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第3話「脳筋戦士が肉しか食べない理由」


 異世界キッチンカー生活、3日目の朝。


 俺は今日も元気に営業準備をしていた。昨日の大盛況で調子に乗っているわけじゃないが、確実に街の冒険者たちの健康意識が変わりつつあるのを感じる。


『(よし、今日も栄養改善大作戦だ!)』


 そんな俺の前に、地響きのような足音が近づいてきた。


「おおお!これが噂の栄養キッチンカーか!」


 振り返ると、そこには筋肉の塊のような巨漢が立っていた。身長は優に2メートルを超え、全身が鋼鉄のような筋肉で覆われている。背中には人の頭ほどもある巨大な戦斧を背負い、いかにも「脳筋戦士」という風貌だ。


『(うわあ、すげー筋肉だ。でも...)』


 俺の栄養学知識が警告を発している。確かに筋肉はすごいが、なんだか不自然な筋肉の付き方だ。筋量は多いのに、どこか不健康そうに見える。


「俺はガルド・アイアンフィスト!この街最強の戦士だ!」


 ガルドと名乗った戦士は、ドンと胸を叩いた。その音は太鼓のように響く。


『(ガルドさんか。確かに強そうだけど...顔色が悪いな。それに目の下にクマがある)』


「昨日、仲間から聞いたんだ!ここの食事を食うと、パワーアップするって!」

「俺様の筋肉にさらなる力を!頼む!」


『もちろんです!ですが、まずお聞きしたいことが...』


 俺はメニュー看板に質問を表示した。


『普段はどのような食事をされていますか?』


「おお、良い質問だ!」


 ガルドは誇らしげに胸を張る。


「俺は肉しか食わん!朝も昼も夜も、全部肉だ!」

「肉こそが筋肉の源!野菜なんて草食動物の餌だ!」


『(うわあ、典型的なプロテイン偏重タイプだ...)』


「今朝も朝食に牛肉を1キロ食った!昨日の夕食も豚肉を800グラム!」

「肉!肉!肉!これぞ戦士の食事よ!」


 周りにいた他の冒険者たちが苦笑いしている。


「ガルドの肉偏食は有名だからなあ」

「野菜を勧めても絶対食わないんだよ」


『(これは...重症だな)』


 俺は急いで栄養学の知識を整理した。


『(確かに筋肉量は多いけど、タンパク質だけじゃダメだ。ビタミン、ミネラル、炭水化物、食物繊維...全部必要なのに)』


『ガルドさん、タンパク質は確かに筋肉に重要ですが、それだけでは不十分です』


「何だと!?肉で不十分だと!?」


 ガルドの顔が真っ赤になった。


「貴様、俺様の筋肉を見ろ!この鋼鉄の肉体を!肉だけでここまで鍛え上げたのだ!」


『確かに立派な筋肉です。しかし...』


 俺は慎重に言葉を選んだ。


『最近、疲れやすくなったり、集中力が続かなかったりしませんか?』


「...!」


 ガルドの表情が一瞬変わった。


「な、何故それを...」


『それから、傷の治りが遅くなったり、風邪をひきやすくなったりは?』


「ぐ...」


 図星だったらしく、ガルドが言葉に詰まる。


「最近、ダンジョンでのスタミナ切れが早いのも気になるんだよな」


 仲間の冒険者が心配そうに言う。


「そうそう、昔のガルドはもっとタフだった」

「最近は後半バテるんだよな」


『(やっぱりか。典型的な栄養偏重の症状だ)』


『ガルドさん、肉だけの食事では以下の栄養素が不足します』


 俺はメニュー看板にわかりやすく表示した。


『不足する栄養素:

・ビタミンC(免疫力低下、傷治癒遅延)

・食物繊維(消化不良、腸内環境悪化)

・複合炭水化物(持久力低下、疲労蓄積)

・各種ミネラル(筋肉機能低下、骨密度低下)』


「なんだと...これは...」


 ガルドが真剣な顔で看板を見詰める。


『特に戦士の方には、瞬発力だけでなく持久力も重要です。炭水化物不足では長時間の戦闘に耐えられません』


「うーん...確かに最近、長期戦がキツイんだよな」


『それから、ビタミンC不足は筋肉の修復を妨げます。いくら筋トレしても効率が悪くなります』


「なんだって!?筋肉の修復に影響するのか!?」


 ガルドの目が見開かれた。筋肉の話になると途端に食いついてくる。


『(よし、筋肉の話で攻めよう)』


『はい。さらに、偏った食事は筋肉の質も低下させます。見た目は大きくても、実際のパワーや持久力は低下していきます』


「そんな...俺の筋肉が...」


 ガルドが自分の腕を見詰めて唸る。


『でも大丈夫です!正しい栄養バランスで食事をすれば、筋肉の質は向上します!』


「本当か!?どうすればいいんだ!?」


『まずは野菜を...』


「野菜だと!?」


 ガルドが大声で叫んだ。


「俺は草食動物じゃない!野菜なんて食えるか!」

「肉こそが力の源!野菜は弱い奴らの食い物だ!」


『(うわあ、完全に偏見に凝り固まってる...)』


「ガルド、そんなこと言ってたら本当に体調崩すぞ」


 仲間が心配そうに言うが、ガルドは頑として首を縦に振らない。


「うるさい!俺は肉だけで十分だ!野菜なんて絶対に食わん!」


『(これは手強いな...でも諦めるわけにはいかない)』


 俺は作戦を変更した。


『わかりました。では、野菜抜きで最大限栄養バランスを考慮したメニューを作ってみます』


「おお!それならいいぞ!」


『ただし、一つだけ条件があります』


「条件?」


『1週間、私が作る食事を試してください。その上で体調の変化を実感してもらいます』


「1週間か...まあ、肉料理なら問題ないな」


『(野菜は使わないと言ったが、肉に野菜エキスを染み込ませる方法はある)』


 俺は秘策を思いついていた。


『では、本日のガルド様専用メニュー「究極マッスル強化セット」をお作りします』


「究極マッスル強化だと!?すげー名前だ!」


 ガルドの目がキラキラと輝く。単純すぎる...。


『(よし、作戦開始だ)』


 俺は調理を始めた。メインは牛ステーキ。しかし、ただのステーキではない。


『(まず、野菜ブイヨンでじっくり煮込んだスープで肉を下茹で。野菜の栄養素を肉に吸収させる)』


 次に、付け合わせ。


『(ガルドには野菜と言わず、「筋肉強化サポート食材」と説明しよう)』


「おい、それ何だ?緑の物体が見えるぞ?」


 ガルドが警戒した目で俺を見る。


『これは筋肉強化サポート食材です。見た目は緑ですが、筋肉の修復に必要な特殊栄養素が含まれています』


「特殊栄養素だと!?」


『はい。この緑の食材には、筋肉の疲労回復を促進する成分と、筋力向上をサポートする成分が豊富に含まれています』


 完全に嘘ではない。ブロッコリーにはビタミンCと鉄分が豊富だからな。


「でも...緑だぞ?」


『色は関係ありません。重要なのは効果です』


 俺は仕上げにトマトソースをかけた。これも「筋肉活性化ソース」という名前にしよう。


『完成です!究極マッスル強化セット!』


「おおお!すげー肉だ!いい匂いがする!」


 ガルドが興奮している。


「でも...やっぱり緑のやつが気になる」


『騙されたと思って一口だけでも試してください。きっと効果を実感できます』


「うーん...」


 ガルドが悩んでいると、ミラが助け舟を出してくれた。


「ガルドさん、私この栄養キッチンカーの食事で本当に強くなったんです!」

「昨日のクエストでも、いつもより集中力が続いて、弓の精度が上がりました!」


「マジか、ミラ?」


「はい!だから、ガルドさんも試してみてください!」


 ミラの励ましで、ガルドがようやく決心したようだ。


「わかった!肉は間違いなくうまそうだしな!」


 ガルドは豪快にステーキを頬張る。


「うまい!この肉、今まで食った中で一番うまいぞ!」


『(野菜ブイヨンの効果だな。旨味が全然違う)』


「それで...その緑のやつは?」


「うーん...」


 ガルドが恐る恐るブロッコリーを口に運ぶ。


「...あれ?なんだこれ、意外といけるじゃないか」

「変な草の味がしない」


『(そりゃそうだ。バターとガーリックで炒めてるからな)』


「このソースもうまいな!なんか体の奥から力が湧いてくる感じがする!」


『(トマトのリコピンとビタミンの効果だ)』


 ガルドは結局、全部完食した。


「うまかった!確かに、いつもの肉だけより体調がいい気がする!」


『いかがでしたか?』


「正直、驚いた。緑のやつも食えたし、なんか体が軽い」


 周りの冒険者たちも驚いている。


「マジかよ、ガルドが野菜食った」

「奇跡だ、これは奇跡だぞ」


『(よし、第一段階クリア!)』


 しかし、ガルドはまだ完全には納得していないようだ。


「でも、やっぱり肉が一番だ!これは特別だからな!」

「明日からはまた肉だけに戻る!」


『(うーん、まだまだ頑固だな...)』


「ガルド、せっかくだから1週間試してみろよ」


 仲間が説得する。


「そうだよ、体調良くなるかもしれないじゃん」


「うーん...」


 ガルドが悩んでいると、俺は最後の切り札を出した。


『ガルドさん、実はこの食事法で筋肉量が20%アップした戦士がいます』


「なんだって!?20%も!?」


『はい。正しい栄養バランスで筋肉の質が向上し、結果的に筋力も大幅に向上しました』


「マジか...」


 ガルドの目が真剣になった。


『1週間だけでも試してみませんか?筋肉のためです』


「筋肉のため...」


 ガルドがぶつぶつと呟く。


「よし!1週間だけだぞ!1週間だけ試してやる!」

「でも効果がなかったら、二度と野菜は食わんからな!」


『(よし!承諾してくれた!)』


『ありがとうございます!必ず効果をお見せします!』


 こうして、ガルドとの栄養改善プロジェクトが始まった。


 しかし、これは始まりに過ぎない。ガルドの頑固な肉偏食を完全に改善するには、まだまだ時間がかかりそうだ。


『(でも、諦めない。ガルドさんにも本当の健康を手に入れてもらうんだ)』


 夕方、ガルドが夕食を食べに戻ってきた。


「おい、キッチンカー!今日の夕食も頼む!」

「昼間のやつ、確かに調子が良かったぞ!」


『(おお、効果を実感してくれてる!)』


「でも、やっぱり緑のやつは苦手だな...」


『今日は違うメニューです。「スーパーマッスル回復セット」はいかがでしょう?』


「スーパーマッスル回復だと!?」


 またしても、単純な命名に食いついてくるガルド。


『(今度は人参を「パワーアップ根菜」、ピーマンを「スタミナ強化食材」と呼んでみよう)』


 こんな感じで、俺のガルド改造計画は続いていく。果たして、この頑固な脳筋戦士を真の健康体にできるのだろうか?


『(絶対に成功させてみせる!ガルドさんの本当の実力を引き出すんだ!)』


 俺の戦いは、まだ始まったばかりだった。


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