第24話「商会長がなぜか土下座してきた件」
異世界キッチンカー生活、気持ち24日目の朝。
感謝の手紙で改めて自分の使命を確認した俺は、今日も元気に営業準備をしていた。
『(多くの人に支えられてるんだから、今日も精一杯頑張ろう)』
そんな時、見慣れた豪華な馬車が俺のキッチンカーの前に停まった。
『(あの馬車は...バルト商会長の?)』
馬車から降りてきたのは、やはりバルト・ゴールドハンマーだった。しかし、今日の彼は以前とは様子が違った。
いつもの威圧的な態度はなく、なんだかしょんぼりしている。
「あの...栄養キッチンカーさん」
バルトが恐る恐る声をかけてくる。
『はい、何でしょうか?』
「実は...お話があります」
バルトが深刻な顔をしている。
『(今度は何を仕掛けてくるつもりだ?)』
俺は警戒しながら答えた。
「まず、これまでの無礼を心からお詫びしたい」
そう言うと、バルトは突然俺の前に土下座した。
『え!?』
あまりの突然の出来事に、俺は驚愕した。
「私は間違っていました!本当に申し訳ありませんでした!」
バルトが地面に頭をこすりつけながら謝罪する。
『ちょっと、顔を上げてください!』
俺は慌ててバルトを起こそうとする。
「いえ、このままで結構です」
バルトが土下座を続ける。
「私は、あなたの活動の真の価値を理解していませんでした」
『真の価値?』
「はい...実は、昨日まで私は入院していたのです」
バルトが説明を始めた。
「過労とストレス、そして長年の不摂生で倒れてしまいました」
『(それは...大変でしたね)』
「病院で医師に言われたのです。『このままでは命に関わる』と」
バルトの声が震えている。
「そんな時、見舞いに来た商会の部下が、あなたのレシピ本を持ってきてくれました」
『(レシピ本を?)』
「最初は『こんなもので治るはずがない』と思っていました」
バルトが続ける。
「しかし、病院食があまりにも不味くて...試しにレシピ本の内容を参考に、部下に食事を作らせてみました」
『そして?』
「驚きました...体調が目に見えて改善したのです」
バルトが感動を込めて話す。
「3日で体力が回復し、1週間で血圧が正常値に戻り、2週間で完全に退院できました」
『(そんなに効果があったのか)』
「医師も『奇跡的な回復』と驚いていました」
バルトがようやく顔を上げる。
「それで気づいたのです。あなたが行っているのは、単なる商売ではない。人の命を救う尊い活動だということを」
『バルトさん...』
「これまで私は、利益のことしか考えていませんでした」
バルトが自分を振り返る。
「『商売は弱肉強食』『綺麗事では生きていけない』...そんなことばかり考えて」
『(確かに、最初はそんなことを言ってたな)』
「でも、あなたを見ていて分かりました。本当に価値のあることは、お金では測れないのだと」
バルトが真剣な顔で言う。
「人を幸せにする、人の命を救う、それこそが最も尊い『商売』なのだと」
その時、常連の3人がやってきた。
「おはようございま...あれ?バルト商会長?」
ミラが驚いている。
「なんでバルト商会長が土下座してるんだ?」
ガルドも困惑している。
「何か悪いことでもしたんですの?」
エリーが心配そうに言う。
『実は、バルトさんが謝罪に来てくれたんです』
「謝罪?」
3人が首をかしげる。
「そうです」
バルトが立ち上がって3人に向き直る。
「私はこれまで、栄養キッチンカーさんの邪魔ばかりしてきました」
『(激安食堂の件とか、確かにあったな)』
「しかし、自分が病気になって初めて、栄養の大切さ、そして栄養キッチンカーさんの活動の価値を理解できました」
バルトが深々と頭を下げる。
「皆様にも、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「え、えーっと...」
ミラが戸惑っている。
「まあ、分かってくれたならいいんじゃないか?」
ガルドが意外にあっさりと言う。
「人は変われるものですからね」
エリーも優しく微笑む。
『皆さん、優しいですね』
「それで、バルトさんは今後どうされるつもりですか?」
ミラが聞く。
「実は...お願いがあります」
バルトが俺を見る。
「私に、協力させていただけないでしょうか?」
『協力?』
「はい。バルト商会の流通網を使って、栄養キッチンカーさんの活動を支援したいのです」
バルトが提案する。
「新鮮な食材の安定供給、レシピ本の全国流通、栄養知識の普及...」
『(それは...すごい提案だ)』
「もちろん、利益は最小限で結構です。私はもう、お金儲けのためだけに商売をするつもりはありません」
バルトが真剣に言う。
「人々の健康と幸せのために、私の商会を役立てたいのです」
『(本当に改心してるみたいだな)』
俺は少し考えてから答えた。
『分かりました。一緒に頑張りましょう』
「本当ですか!?」
バルトの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!必ずお役に立ってみせます!」
その時、街の人々が集まってきた。
「おや、バルト商会長がキッチンカーの前で何を?」
「まさか、また嫌がらせをしに?」
住民たちが警戒している。
「皆さん、お聞きください」
バルトが街の人々に向かって大声で言う。
「私はこれまで、利益ばかりを追求してきました」
「え?」
「しかし、栄養キッチンカーさんとの出会いで、本当に大切なことを学びました」
バルトが続ける。
「今後、バルト商会は営利追求を第一とせず、人々の健康と幸せのために商売をいたします」
「マジで言ってるのか?」
「バルト商会長が?」
住民たちが驚いている。
「第一弾として、新鮮な野菜を従来の半額で提供いたします」
「半額!?」
住民たちがどよめく。
「さらに、栄養キッチンカーさんのレシピ本を無料で全戸配布いたします」
「無料で!?」
「それから、栄養相談窓口を商会内に設置し、栄養キッチンカーさんの指導の下、無料で栄養アドバイスを提供いたします」
バルトの発表に、街が騒然となった。
「すげー、本当に変わったんだ」
「これは助かる」
「バルト商会長、見直したぞ」
住民たちの反応が、明らかに好意的に変わっていく。
『(すごいな、バルトさん。本気で変わろうとしてる)』
昼過ぎ、バジル博士がやってきた。
「ほほう、バルト商会長がキッチンカーの味方になったと聞いたが」
『はい、協力してくれることになりました』
「それは心強い。あの商会の流通力があれば、栄養学の普及が格段に進むじゃろう」
博士が感心している。
「バルトさんとは以前から知り合いだが、あれほど頑固な男が変わるとは」
『人は変われるんですね』
「君の人柄が、彼の心を動かしたのじゃろう」
夕方、レオンギルドマスターも様子を見に来た。
「バルト商会との協力関係、街の話題になっているぞ」
『ありがとうございます』
「あれだけ対立していた相手を味方にするとは、君の人徳の成せる業だな」
レオンが感心している。
「これで栄養学の普及が一気に加速するだろう」
『(確かに、バルトさんの協力は心強い)』
営業終了後、バルトが改めて挨拶に来た。
「本日は本当にありがとうございました」
『こちらこそ、これからよろしくお願いします』
「明日から早速、新鮮な食材の供給を開始させていただきます」
バルトが嬉しそうに言う。
「それから、商会の料理人たちにも栄養学を教えていただけませんか?」
『もちろんです』
「私も一から勉強し直したいと思います」
バルトが謙虚に頭を下げる。
「よろしくご指導のほど、お願いいたします」
常連の3人も感想を聞かせてくれた。
「まさかバルト商会長が味方になるなんて」
ミラが驚いている。
「人生、何があるか分からないもんだな」
ガルドも感慨深げだ。
「栄養キッチンカーさんの優しさが、敵をも味方に変えましたのね」
エリーが微笑んでいる。
『(確かに、想像もしてなかった展開だな)』
翌日、俺のキッチンカーには新しい看板が追加されていた。
『バルト商会との業務提携開始
~元敵も味方に変える、愛と栄養の力~
新鮮食材の安定供給で、さらなる品質向上を実現』
この看板を見た人々が、感心したような顔をしている。
「すごいな、バルト商会を味方につけるなんて」
「これで街の食環境が大きく改善されそうだ」
バルトとの協力関係は、俺の活動を新たなステージに押し上げてくれた。
敵対から協力へ。対立から共生へ。
これこそが、俺の目指してきた理想の形なのかもしれない。
『(バルトさんが変わってくれて、本当に良かった)』
最大の敵だった相手が、今では心強い味方になった。
人は変われる。そして、優しさと真心があれば、どんな相手とも分かり合える。
俺はそれを改めて実感していた。