第33話「食事には国境も種族も関係ありません」
異世界キッチンカー生活、気持ち33日目の朝。
昨日の魔族偵察隊の件は街中の話題になっていた。
「栄養キッチンカーが魔族に料理を出したって?」
「本当かよ、それ」
「俺も見たけど、普通に美味しそうに食べてたぞ」
賛否両論の声が聞こえる中、俺は普段通り営業準備をしていた。
『(まあ、色んな意見があって当然だよな)』
そんな時、一人の老人がやってきた。
「あんた、昨日魔族に料理を出したって本当かい?」
70歳くらいの人間の老人だった。顔には深い皺が刻まれ、どこか厳しい表情をしている。
『はい、お腹を空かせていたので』
「ふん...魔族なんぞに」
老人が不快そうに言う。
「わしの息子は10年前、魔族との戦いで死んだんだ」
『それは...お気の毒でした』
「それなのに、あんたは魔族と仲良くするのか?」
老人の声に怒りが込もっている。
『仲良くするつもりはありません』
俺が答えると、老人が意外そうな顔をした。
『ただ、お腹を空かせた人に料理を作っただけです』
「それが同じことじゃないか」
『違います』
俺が続ける。
『俺は魔族が好きでも嫌いでもありません。ただの料理人です』
『料理人の仕事は、空腹の人に食事を提供すること。それ以上でも以下でもありません』
老人が黙り込む。
『おじいさんも、何か食べていきませんか?』
「...わしは魔族に料理を出す店では食べたくない」
老人がそう言って立ち去ろうとした時、街の向こうから新たな一団が現れた。
今度は背の高い、エルフのような耳をした人々だった。
「あの、こちらが栄養キッチンカーでしょうか?」
上品な口調で話しかけてきたのは、美しいエルフの女性だった。
『はい、そうです』
「私たちは森の民、エルフ族です」
女性が丁寧に頭を下げる。
「昨日、魔族の方々から『素晴らしい料理人がいる』とお聞きしまして」
『魔族の方から?』
「はい。『種族に関係なく、美味しい料理を作ってくれる』と」
エルフ女性が微笑む。
「私たちも長旅で疲れており、ぜひお食事をいただきたく」
老人が驚いた顔をしている。
「魔族がエルフに...?」
『もちろんです。何名様でしょうか?』
「5名です。ただ、私たちは菜食主義なのですが...」
『大丈夫です。野菜中心のメニューをご用意します』
俺はエルフ用のベジタリアンメニューを作り始めた。
その様子を見ていた老人が、困惑した表情を浮かべている。
「魔族がエルフに栄養キッチンカーを紹介?一体どういうことだ?」
調理中、エルフの女性が話しかけてきた。
「昨日お会いした魔族の方々、とても感動されていました」
『そうでしたか』
「『人間にも優しい人がいる』『食事に敵味方はない』と、目を輝かせて話されていて」
エルフ女性が続ける。
「実は、私たちエルフ族も魔族とは長い間対立していたのです」
『そうなんですか』
「でも、昨日彼らと偶然出会った時、お互いにあなたの料理の話をしていて...」
「それで意気投合してしまったのです」
『(料理の話で意気投合?)』
「『栄養キッチンカーさんの料理は最高だった』『また食べに行きたい』って、一緒に盛り上がって」
エルフ女性が楽しそうに笑う。
「気がついたら、長年の敵同士だったことを忘れていました」
30分後、エルフ用ベジタリアンメニューが完成した。
『お待たせしました。森の恵みプレートです』
「まあ、美しい!」
エルフたちが感動している。
「野菜だけでこんなに色とりどり」
「香りも素晴らしいです」
エルフたちが食事を始めると、その美しい食べ方に周りの人々が見とれていた。
「さすがエルフ、上品だな」
「でも、普通に美味しそうに食べてる」
老人も、つい見入ってしまっている。
食事を終えたエルフたちが感謝を述べる。
「素晴らしいお食事でした」
「野菜の甘みが最大限に引き出されている」
「これなら肉を食べなくても十分な栄養が取れますね」
『お気に入りいただけて良かったです』
「ところで」
エルフ女性が言う。
「明日、魔族の方々と一緒にお食事会を開こうという話になっているのです」
『え?』
「お互いの食文化を紹介し合おうと」
「よろしければ、あなたにも料理で参加していただけませんか?」
『魔族とエルフが一緒に食事会?』
「はい。あなたの料理がきっかけで、私たちは和解することができました」
エルフ女性が真剣に言う。
「食事を共にすることで、理解が深まると思うのです」
その時、昨日の魔族たちがやってきた。
「あ、栄養キッチンカーさん!」
リンが手を振る。
「エルフの皆さんも来てくださったんですね!」
「昨日はありがとうございました」
エルフ女性が魔族たちに丁寧に挨拶する。
「こちらこそ。楽しいお話ができました」
リンも嬉しそうだ。
老人が信じられないという顔をしている。
「魔族とエルフが...仲良く話してる?」
その時、街の子供たちも集まってきた。
「わあ、エルフだ!」
「魔族の人たちもいる!」
子供たちは偏見なく、興味深そうに見ている。
「角、触ってもいい?」
「耳、長くて素敵!」
魔族とエルフたちも、子供たちの無邪気さに微笑んでいる。
「いいよ、触って」
「ありがとう、可愛いね」
平和な光景を見て、老人の表情が少しずつ変わっていく。
「栄養キッチンカーさん」
リンが俺に話しかける。
「昨日の料理、魔王様にもお話ししました」
『魔王様に?』
「はい。『人間の中にも、分け隔てなく料理を作ってくれる人がいる』って」
「魔王様も興味を持たれていました」
『そうですか...』
「それで、今度魔王様も来られるかもしれません」
『魔王様が!?』
「はい。『そんな人間に一度会ってみたい』って」
エルフ女性も興味深そうに聞いている。
「魔王様が直接?それは歴史的な出来事ですね」
「でも、栄養キッチンカーさんの料理なら、魔王様もきっと喜ばれるでしょう」
老人が割って入る。
「ちょっと待て...魔王が来るって?」
「そんな危険なことを...」
「大丈夫ですよ」
リンが笑顔で答える。
「魔王様は戦いが嫌いなんです。本当は平和を望んでいらっしゃるんですよ」
「そうなのか?」
老人が驚く。
「はい。でも、人間との争いが絶えなくて、仕方なく戦っているんです」
エルフ女性も頷く。
「私たちも同じです。本当は争いたくない」
「でも、誤解や偏見があって...」
『(みんな、本当は平和を望んでるんだ)』
俺は確信した。
『よろしければ、明日の食事会、ここで開きませんか?』
「え?」
『魔族とエルフ、そして人間も一緒に。みんなで食事を共にしましょう』
「それは素晴らしいアイデアです!」
リンが興奮する。
「ぜひお願いします!」
エルフ女性も賛成してくれる。
老人が迷った表情をしている。
「でも、わしは...息子のことが...」
「おじいさん」
リンが老人に向き直る。
「私たちも、家族を人間との戦いで失っています」
「でも、憎しみを続けていても、失った人は戻ってきません」
老人が黙り込む。
「それより、これ以上誰も失わないようにする方が大切だと思います」
エルフ女性も優しく言う。
「過去は変えられませんが、未来は変えることができます」
老人の目に涙が浮かんだ。
「そうかもしれんな...」
「息子も、こんな争いは望んでいなかっただろうし...」
『おじいさんも、明日いかがですか?』
俺が声をかける。
『きっと、息子さんも喜ばれると思います』
老人がゆっくりと頷いた。
「...そうだな。参加させてもらおう」
翌日、俺のキッチンカーには新しい看板が掲げられていた。
『明日開催!多種族合同食事会
~食卓で繋がる心の絆~
参加者募集中』
この看板を見た人々が、期待と不安の入り混じった表情をしている。
「本当にうまくいくのかな?」
「でも、面白そうだ」
「栄養キッチンカーなら、何とかしてくれるかも」
食事の力で、種族間の理解を深める。
それが本当に可能なのか、明日が試金石になりそうだった。
『(食事には本当に、国境も種族も関係ないはず。きっとうまくいく)』
俺は明日の食事会に向けて、特別メニューの準備を始めた。