第13話「悪徳商人がライバル店を出してきました」
異世界キッチンカー生活、13日目の朝。
バルト商会長との一件から一夜明け、俺は普段通り営業準備をしていた。
『(昨日のことは気になるけど、今日もお客さんのために最高の料理を作ろう)』
朝8時、営業開始。いつものように常連のミラがやってきた。
「おはようございます!今日も...あれ?」
ミラが途中で言葉を止めた。俺のキッチンカーの向かい側を見つめている。
『どうしました?』
「あそこに、新しいお店ができてる...」
俺も振り返ると、確かに立派な屋台が設置されていた。大きな看板には『バルト商会直営!激安食堂』と書かれている。
『(早速来たか...)』
「しかも、すごい安い値段が...」
ミラが屋台の価格表を見て驚いている。
『乾パン定食:20コッパー』
『燻製肉定食:30コッパー』
『保存食セット:15コッパー』
『(俺の半額以下じゃないか...)』
「栄養キッチンカーさんの基本栄養セットが60コッパーなのに、あっちは20コッパー...」
ミラが心配そうに俺を見る。
「大丈夫ですか?」
『(これは完全に価格競争を仕掛けてきたな)』
その時、激安食堂の店主が大声で宣伝を始めた。
「いらっしゃいませ!バルト商会直営激安食堂です!」
「どこよりも安い価格で、お腹いっぱい食べられます!」
「向かいの高いキッチンカーなんて利用する必要ありません!」
『(完全に俺を意識した営業トークだ)』
すると、俺のキッチンカーに向かっていた客の何人かが、激安食堂の方に向かい始めた。
「20コッパーか...確かに安いな」
「とりあえず腹が膨れればいいし」
「節約しなきゃいけないからな」
『(客を取られてる...)』
しかし、常連のミラは迷わず俺の方に来てくれた。
「私は栄養キッチンカーさんの料理が食べたいです!」
『ミラさん...』
「安さだけが全てじゃありませんから」
その時、ガルドもやってきた。
「おお、向かいに新しい店ができてるじゃないか」
ガルドも価格表を見て驚く。
「うわ、安いな...でも俺は栄養キッチンカーの筋肉強化メニューの方がいい」
『ガルドさんも...』
「だって、あっちは保存食ばっかりだろ?俺の筋肉には新鮮な食材の方が効くからな」
続いてエリーも到着。
「あら、ずいぶん賑やかになりましたわね...まあ、あの価格は確かに安いですわね」
『(エリーちゃんまで向こうに行ったら...)』
「でも、私は美魔女ビューティーセットの方がいいですわ。安いだけの食事では、美容効果は期待できませんもの」
『(常連の3人は来てくれた...でも)』
午前中の売上を確認すると、いつもの6割程度に落ちていた。
『(やっぱり価格の影響は大きいな)』
昼時になると、状況はさらに悪化した。激安食堂の前には長蛇の列ができている。
「安いし、量も多いし、最高じゃないか!」
「これなら毎日通えるぞ!」
一方、俺のキッチンカーの客は普段の半分以下だった。
『(このままじゃまずいな...価格を下げるべきか?)』
そんな時、激安食堂で食事をした客の一人が、苦しそうな顔をして俺の方にやってきた。
「すみません...なんだか胃の調子が...」
『どうされました?』
「向こうで燻製肉定食を食べたんですが、すごくしょっぱくて...水をたくさん飲んだんですけど、気持ち悪くて」
『(塩分過多だな)』
俺は急いで消化に良いスープを作った。
「これを飲んでください。胃を落ち着かせる効果があります」
「ありがとうございます...」
客が安心したように帰っていく。しばらくすると、今度は別の客がやってきた。
「あの...向こうの店で乾パン定食を食べたんですが、なんだか力が出なくて...」
『(栄養不足の症状だ)』
続々と激安食堂で食事をした客が、体調不良を訴えて俺のところにやってくる。
『(安かろう悪かろうか...でも、俺も価格を下げないと客が...)』
悩んでいると、バジル博士がやってきた。
「おや、君の様子がおかしいな。何か悩み事か?」
『実は...』
俺は激安食堂の件を説明した。
「ほほう、バルト商会もなりふり構わなくなったか」
「価格競争を仕掛けられて、客を取られているんです。俺も価格を下げるべきでしょうか?」
「待て待て」
バジル博士が手を上げる。
「君は価格競争の罠にはまりかけているぞ」
『罠?』
「そうじゃ。バルト商会の狙いは、君を価格競争に引きずり込むことだ」
博士が説明を始める。
「価格を下げれば品質が落ちる。品質が落ちれば、君の最大の武器である『栄養価』と『美味しさ』が失われる」
『(確かに...価格を下げるには、食材のコストを下げるしかない)』
「そうなれば、君はただの『安い店』になってしまう。それこそバルト商会の思う壺じゃ」
「でも、このままじゃ客がどんどん減って...」
「焦るな。君には向こうにない強みがある」
『強み?』
「品質、栄養価、そして何より、客への愛情じゃ」
博士の言葉に、俺は考え込んだ。
『(確かに、価格だけで勝負したら俺の負けだ。でも...)』
その時、昼食を食べに来た客が急に倒れた。
「うっ...気持ち悪い...」
激安食堂で食事をした客だった。
『大丈夫ですか!?』
俺は急いで応急処置をした。どうやら食中毒のような症状だ。
「向こうの店の燻製肉、なんか変な味がしたんです...」
『(衛生管理に問題があるのか?)』
すると、他の客からも同様の報告が相次いだ。
「俺も腹痛が...」
「気持ち悪くて仕事にならない」
激安食堂の前に救急車(この世界の治療師)が呼ばれる騒ぎになった。
「食中毒の疑いがあります!一時営業停止です!」
治療師の指示で、激安食堂は営業停止になった。
『(やっぱり安売りには理由があったのか)』
営業停止になった激安食堂の店主が、慌てて片付けを始めている。
「ちっ、バレちまったか」
「まあいい、あのキッチンカーに打撃を与えられただけでも成果だ」
店主の呟きが聞こえた。
『(最初から食中毒のリスクを承知で営業してたのか!)』
夕方、レオンギルドマスターがやってきた。
「激安食堂の件、聞いた。やはりバルト商会の仕業だったか」
『ひどい話です』
「衛生管理を無視した営業は、冒険者の健康を害する重大な問題だ。ギルドとしても見過ごせない」
レオンが怒りを露わにする。
「君は正しい判断をした。価格競争に巻き込まれなくて良かった」
『でも、一時的とはいえ客を取られました』
「心配ない。本当に良いものは必ず評価される」
その夜、常連の3人が感想を聞かせてくれた。
「今日は大変でしたね」
ミラが心配そうに言う。
「でも、栄養キッチンカーさんが価格競争に乗らなくて良かったです」
「そうだな。安くても体に悪い食事なんて意味ないもんな」
ガルドが同意する。
「私たちは、栄養キッチンカーさんの料理の価値を知ってますから」
エリーも微笑む。
『みんな、ありがとう』
「それに、今日の件で分かった人も多いはずです」
ミラが続ける。
「安いだけの食事がどれだけ危険か」
『(確かに、今回の件で多くの人が気づいてくれたかもしれない)』
翌日、激安食堂の跡地には大きな張り紙が貼られていた。
『食中毒発生のため営業停止
責任者:バルト商会』
それを見た通りすがりの人々が口々に言う。
「やっぱりバルト商会か」
「安いのには理由があったんだな」
「栄養キッチンカーの方が安心だ」
俺のキッチンカーには、昨日よりも多くの客が戻ってきた。
「やっぱりこっちの方がいいや」
「安全で美味しい料理が一番」
「健康には代えられないからな」
『(価格だけじゃない。品質と安全性で勝負することの大切さを改めて実感した)』
バルト商会の第一撃は、皮肉にも俺の価値を再認識させる結果となった。
『(でも、これで終わりじゃないだろう。きっと次の手を打ってくる)』
価格競争の罠を回避した俺だったが、バルト商会との戦いはまだ始まったばかりだった。