第40話「魔王軍の兵士も実は栄養失調だった」
異世界キッチンカー生活、気持ち40日目の朝。
戦場での奇跡的な食事会から一夜が明けた。
街の中央広場には、人間と魔族が一緒に野営している異様な光景が広がっている。
『(まさか本当に戦争が止まるなんて...)』
俺は朝食の準備をしながら、信じられない気持ちでいた。
でも遠くから聞こえてくる太鼓の音が、まだ危機が去っていないことを物語っている。
ドンドンドン...ドンドンドン...
『(魔王本人の軍勢がまだ来てないってことか)』
その時、レオンギルドマスターが血相を変えて駆けつけてきた。
「栄養キッチンカー君!大変だ!」
『どうしました?』
「昨夜投降した魔族兵士たちの様子がおかしい」
「数名が意識を失って倒れているんだ」
『え!?』
俺は急いでレオンについて行った。
臨時の医療テントには、ぐったりとした魔族兵士たちが横たわっている。
「うう...」
「苦しい...」
呻き声を上げる魔族たち。
エリーが回復魔法をかけているが、効果が薄い。
「おかしいですわ...外傷はないのに回復魔法が効きません」
『エリー、症状を詳しく教えて』
「意識朦朧、手足の震え、極度の脱力感...」
「それに皮膚が妙に青白いんです」
『(これは...まさか)』
俺は魔族兵士の一人に近づいて、詳しく観察した。
頬がこけ、爪が割れ、髪の毛も艶がない。
『(間違いない。これは重度の栄養失調だ)』
「すみません、最後にちゃんとした食事をしたのはいつですか?」
魔族兵士が弱々しく答える。
「ちゃんとした食事...?」
「そんなもの、もう何ヶ月も...」
『何ヶ月も!?』
「魔王様の領土では...食べ物が...」
兵士が途中で意識を失いそうになる。
『大変だ!これは緊急事態です!』
俺は急いで栄養補給用の点滴を作り始めた。
『アルフレッド!野菜スープを薄めに作って!』
『エリー!水分補給の準備を!』
『ガルド!他の魔族兵士たちの状態もチェックして!』
「はい、師匠!」
「わかりました!」
「任せろ!」
俺たちは急いで魔族兵士たちの治療を開始した。
まずは消化の良いおかゆから。
『ゆっくり食べてください。一気に食べると危険です』
「ありがとう...ございます...」
魔族兵士が涙を流しながらおかゆを食べる。
「こんな...優しくしてもらったの...初めてです...」
『なぜこんなに栄養失調になったんですか?』
「魔族の領土では...作物が育たないんです...」
別の魔族兵士が説明してくれた。
「土が痩せて、何を植えても枯れてしまう」
「魔王様も苦しんでいるんです」
「だから南の豊かな土地を求めて...」
『(そういうことだったのか...)』
俺は衝撃を受けた。
『戦争の原因は食糧不足だったんですね』
「はい...私たちも戦いたくなかった」
「でも、このままでは魔族全体が餓死してしまう」
「仕方なく戦争に...」
魔族兵士たちが次々と真実を語ってくれた。
「魔王様も本当は優しい方なんです」
「でも国民を救うために、心を鬼にして...」
「私たちも家族を養うために戦っているんです」
『(なんてことだ...魔族たちも被害者じゃないか)』
俺は急いで隊長のところに向かった。
昨夜号泣していた隊長は、まだ涙の跡が残る顔で座り込んでいた。
「隊長、詳しい話を聞かせてください」
「魔族の領土の状況を」
隊長が重い口を開いた。
「我々の故郷は...もはや死の大地と化している」
「5年前から作物が育たなくなった」
「原因は分からない。魔法の影響か、呪いか...」
『5年前から...』
「最初の2年は備蓄でなんとかしのいだ」
「でも3年目から餓死者が出始めた」
「子供たちから先に...」
隊長の声が震える。
「魔王様は必死に解決策を探した」
「魔法使いを総動員して原因を調べた」
「でも分からない...分からないんだ...」
『それで南下作戦を...』
「そうだ。豊かな人間の土地を奪えば、国民を救える」
「魔王様はそう判断された」
「私たちも...家族のために戦うしかなかった」
俺は胸が痛くなった。
『(人間も魔族も、みんな必死に生きようとしてるだけなんだ)』
その時、ミラが駆けつけてきた。
「栄養キッチンカーさん!大変です!」
「魔族の兵士たちが次々と倒れています!」
『(栄養失調がもっと深刻だったのか)』
俺は急いで大量の栄養補給食を作り始めた。
消化の良いおかゆ、野菜スープ、栄養ドリンク...
『みんな、手伝ってくれ!』
『一刻も早く栄養を補給しないと危険だ!』
人間の冒険者たちも進んで手伝ってくれた。
「敵だったけど、こんな状態じゃ放っておけない」
「同じ生き物として、助けなきゃ」
「栄養キッチンカーの言う通りだ」
街中が一丸となって魔族兵士たちの救護活動を行った。
『(これが本当の平和なのかもしれない)』
午後になって、魔族兵士たちの容体がようやく安定してきた。
「ありがとうございます...」
「命を救ってもらいました...」
「人間の皆さんがこんなに優しいなんて...」
魔族兵士たちが涙を流している。
その時、バジル博士が興奮して駆けつけてきた。
「栄養キッチンカー君!すごい発見じゃ!」
『博士、何かわかったんですか?』
「魔族の土壌サンプルを分析したんじゃが...」
「これは完全に栄養が枯渇しておる!」
「特に窒素、リン、カリウムが極端に不足じゃ!」
『それって...』
「そう!栄養学で解決できる問題なんじゃ!」
俺は目を見開いた。
『本当ですか!?』
「適切な土壌改良と栄養補給を行えば、必ず作物は育つ!」
「君の栄養学の知識があれば可能じゃ!」
『(そうか...俺の知識で魔族の食糧問題を解決できるかもしれない)』
隊長が驚いて立ち上がった。
「本当ですか!?故郷が救えるんですか!?」
『可能性はあります』
『でも、魔王様と直接話し合う必要があります』
「魔王様と...」
隊長が困った顔をする。
「でも魔王様は今、本隊を率いてこちらに向かっておられる」
「明日には到着する予定です」
『(明日か...)』
俺は決意を固めた。
『わかりました。魔王様と直接交渉しましょう』
『戦争ではなく、栄養学で解決する道を提案します』
「本当に...平和的解決が可能なんでしょうか」
隊長が不安そうに尋ねる。
『大丈夫です』
俺は自信を持って答えた。
『料理と栄養学には、人の心を変える力があります』
『きっと魔王様にも伝わります』
夕方、魔族兵士たちの容体は大幅に改善していた。
「すごい...こんなに元気になるなんて...」
「栄養の力ってすごいんですね」
「人間の皆さん、本当にありがとうございました」
魔族兵士たちが深々と頭を下げる。
人間の冒険者たちも暖かく応えた。
「気にするな、当たり前のことをしただけだ」
「困った時はお互い様だろ」
「今度は俺たちが魔族の領土復活を手伝う番だ」
『(みんな、本当に優しいな)』
俺は心が温かくなった。
夜になって、俺は明日の魔王との交渉に向けて準備を始めた。
『(魔王様に提案する土壌改良プラン...)』
『栄養豊富な土作りのレシピ...』
『持続可能な農業システム...』
アルフレッドが心配そうに声をかけてくる。
「師匠、本当に大丈夫ですか?」
「相手は魔王ですよ」
『大丈夫だ』
俺は微笑んだ。
『料理人として、全ての人に美味しい食事を提供したい』
『それが俺の夢だからな』
明日、ついに魔王との運命の対面が待っている。
果たして、栄養学の力で真の平和をもたらすことができるのだろうか...?