第37話「魔王軍侵攻の報せと最後の営業日」
異世界キッチンカー生活、37日目の朝。
健康祭りから一夜明け、街はまだ祭りの余韻に包まれていた。住民たちの表情は明るく、みんな健康的な朝食を摂っている光景があちこちで見られる。
『(本当に良い街になったな...)』
俺は平和な朝の風景に満足していた。
そんな時、街の向こうから急を告げる角笛の音が響いた。
ブオオオオオーーー!
『(緊急警報?何事だ?)』
角笛は3回鳴った。これは最高レベルの緊急事態を示す合図だ。
間もなく、騎馬に乗った伝令兵が街の中央広場に現れた。
「緊急事態発生!全住民に告ぐ!」
伝令兵が大声で叫ぶ。
「魔王軍主力部隊、本日夕刻に当街への侵攻開始!全住民は直ちに避難せよ!」
街がざわめき始めた。
「魔王軍が!?」
「本格的な侵攻だって?」
「嘘だろ...ついこの間まで魔族の子たちと仲良くしてたのに」
人々が慌てふためいている。
俺も信じられなかった。
『(リンたちとあんなに仲良くなったのに...なぜ?)』
伝令兵が続ける。
「魔王軍の規模は約5000!騎兵、魔法部隊、飛行部隊を含む大軍勢!」
「街の防衛力では到底対抗できません!」
「避難は今すぐ!荷物は最小限に!」
街は一気にパニック状態になった。
その時、レオンギルドマスターが駆けつけてきた。
「栄養キッチンカー君!君も早く避難の準備を!」
『ギルドマスター、これは本当なんですか?』
「残念ながら本当だ。王都からの正式な警告だ」
レオンが深刻な顔で説明する。
「魔王軍が本格的な南下作戦を開始した。この街はその進路上にある」
『でも、リンたちとは仲良くしてたじゃないですか』
「あの偵察隊は新人部隊だ。本隊とは全く別の組織だと思った方がいい」
『そんな...』
「戦闘開始まで8時間。君も急いで避難してくれ」
続いて、市長も血相を変えてやってきた。
「栄養キッチンカーさん!避難馬車を用意しました!」
『市長...』
「あなたは街の宝です。絶対に無事でいてもらわなければ」
バジル博士も現れた。
「栄養キッチンカー君、私の研究所の資料と一緒に避難せんか?」
「君の栄養学の知識は後世に残さねばならん」
次々と避難を勧める人々。
でも、俺の足は動かなかった。
『(避難...でも)』
その時、常連の3人が駆けつけてきた。
「栄養キッチンカーさん!私たちも避難の準備を!」
ミラが慌てている。
「俺たちも一緒に逃げよう」
ガルドも心配そうだ。
「一刻も早く避難しなければ」
エリーも不安な表情だ。
『みんな...』
俺は彼らの顔を見つめた。
『君たちは避難してください』
「え?」
『俺は...最後まで営業を続けます』
「何を言ってるんですか!?」
ミラが驚愕する。
「正気か!?魔王軍が来るんだぞ!」
ガルドも慌てる。
「危険すぎますわ!」
エリーも反対する。
『でも考えてみてください』
俺が理由を説明し始める。
『今この街には、避難できない人たちがいるはずです』
『重病人、高齢者、怪我人...そういう人たちは避難が困難です』
『そんな人たちが、恐怖と不安の中で過ごす最後の時間...』
『せめて温かい食事を食べて、少しでも心を落ち着かせてもらいたいんです』
周りの人々が黙り込む。
『それに、戦う冒険者たちもいるでしょう』
『彼らにも最高の栄養補給をして、少しでも生存率を上げてもらいたい』
『それが料理人の使命じゃないでしょうか』
「栄養キッチンカーさん...」
ミラの目に涙が浮かんだ。
「でも、危険すぎます」
『大丈夫です。キッチンカーには防御機能もありますから』
俺は決意を固めていた。
『みんなが避難した後の静まり返った街で、一人でも俺の料理を必要としてくれる人がいるなら...』
『俺はその人のために料理を作り続けます』
レオンが感動したような顔をしている。
「君という人は...」
市長も涙ぐんでいる。
「なんという勇気...」
バジル博士も深く頷く。
「立派な覚悟じゃ」
その時、アルフレッドが走ってきた。
「師匠!私も残ります!」
『アルフレッド!?』
「弟子が師匠を見捨てるわけにはいきません」
アルフレッドが毅然と言う。
「王都に帰る予定でしたが、こんな時に一人にはできません」
『でも危険です』
「師匠と一緒なら怖くありません」
続いて、思いもよらない人物が現れた。
「私たちも残ります」
声をかけてきたのは、魔族偵察隊のリンだった。
「リン!?なぜここに?」
「実は、魔王軍の侵攻を止めるために走り回ってたんです」
リンが説明する。
「でも間に合わなかった...」
「だから、せめて栄養キッチンカーさんを守りたいんです」
他の魔族隊員も頷いている。
「あなたに恩がありますから」
「魔族だからって、全員が戦争に賛成してるわけじゃないんです」
エルフ族の女性も現れた。
「私たちも残ります」
「この街で学んだ『食の絆』を最後まで大切にしたいのです」
俺は感動で言葉が出なかった。
『みんな...』
「それなら俺たちも残る」
ガルドが決意を固める。
「栄養キッチンカーを一人にするわけにはいかない」
「私も残ります」
ミラも涙を拭きながら言う。
「最初に救ってもらった恩を、今こそ返したいです」
「私もですわ」
エリーも決意を示す。
「みんなで一緒に最後まで」
バルトも商会の馬車でやってきた。
「栄養キッチンカーさん、食材の最後の補給です」
「私も商人として、最後のお役に立ちたい」
午後から、街は急速に静寂に包まれていった。
大部分の住民が避難し、残ったのは戦う意志のある冒険者と、俺たちのような少数の人々だけ。
でも俺は、いつも通り営業を続けた。
『本日も栄養キッチンカーをご利用いただき、ありがとうございます』
残された人々が、次々と最後の食事を求めてやってきた。
「最後に、もう一度あなたの料理が食べたくて」
老夫婦が手を繋いでやってきた。
「避難するには体力がなくて...でも、あなたの料理を食べてから旅立ちたい」
『もちろんです。特別に心を込めて作らせていただきます』
戦いに向かう冒険者たちも続々とやってきた。
「最後の栄養補給を頼む」
「家族を守るために戦う。力をくれ」
俺は一人一人に、その人に最適な栄養を考えて料理を提供した。
夕暮れが近づき、遠くから魔王軍の太鼓の音が聞こえ始めた。
ドンドンドン...ドンドンドン...
『(ついに来たか...)』
でも俺は、最後の客への料理を仕上げていた。
『お待たせしました。心を込めてお作りしました』
「ありがとう...」
客が涙を流しながら受け取る。
太陽が地平線に沈み、街に夜の帳が下りた。
魔王軍の松明の灯りが、遠くに見え始めている。
『(さあ、本当の最後の営業時間だ)』
俺は看板に最後のメッセージを書いた。
『最後まで営業中
~どんな時でも、温かい食事を~
みんなの無事を祈って』
仲間たちが俺の周りに集まってくれた。
「最後まで一緒ですからね」
ミラが俺の手を握る。
「何があっても、みんなで支え合おう」
ガルドが力強く言う。
「私たちの絆は永遠ですわ」
エリーも微笑む。
「師匠と一緒なら、何も怖くありません」
アルフレッドも決意を込める。
リンたち魔族も、エルフたちも、みんなが俺を囲んでくれている。
『ありがとう、みんな』
俺は心から感謝した。
『どんな結果になっても、みんなと過ごした時間は宝物です』
魔王軍の足音が、だんだん近づいてくる。
でも俺たちは、最後まで希望を捨てなかった。
食の絆で結ばれた仲間たちと共に、運命の時を迎える準備は整った。