第2話「新人冒険者の食生活が心配すぎる件」
異世界キッチンカー生活、2日目の朝。
俺は早起きして(といってもキッチンカーに睡眠の概念があるのかは謎だが)営業準備を始めた。昨日のミラちゃんの栄養失調ぶりが頭から離れない。
『(あの子、本当に乾パンと水だけで生活してるのか?新人冒険者ってそんなに貧しいものなのか?)』
心配になった俺は、街の情報収集を開始することにした。幸い、キッチンカーは移動できるので、街中を回って冒険者たちの食生活を観察してみよう。
『(よし、まずは冒険者ギルドの前に行ってみるか)』
ギルドの前に到着すると、朝からたくさんの冒険者たちが集まっている。その中に見慣れた栗色のポニーテールを発見。
「あ、ミラちゃんだ」
ミラは他の冒険者たちと何やら話し込んでいる。
「ミラ、最近調子良さそうじゃないか?」
「うん!実は昨日、すごくおいしい定食を食べたんだ!『栄養キッチンカー』っていう移動商店があって...」
「はあ?移動商店で食事?高いんじゃないのか?」
「それが50コッパーだったの!信じられるでしょ?」
周りの冒険者たちがざわめく。
「50コッパー!?うそだろ、それじゃあ俺たちの乾パン代と変わらないじゃないか」
「でも移動商店なんて、どうせ味も量もいまいちなんだろ?」
「ううん、違うよ!お肉も野菜もお米も、全部ついてて、すっごくおいしかったの!」
『(おお、ミラちゃんが宣伝してくれてる!でも...)』
他の冒険者たちの会話を聞いていて、俺は愕然とした。
「俺なんて1日20コッパーの乾パン1つだけだぞ」
「おれは水とチーズだけで3日もつ」
「金がないときは草を食べればいいんだよ、草を」
『(ちょっと待て!それ全部アウトだろ!特に最後のやつ、それ人間の食事じゃない!)』
俺の中の栄養学知識が警報を鳴らしている。
『(炭水化物だけ、タンパク質だけ、そして草って...これじゃ全員遠からず栄養失調で倒れるぞ!)』
「でもミラ、本当にそんなに良かったのか?」
「うん!食べた後、なんだか力が湧いてきて、昨日のクエストも普段より楽だったの!」
「マジか...でも俺たち、50コッパーも余裕ないんだよな」
『(よし、これは黙ってられない!)』
俺は意を決して、ギルドの前に乗り付けた。
『今日は朝食キャンペーン!栄養朝食セット 30コッパー!』
メニュー看板にでかでかと表示する。
「おお!昨日のキッチンカーだ!」
ミラが手を振って駆け寄ってくる。
「おはようございます!今日も来てくれたんですね!」
『おはようございます、ミラさん。体調はいかがですか?』
「すっごく良いです!昨日はぐっすり眠れたし、今朝も元気いっぱい!」
『(やった!効果があった!)』
他の冒険者たちも興味深そうに集まってくる。
「おい、これが例のキッチンカーか?」
「30コッパーなら...俺でも何とか」
「でも本当においしいのか?」
『(よし、ここで一気に営業だ!)』
『本日の朝食メニュー:
・基本栄養セット 30コッパー(炭水化物+タンパク質+野菜)
・スタミナ重視セット 40コッパー(疲労回復効果重視)
・デトックスセット 35コッパー(体内浄化効果)
・学生割引セット 25コッパー(18歳以下)』
「うわ、種類豊富だな」
「デトックスって何だ?」
「学生割引まであるのか」
『(よし、まずはミラちゃんから攻めよう)』
「ミラちゃん、昨日の食事の効果はどうだった?具体的に教えてもらえる?」
俺がメニュー看板で質問すると、ミラは目を輝かせた。
「はい!まず、夜ぐっすり眠れました!普段は空腹で目が覚めちゃうんですが、昨日はぐっすり!」
「それから、今朝の体調チェックでスタミナが上がってました!」
「あと、なんだかお肌もつるつるになった気がします!」
周りの冒険者たちがどよめく。
「マジか、食事だけでそんなに変わるのか?」
「俺も最近、疲れが抜けなくて困ってたんだよな」
「肌がつるつるって、女冒険者には魅力的だな」
『(よし、今がチャンス!)』
俺は調理を開始した。まずはミラには「基本栄養セット」を。昨日の効果が出ているから、継続して栄養バランスを整えよう。
『(卵でタンパク質、玄米パンで炭水化物と食物繊維、野菜サラダでビタミン・ミネラル、そして温かいスープで体を温める)』
「うわあ、いい匂い!」
調理中の香りに、他の冒険者たちの胃袋がグーグー鳴り始めた。
「腹減った...乾パンじゃこの匂いは出ないよな」
「俺も頼んでみようかな」
一人の若い戦士が恐る恐る声をかけてくる。
「あの、スタミナ重視セットって、どんな効果があるんですか?」
『スタミナ重視セットは、疲労回復に効果的なビタミンB群と、持久力向上に必要な良質な炭水化物を中心とした構成です。特に戦士系の職業の方におすすめです』
「へー、ビタミンB群って何ですか?」
『(おお、興味を持ってくれた!)』
『ビタミンB群は疲労回復の栄養素です。不足すると疲れやすくなったり、集中力が低下したりします。肉類、豆類、緑黄色野菜に多く含まれています』
「なるほど...俺、最近疲れが抜けなくて、ダンジョンでのスタミナ切れが早いんです」
『それは典型的なビタミンB群不足の症状ですね。スタミナ重視セットをお試しください』
「わかりました!スタミナ重視セット、お願いします!」
『(よし、1人ゲット!)』
調理を続けていると、次々と注文が入る。
「俺も基本栄養セット!」
「デトックスセットって何か気になる!」
「学生割引って言われたら頼まなきゃ損だよな!」
『(うおお、大繁盛じゃないか!でも...)』
注文を聞きながら、俺は彼らの体調を観察していた。そして驚愕の事実に気づく。
『(みんな、栄養失調の症状が出てる...!)』
肌が荒れている者、目の下にクマができている者、明らかに筋力不足の者...。
『(これは深刻だぞ。ミラちゃんだけじゃない、この街の冒険者全体が栄養不足だ!)』
俺は急いで調理しながら、一人一人の症状に合わせてメニューを調整した。
『(肌荒れの人にはビタミンCを多めに、クマがある人には鉄分を、筋力不足の人にはタンパク質を重点的に...)』
30分後、全員の食事が完成。
「うわあ、すげー!本格的な食事だ!」
「この野菜、色とりどりでキレイ!」
「スープまでついてるじゃないか!」
みんなで一斉に食べ始める。
「うまい!こんなにおいしい食事、いつぶりだろう」
「体の中から温まる感じがする!」
「なんだこれ、力が湧いてくるぞ!」
『(よし!効果が出てる!)』
食事を終えた冒険者たちの表情が、明らかに明るくなっている。
「ミラの言ってた通りだ。確かに体調が良くなった気がする」
「俺も!なんか今日はいつもよりダンジョン攻略頑張れそうだ!」
ミラが嬉しそうに俺の方を見る。
「ほら、言ったでしょ?この栄養キッチンカーの食事は本当にすごいんです!」
『(ミラちゃん、ありがとう!でも、これで終わりじゃない)』
俺はメニュー看板に重要な情報を表示した。
『皆さんにお伝えしたいことがあります』
「ん?何だ?」
『現在の皆さんの食生活では、遠からず重篤な栄養失調症状が出る可能性があります』
「えええ!?」
『乾パンだけ、チーズだけの食事は、必要な栄養素が不足します。特にビタミン、ミネラル、良質なタンパク質が不足すると、免疫力低下、体力低下、最悪の場合は病気になる危険性があります』
冒険者たちの顔が青くなる。
「で、でも金がないんだよ...高い食事なんて毎日は無理だ」
「そうだよ、俺たちは貧乏冒険者なんだ」
『(よし、ここからが本番だ!)』
『ご安心ください。栄養のある食事は、必ずしも高価である必要はありません』
「え?」
『明日から、冒険者向けの栄養講座を開催します。安くて栄養価の高い食材の選び方、簡単な調理法、食事バランスの取り方をお教えします』
「マジか!?」
『さらに、常連客の皆さんには特別価格でお食事を提供します。健康な冒険者が増えることが、この街のためにもなります』
冒険者たちがざわめく。
「すげー、栄養講座まで開いてくれるのか」
「このキッチンカー、ただの商売じゃないな」
「本当に俺たちの健康を考えてくれてる」
ミラが感動したように手を合わせる。
「ありがとうございます!私も絶対参加します!」
『(よし、これで第一歩だ)』
その時、一人の年配の冒険者が近づいてきた。
「あんた、面白いことをやってるな。私はベテラン冒険者のロッドだ」
「ロッドさん、この栄養キッチンカーの食事、本当にすごいんです!」
ミラが興奮して説明する。
「ほう...確かに、最近の若い冒険者たちの食生活は心配だったんだ」
『ベテランの方から見ても、やはり問題でしょうか?』
「ああ、昔の冒険者はもっとちゃんとした食事をしていた。でも最近は安さ重視で、栄養なんて考えない奴ばかりだ」
「その結果、ダンジョンで体力切れを起こしたり、病気になって引退する若い冒険者が増えている」
『(やっぱりそうか...これは街全体の問題だな)』
「あんたのような存在は、この街には必要だ。応援させてもらうよ」
『ありがとうございます!』
ロッドさんも基本栄養セットを注文してくれた。食べた後の感想は...
「これは...確かに体に良い。久しぶりにまともな食事をした気分だ」
『(よし、ベテランのお墨付きももらえた!)』
昼前には、すっかり常連客ができていた。ミラを筆頭に、朝食を食べた冒険者たちが友達を連れてきてくれる。
「おい、これが例の栄養キッチンカーだよ!」
「マジで体調良くなるぞ!」
「30コッパーでこのクオリティは反則だろ!」
口コミ効果でどんどん客が増える。嬉しい悲鳴だ。
『(でも、やっぱりみんな栄養不足だなあ...)』
新しく来た客たちを見ても、同じような症状が見られる。この街の冒険者たちの食生活は、想像以上に深刻な状況だった。
『(よし、本格的に改革するぞ!まずはミラちゃんから、しっかりと食事指導していこう)』
ミラが昼食を食べに来た時、俺は彼女に提案した。
『ミラさん、お時間があるときに、あなたの普段の食生活について詳しく聞かせてもらえませんか?』
「え?私の食生活ですか?」
『はい。より効果的な栄養指導をするために、現状を把握したいのです』
「わかりました!でも...ちょっと恥ずかしいかも」
ミラは頬を赤らめながら、自分の食生活を教えてくれた。
「普段は朝食抜き、昼は乾パン1個、夜も乾パン1個と水だけです...」
「お金がない日は1日何も食べないこともあります」
「野菜は高いので、ほとんど食べたことがありません」
『(ひどすぎる...!これじゃあ成長期の少女の体に必要な栄養素が全然足りてない!)』
「それから、たまに安い肉を買うんですが、調理法がわからないので焼くだけです」
「調味料も塩しか持ってません」
『(調理技術も栄養知識も全くない状態か...でも、逆に言えば改善の余地は大きい!)』
『ミラさん、はっきり言わせていただきます。その食生活は非常に危険です』
「やっぱり...そうですよね」
『でも大丈夫です。今から正しい食生活を始めれば、必ず健康になれます。一緒に頑張りましょう』
「はい!お願いします!」
ミラの前向きな返事に、俺の心も燃え上がった。
『(よし、この子を健康にしてみせる!そして、街の冒険者たちの食生活も改善するんだ!)』
その後も、俺は一日中営業を続けた。夕方には、朝食を食べた冒険者たちが戻ってきた。
「おお、キッチンカーのおじさん!まだいたのか!」
「夕食も食べたいんだけど、やってる?」
『もちろんです!夕食メニューもご用意しています!』
「やった!俺、朝食べたやつのおかげで、今日のクエスト大成功だったんだ!」
「俺も!いつもよりスタミナが持続した!」
『(効果が実感できてるみたいだな。よし、夕食でさらに栄養補給だ!)』
夕食時も大盛況。気がつくと、俺のキッチンカーの周りには常に人だかりができていた。
『本日の営業は終了いたします。明日も朝8時から営業開始です!』
「また明日も来るぞー!」
「栄養講座も楽しみにしてる!」
みんなが手を振って帰っていく。
『(うん、いいスタートだった。でも、本当の勝負はこれからだな)』
俺は明日の営業に向けて準備を始めた。冒険者たちの食生活改善プロジェクト、本格始動だ!
『(ミラちゃんをはじめ、みんなに健康になってもらうぞ!栄養の力で、この街を変えてみせる!)』
夜空に誓いを立てて、俺の2日目が終わった。明日はもっとたくさんの冒険者たちに、栄養の大切さを伝えていこう。