん?」


 魔族兵士たちがきょとんとする。


『そうです。お腹を空かせて、栄養が足りなくて、困っている人たち』


『俺は料理人として、そういう人を見過ごすことはできません』


 俺は車体から温かいスープを取り出した。


『はい、夜食です。まだ完全に回復していませんから、消化の良いものを』


「夜食まで...」


 魔族兵士が涙ぐんでいる。


「戦争前から、こんな温かい食事は...」


 その時、角の生えた大柄な魔族兵士が俺を睨みつけた。


「待て。俺たちを油断させる作戦じゃないのか?」


「情に訴えて戦意を削ぐつもりだろう」


『(疑われるのも仕方ないかな)』


 俺は理解を示した。


『疑うのは当然です。でも俺には作戦も何もありません』


『ただ純粋に、みなさんに元気になってもらいたいだけです』


「だからって信じろと?」


『信じなくても構いません』


 俺は笑顔で答えた。


『でも、お腹は空くでしょう?』


『空腹は敵味方関係ありませんからね』


 俺は大柄な魔族にも温かいスープを差し出した。


『どうぞ。疑いながらでも、栄養補給は大切です』


「...」


 魔族兵士が戸惑っている。


 その時、隣にいた年配の魔族兵士が口を開いた。


「グロム、この人は本物だ」


「本物?」


「私は長年生きてきたが、こんな純粋な善意を見たのは初めてだ」


「作戦でここまでできるわけがない」


 年配魔族が俺に深々と頭を下げる。


「栄養キッチンカー様、心から感謝いたします」


『様なんて付けなくていいですよ』


 俺は慌てて手を振った。


『俺はただの料理人ですから』


「いえ、あなたは私たちの命の恩人です」


 年配魔族が真剣な顔で続ける。


「実は...私の息子も栄養失調で倒れているんです」


「故郷で、ずっと寝たきりで...」


『息子さんが?』


「はい。まだ10歳なんですが...」


 年配魔族の声が震える。


「最後に会った時は、もう骨と皮だけで...」


「もしかしたら、もう...」


『大丈夫です』


 俺は力強く言った。


『栄養失調は必ず治せます』


『適切な栄養補給を行えば、お子さんも元気になります』


「本当ですか!?」


『はい。俺が責任を持ちます』


 その言葉を聞いて、大柄な魔族グロムの表情が変わった。


「俺の娘も...同じ状況だ」


「5歳になるんだが、満足に立つことも...」


 グロムの目に涙が浮かんだ。


「頼む...娘を救ってくれ」


 グロムが俺の前に膝をついた。


「この通りだ。俺の命に代えても娘を...」


『立ってください』


 俺はグロムを支えて立たせた。


『命に代える必要はありません』


『みんなで協力すれば、必ず解決できます』


 その時、テントの外から声が聞こえた。


「栄養キッチンカーさん、夜食の準備できました!」


 ミラたちが大きな鍋を運んできた。


「みんなで作ったんです!」


 ガルドも野菜炒めを持っている。


「魔族のみなさんの分もたっぷり作ったぞ!」


 エリーも温かいパンを抱えている。


「栄養バランスを考えて、たくさん種類を用意しましたわ」


 アルフレッドも特製デザートを持参している。


「師匠の指導の下、心を込めて作りました」


『みんな...ありがとう』


 俺は仲間たちの優しさに胸が熱くなった。


「人間の皆さんが...私たちのために...」


 魔族兵士たちが感動している。


『さあ、みんなで一緒に食べましょう』


 俺は大きな声で宣言した。


『今夜は敵も味方もありません』


『みんな同じ、お腹を空かせた仲間です』


 テント内に長いテーブルが設置され、人間と魔族が向かい合って座った。


 最初はお互い遠慮がちだったが、料理の美味しい匂いがその壁を溶かしていく。


「いただきます」


「いただきます」


 人間と魔族が一緒に手を合わせる。


 初めの一口を食べた瞬間、魔族兵士たちの顔が輝いた。


「美味しい...!」


「こんな味、初めて...!」


「野菜がこんなに甘いなんて...!」


 グロムが豪快に野菜炒めを頬張っている。


「うまい!野菜がこんなにうまいとは知らなかった!」


「故郷では野菜なんて育たないからな」


 ガルドが嬉しそうに説明する。


「この人参、甘いだろ?栄養キッチンカーが教えてくれた育て方なんだ」


「へえ!作り方を教えてくれよ」


「もちろんだ!今度一緒に畑仕事しようぜ」


 年配の魔族も涙を流しながら食べている。


「息子にも...息子にもこんな美味しい食事を...」


 ミラが優しく声をかける。


「大丈夫ですよ。栄養キッチンカーさんなら必ず息子さんを助けてくれます」


「私も最初、栄養失調で倒れそうでしたから」


『そうです。適切な栄養補給で、お子さんたちも必ず元気になります』


 俺は魔族兵士たちに約束した。


『故郷の土壌改良も含めて、根本的に解決しましょう』


 若い魔族兵士が興味深そうに尋ねる。


「土壌改良って、どんなことをするんですか?」


『簡単に言うと、土に栄養を与えるんです』


 俺は分かりやすく説明した。


『人間の体と同じで、土も栄養が足りないと作物が育ちません』


『でも適切な栄養を与えれば、必ず豊かな土地に戻ります』


「本当に可能なんですか?」


『はい。実は人間の領土でも、同じような問題はあるんです』


『でもみんなで協力すれば、必ず解決できます』


 エリーが魔法で温かい飲み物を作ってくれた。


「これは消化を助ける魔法茶ですわ」


「魔族の方でも飲めるように調整しました」


「ありがとうございます...人間の魔法使いの方に親切にしていただくなんて...」


 魔族の若い兵士が感動している。


「魔法って、人を傷つけるためだけのものじゃないんですね」


『そうです。魔法も料理も、人を幸せにするためにあるんです』


 食事が進むにつれて、人間と魔族の間の壁がどんどん低くなっていく。


「あなたの故郷はどんなところですか?」


「山間部で、昔は緑豊かなところでした」


「それが5年前から...」


「同じような経験、僕の村でもありました」


「でも栄養キッチンカーさんのおかげで復活したんです」


 希望に満ちた会話が続く。


 食事が終わる頃、魔族兵士の一人が立ち上がった。


「栄養キッチンカー様、そして人間の皆様」


「今日、私たちは大切なことを学びました」


「敵も味方もない、みんな同じ生き物なんだということを」


 他の魔族兵士たちも立ち上がって深々と頭を下げる。


「ありがとうございました」


「私たちは一生、この恩を忘れません」


『こちらこそ、ありがとうございました』


 俺も頭を下げた。


『みなさんと食事を共にできて、とても幸せでした』


 グロムが俺の手を握った。


「明日、魔王様がいらっしゃる」


「その時は...頼む、魔王様にも同じように接してくれ」


「魔王様も、本当は優しい方なんだ」


『わかりました。必ず魔王様とも話し合いましょう』


 年配の魔族が感慨深げに言った。


「今夜の食事会は、歴史に残るでしょうね」


「人間と魔族が初めて心を通わせた夜として」


『歴史になんて残らなくていいです』


 俺は笑顔で答えた。


『ただ、こんな風にみんなで食事できる日が続けばいいなと思います』


 夜も更けて、みんなが休息に入った。


 でも俺は眠れずに、明日の魔王との対面について考えていた。


『(魔王様も、きっとみんなと同じ気持ちなんだろうな)』


『(国民を救いたい一心で、苦しい決断をしたんだ)』


『(だったら、俺の栄養学で必ず解決してみせる)』


 満天の星空の下、人間と魔族が平和に眠っている光景を見ながら、俺は決意を新たにした。


 明日こそ、本当の平和を実現してみせる。


 料理と栄養学の力で。


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