第29話「勝負の結果よりも大切なことがありました」
異世界キッチンカー生活、気持ち29日目の夕方。
料理対決から一夜明け、俺は昨日の出来事を振り返っていた。
『(確かに勝利は嬉しかったけど...なんか複雑な気分だな)』
そんな時、意外な来客があった。
「栄養キッチンカーさん」
声をかけてきたのは、昨日の料理対決の相手、アルフレッドだった。
『アルフレッドさん!』
俺は驚いて振り返る。昨日とは打って変わって、彼の表情は穏やかだった。
「昨日は...お疲れ様でした」
アルフレッドが深々と頭を下げる。
『こちらこそ。でも、どうしてここに?』
「実は、昨日の夜からずっと考えていたのです」
アルフレッドが真剣な顔で言う。
「私は何のために料理をしているのか、と」
『(何のために料理を...)』
「王都で名声を得て、貴族たちに褒められて...確かに誇らしいことでした」
アルフレッドが当時を振り返る。
「でも、あなたの料理を見て気づいたのです」
『何に気づかれたんですか?』
「私の料理には、『魂』が足りなかったということを」
アルフレッドの言葉に、俺は驚いた。
「あなたの料理には、食べる人への愛情が込められていました」
「健康になってほしい、幸せになってほしい、そんな想いが一口一口に込められていた」
『アルフレッドさん...』
「それに比べて私の料理は...見た目と技術だけで、心がありませんでした」
アルフレッドが自分を振り返る。
「昨日の審査員の皆さんの反応を見て、本当に恥ずかしくなりました」
『でも、あなたの技術は本当に素晴らしかった』
俺が素直に言う。
『あの美しい盛り付け、完璧な火入れ、繊細な味付け...どれも俺には真似できません』
「ありがとうございます。でも...」
アルフレッドが首を振る。
「技術だけでは、人の心は動かせないのですね」
その時、常連の3人がやってきた。
「おはようございます!あ、アルフレッドさん?」
ミラが驚いている。
「昨日の料理人の人だ」
ガルドも気づく。
「また勝負しに来たんですの?」
エリーが警戒している。
「いえ、違います」
アルフレッドが慌てて手を振る。
「私は...謝罪と、お願いに来たのです」
『お願い?』
「はい。もしよろしければ...あなたの料理を学ばせていただけませんか?」
アルフレッドが深々と頭を下げる。
「私には技術はありますが、あなたのような『心』がありません」
「人を想う気持ち、健康を願う気持ち...それを教えていただきたいのです」
3人が驚いている。
「えええ!?昨日あんなに偉そうだったのに!」
ミラが仰天する。
「人って変わるもんなんだな」
ガルドが感心している。
「素直に認められるのは立派ですわね」
エリーも感動している。
『もちろんです』
俺が即答する。
『でも、お互いに学び合いませんか?』
「え?」
『俺も、あなたの技術を学びたいんです』
俺が説明を始める。
『確かに俺の料理は栄養価が高くて健康に良い。でも、見た目の美しさでは到底あなたに敵いません』
『あなたの技術と俺の栄養学を組み合わせれば、きっと素晴らしい料理ができるはずです』
アルフレッドの目が輝いた。
「本当ですか!?お互いに学び合うなんて...」
『はい。昨日の勝負で分かったんです』
俺が昨日の気づきを話す。
『勝ち負けなんてどうでもいい。大切なのは、お互いを認め合って、より良い料理を作ることです』
「栄養キッチンカーさん...」
アルフレッドが感動している。
「あなたは勝者なのに、なぜそんなに優しいのですか?」
『勝者も敗者もありません』
俺が微笑む。
『俺たちは同じ料理人です。お客さんに喜んでもらいたいという想いは同じはずです』
「そうですね...私も本当は、人に喜んでもらいたくて料理を始めたのでした」
アルフレッドが昔を思い出している。
「いつの間にか、名声や評価ばかり気にして、初心を忘れていました」
『大丈夫です。今からでも遅くありません』
俺が励ます。
『一緒に、人を幸せにする料理を作りましょう』
「はい!ぜひお願いします!」
アルフレッドが嬉しそうに答える。
その時、バジル博士がやってきた。
「おや、これはこれは。昨日の料理対決の両雄が揃っているではないか」
『博士、おはようございます』
「昨日の対決、見事だったぞ。特に君の料理への想いが素晴らしかった」
博士がアルフレッドにも声をかける。
「アルフレッド君の技術も見事だった。あれほど美しい料理は滅多に見られるものではない」
「ありがとうございます」
アルフレッドが謙遜する。
「でも、私の料理には大切なものが欠けていました」
「ほほう、気づいたのか」
博士が微笑む。
「料理の真髄は技術だけではない。作り手の心が一番大切なのじゃ」
『博士、アルフレッドさんと一緒に新しい料理を開発することになったんです』
「それは素晴らしい!」
博士が手を叩く。
「技術と心が融合すれば、きっと素晴らしいものができるじゃろう」
続いて、レオンギルドマスターもやってきた。
「昨日の対決の件で話があって...おや、アルフレッドさんもいるのか」
『ギルドマスター、実はアルフレッドさんと協力することになったんです』
「協力?それは良いことだ」
レオンが満足そうに頷く。
「実を言うと、私は昨日の対決の結果を『引き分け』にしたいと思っていたのだ」
『引き分け?』
「そうだ。君の料理は健康効果で圧倒的だったが、アルフレッドさんの技術も見事だった」
レオンが説明する。
「どちらも料理人として素晴らしい価値を持っている」
「勝ち負けをつけるより、お互いの良さを認め合う方が建設的だ」
『(ギルドマスターも同じことを考えてたのか)』
「でも、審査員の皆さんは明確に判定を...」
アルフレッドが言いかける。
「あれは冒険者としての実用性を重視した判定だ」
レオンが続ける。
「でも、料理の価値は一つではない。美しさも、技術も、愛情も、すべて大切だ」
『その通りですね』
俺も同感だった。
『勝ち負けより、お互いから学ぶことの方が大切です』
「君たちのようなライバルがいることは、料理界にとって素晴らしいことだ」
レオンが嬉しそうに言う。
「切磋琢磨して、さらに高みを目指してほしい」
その日の午後、俺たちは早速コラボレーション料理の開発を始めた。
「まず、あなたの栄養学について教えてください」
アルフレッドが真剣に聞いてくる。
『基本は5大栄養素のバランスです』
俺が説明を始める。
『炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル。これらをバランス良く摂取することで...』
「なるほど、勉強になります」
アルフレッドが熱心にメモを取る。
『今度は、あなたの盛り付け技術を教えてください』
「分かりました。まず、皿の上での色彩バランスが重要です」
アルフレッドが実演してくれる。
「美しく見せるには、高さを使った立体感が大切で...」
『すごい!こんな技術があるなんて』
俺も感動しながら学んでいる。
夕方、第1号のコラボ料理が完成した。
『「美と健康の融合プレート」完成です!』
「見た目も美しく、栄養バランスも完璧ですね」
アルフレッドも満足そうだ。
常連の3人に試食してもらう。
「わあ!すごくきれい!」
ミラが感動している。
「しかも、いつもの栄養効果もある!」
ガルドも興奮している。
「美しさと健康効果の両立ですわね!」
エリーも絶賛している。
『どうですか、アルフレッドさん?』
「素晴らしいです」
アルフレッドが感動を込めて言う。
「これこそが、私が求めていた料理です」
「技術だけでなく、愛情も込められている」
『あなたの技術があったからこそです』
俺も感謝を込める。
『一人では決して作れませんでした』
その夜、俺たちは今後の協力について話し合った。
「私、王都に戻ったら、栄養学を広めたいと思います」
アルフレッドが決意を語る。
「高級レストランでも、健康を考えた料理を提供したいです」
『それは素晴らしいアイデアです』
「あなたのレシピ本も、王都で広めさせてください」
『ぜひお願いします』
俺も嬉しくなった。
「それから、定期的にお互いの店を訪問して、技術交換をしませんか?」
『もちろんです!』
翌日、俺のキッチンカーには新しい看板が掲げられていた。
『王都「ゴールデンフォーク」との技術提携開始
~美しさと健康の融合料理~
ライバルから最高のパートナーへ』
この看板を見た人々が、感心したような顔をしている。
「すごいな、王都のレストランと提携するなんて」
「ライバルから仲間になったのか」
「これで料理のレベルがさらに上がりそうだ」
料理対決は確かに俺の勝利だった。
でも、それよりも大切なものを得ることができた。
新しい仲間、新しい技術、そして新しい可能性。
『(勝ち負けなんて、本当にどうでもよかったな)』
俺は心から思った。
アルフレッドとの出会いは、俺の料理人としての幅を大きく広げてくれた。
これからも、多くの人との出会いを大切にしていこう。