第4話「お嬢様魔法使いの偏食が深刻すぎる」
異世界キッチンカー生活、4日目の午後。
今日もガルドが昼食を食べに来てくれた。「筋肉強化食材」作戦が功を奏して、少しずつだが野菜も食べるようになってきている。
「おい、キッチンカー!今日の筋肉メニューは何だ?」
「昨日の夜はぐっすり眠れたぞ!やっぱり栄養バランスって大事なんだな!」
『(おお、ガルドさんも効果を実感してくれてる!)』
そんな俺の前に、優雅な足音が近づいてきた。振り返ると、まるでお姫様のような美しい少女が立っていた。
金色の巻き毛を丁寧にセットし、高級そうな魔法使いローブを身にまとっている。手には宝石で飾られた魔法杖を持ち、いかにも「お嬢様」という雰囲気だ。
「あら、こちらが噂の栄養キッチンカーですのね」
上品な口調で話しかけてくる。でも、よく見ると顔色が悪い。それに、なんだか魔力が不安定な感じがする。
「私、エリー・ライトヒールと申しますの。回復魔法を専門としておりますのよ」
『(エリーちゃんか。確かに美人だけど...なんか体調悪そうだな)』
「こちらで、体に良いお食事がいただけると伺いましたの」
『もちろんです!どのようなお食事をお望みでしょうか?』
「そうですわね...甘くておいしいものがよろしいですわ」
『(甘いもの?まあ、デザートも栄養バランスの一部だし...)』
『甘いものがお好みでしたら、栄養価の高いフルーツを使ったデザートはいかがでしょう?』
「まあ!フルーツですの!大好きですわ!」
エリーの目がキラキラと輝く。
「でも、できればケーキやクッキーのようなものはありませんの?」
『(ケーキやクッキー?まあ、たまにならいいけど...)』
『申し訳ございませんが、当店は栄養バランスを重視しておりまして...』
「あら、そうですの。では、普段はどのようなお食事をされているか、お聞かせいただけますか?」
これは俺が聞きたかった質問だ。
「普段のお食事ですの?」
エリーが少し恥ずかしそうに頬を染める。
「朝食はケーキとミルクティー、昼食はクッキーとココア、夕食はパフェとカフェラテですの」
『(...え?)』
俺は一瞬、耳を疑った。
「時々、チョコレートやキャンディーも食べますのよ」
『(ちょっと待て!それ全部スイーツじゃないか!)』
「野菜やお肉は?」
『(ガルドに続いて、今度は逆方向の偏食か...)』
「野菜?」
エリーが顔をしかめる。
「野菜なんて苦くて青臭くて、とても食べられませんわ!」
「お肉も生臭くて硬くて、お嬢様の口には合いませんの!」
『(うわあ...これはガルド以上に深刻かも)』
ガルドが興味深そうに話を聞いている。
「おい、エリー。俺と真逆だな。俺は甘いものが苦手だ」
「でも、野菜も肉も食わないって、何食って生きてるんだ?」
「失礼ですわね!スイーツは立派なお食事ですのよ!」
「ケーキには卵も小麦粉も入ってますし、ミルクティーには牛乳も入ってますわ!」
『(確かに栄養素は含まれてるけど...糖分過多すぎる!)』
俺は急いで栄養学の知識を整理した。
『(糖分の過剰摂取は血糖値の乱高下を引き起こす。それが魔力の不安定につながってる可能性が高い)』
『エリーさん、最近魔法の調子はいかがですか?』
「あら、よくご存知ですわね」
エリーがため息をつく。
「実は...最近魔力が不安定で、回復魔法がうまくかからないんですの」
「師匠からは『集中力が足りない』と叱られてばかりですわ」
『(やっぱりか)』
「それから、すぐに疲れてしまうし、イライラすることも多くて...」
『(典型的な血糖値スパイクの症状だ)』
『エリーさん、失礼ですが、魔法を使った後に強い眠気や脱力感はありませんか?』
「まあ!なぜそれを!?」
エリーが驚いた顔をする。
「確かに、魔法を使った後はとても疲れて、甘いものが無性に食べたくなりますの」
『(完全にスイーツ依存症だ)』
「そうそう、エリーはいつもケーキ食べてるよな」
「ダンジョンにもケーキ持参するし」
ガルドが呆れたように言う。
「当然ですわ!甘いものがないと力が出ませんもの!」
『(逆だ、逆!甘いものが魔力を不安定にしてるんだ!)』
俺は慎重に説明を始めた。
『エリーさん、糖分の過剰摂取は血糖値を急激に上下させます』
「血糖値?」
『血液中の糖分の濃度です。これが不安定になると、集中力の低下や疲労感、イライラの原因になります』
「まあ...それって...」
『さらに、魔力も血糖値と密接な関係があります。血糖値が不安定だと、魔力も安定しません』
エリーの顔が青くなった。
「では...私の魔力不安定は...」
『スイーツ中心の食生活が原因の可能性が高いです』
「そんな...でも、甘いものを食べないと力が出ませんの!」
『それは一時的なものです。本当に安定した魔力を得るには、バランスの良い食事が必要です』
エリーがショックを受けている。
「でも...野菜もお肉も嫌いですの...」
『(うーん、これは手強いな。ガルドとは違うアプローチが必要だ)』
俺は作戦を練った。
『(エリーちゃんはお嬢様だから、見た目の美しさにこだわりがありそう。それを利用しよう)』
『エリーさん、お肌の調子はいかがですか?』
「お肌?」
エリーが慌てて手鏡を取り出す。
「あら...確かに最近、お肌の調子が...」
『糖分の過剰摂取は肌荒れの原因にもなります。逆に、適切な栄養を摂れば、お肌はもっと美しくなります』
「美しく!?」
エリーの目が輝いた。
『はい。野菜に含まれるビタミンCはコラーゲンの生成を促進し、お肌をつやつやにします』
「まあ!野菜にそんな効果が!?」
『さらに、良質なタンパク質は髪の毛をサラサラにし、魔力の安定にも役立ちます』
「髪の毛もサラサラに...」
エリーが自分の金髪を触る。
『(よし、美容効果で攻めよう!)』
『そこで提案があります。『美魔女専用ビューティーセット』はいかがでしょう?』
「美魔女専用ビューティーセット!?」
「なんだそれ、すげー名前だな」
ガルドが笑う。
『野菜嫌いの方でも食べられるよう、特別に調理したメニューです』
「でも...やっぱり野菜は...」
『安心してください。見た目も味も、まるでスイーツのように仕上げます』
「スイーツのように!?」
『(よし、スイーツ風野菜料理だ!)』
俺は調理を開始した。
まずは人参。これを薄くスライスして、はちみつでソテー。見た目はオレンジ色の美しいチップスだ。
次にカボチャ。これをペースト状にして、カスタードクリーム風に仕上げる。
ブロッコリーは小さく切って、チーズソースでコーティング。緑の宝石のような見た目に。
最後に、鶏胸肉を細かく刻んで、クリームソースで和える。これをケーキのように盛り付ける。
『完成です!美魔女専用ビューティーセット!』
「まあ!美しい!まるで宝石箱のようですわ!」
エリーが感動している。
「これが野菜と肉?信じられませんわ!」
『まずは、この『美肌オレンジチップス』からお試しください』
「美肌オレンジチップス...」
エリーが恐る恐る人参チップスを口に運ぶ。
「あら!甘くておいしい!これが人参ですの!?」
『はちみつの自然な甘さで、人参本来の甘みを引き出しました』
「続いて、『魔力安定カスタード』をどうぞ」
「まあ、本当にカスタードのようですわ!」
カボチャペーストを食べたエリーの目が見開かれる。
「甘くてクリーミー!これがカボチャなんて信じられませんわ!」
『最後に『美髪プロテインケーキ』です』
「これがお肉...?」
鶏肉のクリーム和えを食べて、エリーが驚く。
「柔らかくて、まったく生臭くありませんわ!」
『(よし、成功だ!)』
エリーは最後まで完食した。
「ごちそうさまでした!本当においしくて、満足感もありますわ!」
『いかがでしたか?体調の変化は?』
「あら...確かに、いつもより落ち着いている気がしますわ」
「魔力も安定しているような...」
エリーが試しに小さな回復魔法を使ってみる。
「まあ!いつもより魔法がかかりやすい!」
『(効果が出てる!)』
「でも...これで本当に美しくなれるんですの?」
『はい。1週間続けていただければ、必ず効果を実感できます』
「1週間...」
エリーが悩んでいる。
「でも、やっぱりケーキも食べたいですわ...」
『(完全にやめさせるのは無理だな。段階的に減らしていこう)』
『もちろん、たまにのスイーツは問題ありません。大切なのはバランスです』
「バランス...」
『1日3食のうち、1食をこのビューティーセットに変えてみませんか?』
「1食だけなら...」
エリーが考え込む。
「美しくなれるなら...やってみますわ!」
『ありがとうございます!きっと素晴らしい変化を実感していただけます!』
こうして、エリーの野菜嫌い克服プロジェクトが始まった。
しかし、長年の偏食習慣を変えるのは容易ではない。特にエリーのスイーツ依存は、ガルドの肉偏食以上に深刻だ。
『(でも、諦めない。エリーちゃんにも本当の健康を手に入れてもらうんだ)』
夕方、エリーが戻ってきた。
「こんばんは!お約束通り、夕食もお願いしますわ!」
『体調はいかがですか?』
「とても良いですわ!午後の魔法練習も、いつもより集中できました!」
『(おお、早速効果が!)』
「でも...やっぱり少しケーキも食べたくて...」
『(まだスイーツへの依存が強いな。でも焦らず、少しずつだ)』
『今日は『美肌デザートセット』はいかがでしょう?』
「美肌デザートセット?」
『フルーツをメインにした、体に優しいデザートです』
「まあ!それなら安心ですわね!」
俺のエリー改造計画は、まだ始まったばかり。果たして、このお嬢様魔法使いを真の美魔女にできるのだろうか?
『(絶対に成功させてみせる!エリーちゃんの魔力も美貌も、最高レベルまで引き上げるんだ!)』
今度はガルドとは正反対の戦いが始まった。甘いもの依存症のお嬢様を、どう説得していくか...。
俺の栄養改善大作戦は、ますます複雑になっていく。