第12話「ダンジョン街の新名物になりつつある件」
異世界キッチンカー生活、12日目の朝。
今日も俺のキッチンカーには長蛇の列ができていた。もはや日常の光景だが、最近は他の街からも客が来るようになっている。
『(口コミってすごいな...隣町からも食べに来てくれるなんて)』
「栄養キッチンカーさん、おはようございます!」
常連のミラが元気よく挨拶してくれる。
「今日もすごい人ですね!昨日も隣の街から商人さんが来てましたし」
『そうですね。嬉しいことです』
「でも大丈夫ですか?忙しすぎて体調崩したりしませんか?」
ミラが心配してくれる。
『(優しい子だな。でも...)』
『実は、最近体調がすごく良いんです。お客さんたちの笑顔を見てると、疲れも吹き飛んじゃって』
「それなら良かったです!」
その時、行列の中から聞き覚えのない会話が聞こえてきた。
「本当にここがダンジョン街の新名物なのか?」
「ああ、『奇跡の栄養キッチンカー』って呼ばれてるらしい」
「一度食べると冒険者のレベルが上がるって噂だぞ」
『(奇跡の栄養キッチンカー...大げさな)』
「それにしても、この行列はすごいな」
「平日の朝なのに、この人数...」
行列の後ろの方では、別の会話も。
「おい、聞いたか?王都の貴族まで食べに来たらしいぞ」
「マジかよ、そんなにすごいのか」
「『食べるだけで美しくなる魔法の料理』って王都で噂になってるって」
『(魔法の料理...まあ、魔法植物は使ってるけど)』
俺は調理を続けながら、街の変化を実感していた。
朝の営業が一段落した時、見慣れない高級そうな馬車が停まった。中から出てきたのは、立派な服装をした中年男性だった。
「ほほう、これが噂の栄養キッチンカーか」
男性は俺のキッチンカーをじっくりと観察している。
『(この人は...商人?それも大きな商会の人みたいだ)』
「私はとある商会の者だが、君の商売、なかなか興味深いな」
『ありがとうございます』
「特に、その価格設定が面白い。利益を度外視した価格で、どうやって経営を成り立たせているのかね?」
『(なんか嫌な予感が...)』
『お客様の健康が第一ですので』
「ほほう、立派な心がけだ。しかし、商売は慈善事業ではない。いつまでもそんな甘いことを言ってられるかな?」
男性の目が鋭く光った。
『(この人、ただの客じゃないな)』
「ところで、君はこの地域の食材流通について詳しいかね?」
『そんなに詳しくはありませんが...』
「そうか。なら教えてやろう。この地域の食材流通は、我々『バルト商会』が一手に担っているのだ」
『(バルト商会...聞いたことがある。確か、市場を独占してる大手商会だ)』
「私がその商会長、バルト・ゴールドハンマーだ」
男性が名乗った瞬間、周りの空気が変わった。
「バルト商会長!?」
「あの悪徳商会の...」
客たちがざわめいている。
『(悪徳商会って言われてる...)』
「君のキッチンカーが話題になっているのは知っている。だが、我々の商売に影響を与えるほど大きくなるのは困る」
バルトの口調が威圧的になった。
『影響といいますと?』
「君が『新鮮な食材』だの『栄養価』だのと言い始めてから、客が我々の保存食を敬遠するようになった」
『(それは...確かに俺の影響かもしれない)』
「おかげで売上が落ちている。これは看過できない事態だ」
バルトが俺を睨みつける。
「そこで提案がある」
『提案?』
「我々の傘下に入らないか?君の技術と我々の流通網を組み合わせれば、大きな利益を生むことができる」
『(傘下...要するに買収か)』
「もちろん、破格の条件を用意する。年収10000ゴールドはどうだ?」
周りの客たちが息を呑んだ。
「10000ゴールド!?」
「冒険者の年収の100倍だぞ!?」
『(確かにすごい金額だけど...)』
『申し訳ありませんが、お断りします』
「何?」
バルトが驚いた表情をする。
『私は、お金のために料理をしているわけではありません』
「ほう、ではなんのために?」
『お客様の健康のためです』
「健康?」
バルトが鼻で笑った。
「そんな綺麗事で商売ができると思っているのか?」
『はい、できると思っています』
「甘い!甘すぎる!」
バルトが声を荒げる。
「商売の世界は弱肉強食だ。綺麗事を言ってる奴は、いずれ淘汰される」
『それでも、私は自分の信念を曲げるつもりはありません』
俺は毅然として答えた。
「ふん、後悔することになるぞ」
バルトが捨て台詞を残して馬車に乗り込む。
「君のような小さなキッチンカーが、バルト商会に逆らってどうなるか、思い知らせてやる」
馬車が去った後、客たちが心配そうに俺を見ている。
「大丈夫ですか?バルト商会を敵に回すのは危険ですよ」
「あの商会、気に入らない商人を潰すので有名なんです」
ミラも不安そうだ。
「栄養キッチンカーさん、本当に大丈夫ですか?」
『(確かに不安だけど...)』
『大丈夫です。私には皆さんがついてくれてますから』
「そうですよ!俺たちがついてる!」
ガルドが力強く言う。
「私たちも応援しますわ!」
エリーも同調してくれる。
「バルト商会なんかに負けるな!」
「俺たちは栄養キッチンカーの味方だ!」
客たちも口々に応援してくれる。
『(みんな...ありがとう)』
昼過ぎ、レオンギルドマスターがやってきた。
「バルト商会長が君のところに来たと聞いた」
『はい...』
「あの男は要注意だ。気に入らない商人に対しては、手段を選ばず妨害工作を仕掛けてくる」
『(やっぱり危険な相手なのか)』
「だが、心配することはない」
レオンが安心させるように言う。
「君には多くの支援者がいる。ギルドも君を全面的に支援する」
『ありがとうございます』
「それに、バルト商会の独占体制にも限界が来ている。新しい風が必要だったのだ」
レオンが意味深に微笑む。
「君の活動は、この街の食文化改革の先駆けなのだ」
夕方、バジル博士も心配して様子を見に来てくれた。
「バルト商会の件、聞いたぞ。大丈夫か?」
『博士も心配してくださって...』
「あの男は確かに厄介だが、君には強力な味方がいる」
『味方?』
「この街の人々全員だ。君の料理で健康になった人、救われた人、みんなが君の味方なのだ」
博士の言葉に、俺は勇気をもらった。
『(そうだ、俺は一人じゃない)』
その夜、営業終了後に常連の3人が集まってくれた。
「栄養キッチンカーさん、今日はお疲れ様でした」
ミラが労ってくれる。
「バルト商会のことは心配するな。俺たちがついてる」
ガルドが頼もしく言う。
「そうですわ。私たちは栄養キッチンカーさんの一番の理解者ですもの」
エリーも微笑んでくれる。
『みんな、ありがとう』
「でも、気をつけてくださいね。バルト商会は本当に危険ですから」
ミラが心配そうに言う。
『分かってます。でも、怖がってばかりいても仕方ないですし』
「そうですね。私たちも何かお手伝いできることがあれば、遠慮なく言ってください」
『(本当にいい仲間に恵まれたな)』
その時、俺は決意を新たにした。
『(バルト商会が相手でも、俺は自分の信念を貫く。みんなの健康のために、最高の料理を作り続けるんだ)』
街の新名物となった栄養キッチンカー。しかし、その成功が新たな試練を呼び寄せることになった。
バルト商会という強大な敵を前に、俺の本当の戦いが始まろうとしている。
『(来るなら来い。俺にはみんながついてる。絶対に負けない!)』
夜空に誓いを立てて、俺の第1章が終わった。
明日からは、さらに厳しい戦いが待っているだろう。でも、俺は怖くない。
なぜなら、俺には守るべきものがあるからだ。みんなの笑顔と健康、そして自分の信念を。