表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/50

第24話「商会長がなぜか土下座してきた件」


 異世界キッチンカー生活、気持ち24日目の朝。


 感謝の手紙で改めて自分の使命を確認した俺は、今日も元気に営業準備をしていた。


『(多くの人に支えられてるんだから、今日も精一杯頑張ろう)』


 そんな時、見慣れた豪華な馬車が俺のキッチンカーの前に停まった。


『(あの馬車は...バルト商会長の?)』


 馬車から降りてきたのは、やはりバルト・ゴールドハンマーだった。しかし、今日の彼は以前とは様子が違った。


 いつもの威圧的な態度はなく、なんだかしょんぼりしている。


「あの...栄養キッチンカーさん」


 バルトが恐る恐る声をかけてくる。


『はい、何でしょうか?』


「実は...お話があります」


 バルトが深刻な顔をしている。


『(今度は何を仕掛けてくるつもりだ?)』


 俺は警戒しながら答えた。


「まず、これまでの無礼を心からお詫びしたい」


 そう言うと、バルトは突然俺の前に土下座した。


『え!?』


 あまりの突然の出来事に、俺は驚愕した。


「私は間違っていました!本当に申し訳ありませんでした!」


 バルトが地面に頭をこすりつけながら謝罪する。


『ちょっと、顔を上げてください!』


 俺は慌ててバルトを起こそうとする。


「いえ、このままで結構です」


 バルトが土下座を続ける。


「私は、あなたの活動の真の価値を理解していませんでした」


『真の価値?』


「はい...実は、昨日まで私は入院していたのです」


 バルトが説明を始めた。


「過労とストレス、そして長年の不摂生で倒れてしまいました」


『(それは...大変でしたね)』


「病院で医師に言われたのです。『このままでは命に関わる』と」


 バルトの声が震えている。


「そんな時、見舞いに来た商会の部下が、あなたのレシピ本を持ってきてくれました」


『(レシピ本を?)』


「最初は『こんなもので治るはずがない』と思っていました」


 バルトが続ける。


「しかし、病院食があまりにも不味くて...試しにレシピ本の内容を参考に、部下に食事を作らせてみました」


『そして?』


「驚きました...体調が目に見えて改善したのです」


 バルトが感動を込めて話す。


「3日で体力が回復し、1週間で血圧が正常値に戻り、2週間で完全に退院できました」


『(そんなに効果があったのか)』


「医師も『奇跡的な回復』と驚いていました」


 バルトがようやく顔を上げる。


「それで気づいたのです。あなたが行っているのは、単なる商売ではない。人の命を救う尊い活動だということを」


『バルトさん...』


「これまで私は、利益のことしか考えていませんでした」


 バルトが自分を振り返る。


「『商売は弱肉強食』『綺麗事では生きていけない』...そんなことばかり考えて」


『(確かに、最初はそんなことを言ってたな)』


「でも、あなたを見ていて分かりました。本当に価値のあることは、お金では測れないのだと」


 バルトが真剣な顔で言う。


「人を幸せにする、人の命を救う、それこそが最も尊い『商売』なのだと」


 その時、常連の3人がやってきた。


「おはようございま...あれ?バルト商会長?」


 ミラが驚いている。


「なんでバルト商会長が土下座してるんだ?」


 ガルドも困惑している。


「何か悪いことでもしたんですの?」


 エリーが心配そうに言う。


『実は、バルトさんが謝罪に来てくれたんです』


「謝罪?」


 3人が首をかしげる。


「そうです」


 バルトが立ち上がって3人に向き直る。


「私はこれまで、栄養キッチンカーさんの邪魔ばかりしてきました」


『(激安食堂の件とか、確かにあったな)』


「しかし、自分が病気になって初めて、栄養の大切さ、そして栄養キッチンカーさんの活動の価値を理解できました」


 バルトが深々と頭を下げる。


「皆様にも、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「え、えーっと...」


 ミラが戸惑っている。


「まあ、分かってくれたならいいんじゃないか?」


 ガルドが意外にあっさりと言う。


「人は変われるものですからね」


 エリーも優しく微笑む。


『皆さん、優しいですね』


「それで、バルトさんは今後どうされるつもりですか?」


 ミラが聞く。


「実は...お願いがあります」


 バルトが俺を見る。


「私に、協力させていただけないでしょうか?」


『協力?』


「はい。バルト商会の流通網を使って、栄養キッチンカーさんの活動を支援したいのです」


 バルトが提案する。


「新鮮な食材の安定供給、レシピ本の全国流通、栄養知識の普及...」


『(それは...すごい提案だ)』


「もちろん、利益は最小限で結構です。私はもう、お金儲けのためだけに商売をするつもりはありません」


 バルトが真剣に言う。


「人々の健康と幸せのために、私の商会を役立てたいのです」


『(本当に改心してるみたいだな)』


 俺は少し考えてから答えた。


『分かりました。一緒に頑張りましょう』


「本当ですか!?」


 バルトの顔が明るくなる。


「ありがとうございます!必ずお役に立ってみせます!」


 その時、街の人々が集まってきた。


「おや、バルト商会長がキッチンカーの前で何を?」


「まさか、また嫌がらせをしに?」


 住民たちが警戒している。


「皆さん、お聞きください」


 バルトが街の人々に向かって大声で言う。


「私はこれまで、利益ばかりを追求してきました」


「え?」


「しかし、栄養キッチンカーさんとの出会いで、本当に大切なことを学びました」


 バルトが続ける。


「今後、バルト商会は営利追求を第一とせず、人々の健康と幸せのために商売をいたします」


「マジで言ってるのか?」


「バルト商会長が?」


 住民たちが驚いている。


「第一弾として、新鮮な野菜を従来の半額で提供いたします」


「半額!?」


 住民たちがどよめく。


「さらに、栄養キッチンカーさんのレシピ本を無料で全戸配布いたします」


「無料で!?」


「それから、栄養相談窓口を商会内に設置し、栄養キッチンカーさんの指導の下、無料で栄養アドバイスを提供いたします」


 バルトの発表に、街が騒然となった。


「すげー、本当に変わったんだ」


「これは助かる」


「バルト商会長、見直したぞ」


 住民たちの反応が、明らかに好意的に変わっていく。


『(すごいな、バルトさん。本気で変わろうとしてる)』


 昼過ぎ、バジル博士がやってきた。


「ほほう、バルト商会長がキッチンカーの味方になったと聞いたが」


『はい、協力してくれることになりました』


「それは心強い。あの商会の流通力があれば、栄養学の普及が格段に進むじゃろう」


 博士が感心している。


「バルトさんとは以前から知り合いだが、あれほど頑固な男が変わるとは」


『人は変われるんですね』


「君の人柄が、彼の心を動かしたのじゃろう」


 夕方、レオンギルドマスターも様子を見に来た。


「バルト商会との協力関係、街の話題になっているぞ」


『ありがとうございます』


「あれだけ対立していた相手を味方にするとは、君の人徳の成せる業だな」


 レオンが感心している。


「これで栄養学の普及が一気に加速するだろう」


『(確かに、バルトさんの協力は心強い)』


 営業終了後、バルトが改めて挨拶に来た。


「本日は本当にありがとうございました」


『こちらこそ、これからよろしくお願いします』


「明日から早速、新鮮な食材の供給を開始させていただきます」


 バルトが嬉しそうに言う。


「それから、商会の料理人たちにも栄養学を教えていただけませんか?」


『もちろんです』


「私も一から勉強し直したいと思います」


 バルトが謙虚に頭を下げる。


「よろしくご指導のほど、お願いいたします」


 常連の3人も感想を聞かせてくれた。


「まさかバルト商会長が味方になるなんて」


 ミラが驚いている。


「人生、何があるか分からないもんだな」


 ガルドも感慨深げだ。


「栄養キッチンカーさんの優しさが、敵をも味方に変えましたのね」


 エリーが微笑んでいる。


『(確かに、想像もしてなかった展開だな)』


 翌日、俺のキッチンカーには新しい看板が追加されていた。


『バルト商会との業務提携開始

~元敵も味方に変える、愛と栄養の力~

新鮮食材の安定供給で、さらなる品質向上を実現』


 この看板を見た人々が、感心したような顔をしている。


「すごいな、バルト商会を味方につけるなんて」


「これで街の食環境が大きく改善されそうだ」


 バルトとの協力関係は、俺の活動を新たなステージに押し上げてくれた。


 敵対から協力へ。対立から共生へ。


 これこそが、俺の目指してきた理想の形なのかもしれない。


『(バルトさんが変わってくれて、本当に良かった)』


 最大の敵だった相手が、今では心強い味方になった。


 人は変われる。そして、優しさと真心があれば、どんな相手とも分かり合える。


 俺はそれを改めて実感していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ