第11話「お客さんが元気になってくれるのが一番の報酬です」
異世界キッチンカー生活、11日目の朝。
新価格システムを導入してから数日、俺のキッチンカーには今まで以上に多様な客層が訪れるようになった。特に嬉しいのは、若手冒険者や金銭的に厳しい人たちも気軽に来てくれるようになったことだ。
『(やっぱり、価格の壁を下げて正解だった)』
そんな朝、いつものように一番乗りでミラがやってきた。しかし、今日の彼女は何かが違った。
「おはようございます!」
元気いっぱいの声は相変わらずだが、その雰囲気が明らかに変わっている。
『(なんだ?すごくオーラが違う...)』
「実は昨日、ギルドで大変なことがあったんです!」
ミラが興奮気味に話し始める。
「私、レベルアップしたんです!しかも一気に3レベルも!」
『3レベル!?それはすごい!』
「はい!それだけじゃないんです!」
ミラが嬉しそうに続ける。
「昨日のダンジョン攻略で、今まで絶対に無理だった中級ダンジョンをクリアできたんです!」
『中級ダンジョン!』
俺は驚いた。ミラは確か新人冒険者だったはず。それが中級ダンジョンクリアとは...
「パーティのリーダーも『ミラの集中力と持久力が異常に向上してる』って驚いてました!」
『(栄養改善の効果が出てるな)』
「弓の精度も上がったし、魔力も安定してるし...」
ミラが自分の体を見つめながら言う。
「これ全部、栄養キッチンカーさんのおかげです!」
『いえいえ、ミラさんの努力の成果ですよ』
「でも、栄養バランスの取れた食事がなかったら、絶対にここまで成長できませんでした」
ミラの目に涙が浮かんでいる。
「私、転生...じゃなくて、この街に来た時は本当に弱くて、誰からも期待されてなくて...」
『(転生って言いかけた?まあいいか)』
「でも今は、パーティのメンバーからも頼りにされるようになったんです!」
ミラが嬉しそうに笑う。
『それは素晴らしいことです。ミラさんが頑張った証拠ですね』
「ありがとうございます!今日もお願いします!」
ミラの注文を受けて調理していると、今度はガルドがやってきた。
「よお、ミラ!今日も元気だな!」
「ガルドさん!聞いてください、私レベルアップしたんです!」
「マジか!?すげーじゃないか!」
ガルドが驚く。
「でも俺も負けてないぞ!」
ガルドが胸を張る。
「昨日、ダンジョンの最深部まで一気に攻略したんだ!普通なら途中で休憩が必要なのに、最後まで全力で戦えた!」
『持久力が向上したんですね』
「ああ!しかも筋肉の疲労回復も早くなった!」
ガルドが自分の腕を見せる。確かに、以前より筋肉の質が良くなっているようだ。
「仲間からも『ガルドの戦い方が変わった』って言われてる」
『どんな風に?』
「前は力任せの短期決戦型だったんだが、今は持久戦でも余裕を持って戦えるようになったんだ」
ガルドが嬉しそうに説明する。
「戦術の幅が広がって、パーティでの役割も増えた!」
『(バランスの良い食事で、戦闘スタイルまで変わったのか)』
「これも栄養キッチンカーの筋肉強化メニューのおかげだ!」
『ガルドさんが真面目に野菜も食べてくれたからですよ』
「ハハハ!最初は野菜なんて絶対食わないって思ってたのにな!」
ガルドが豪快に笑う。
「今じゃ野菜の方が肉より好きかもしれない!」
『(それは言い過ぎでしょう)』
その時、優雅な足音が近づいてきた。エリーの登場だ。
「おはようございますわ。皆様、とてもお元気そうですわね」
「エリーちゃん!君も最近すごく調子良さそうじゃないか」
ガルドが言うと、エリーが恥ずかしそうに微笑んだ。
「実は...魔法師ギルドで史上最年少の上級魔法使いに認定されましたの」
『上級魔法使い!?』
俺も驚いた。
「はい!魔力の安定化と集中力の向上で、これまで使えなかった高位魔法が使えるようになったんですの」
「すげー!エリーちゃんも大出世だ!」
「おめでとうございます!」
ミラとガルドが祝福する。
「ありがとうございますわ。でも、これも栄養キッチンカーさんのビューティーメニューのおかげですの」
エリーが感謝を込めて俺を見る。
「スイーツばかり食べていた頃は、魔力が不安定で、簡単な回復魔法すらまともにかけられませんでしたのに...」
『(糖分過多による血糖値の乱高下が原因だったからな)』
「今では高位回復魔法『グランドヒール』まで使えるようになりましたの!」
「グランドヒール!?それって伝説級の魔法じゃないか!」
ガルドが仰天する。
「パーティの生存率が格段に上がりましたわ」
エリーが誇らしげに言う。
「それに...」
エリーが少し恥ずかしそうにする。
「お肌の調子も良くて、魔法師ギルドの男性たちからお食事のお誘いが殺到してますの」
「モテモテじゃないか!」
「でも、私の心に決めた人がいますの」
エリーが意味深に俺の方を見る。
『(え?まさか俺?)』
「それは...栄養学ですのよ!」
『(栄養学かよ!)』
「栄養キッチンカーさんのおかげで、食事の大切さを知ることができましたの」
3人が揃って俺の前にいる光景を見て、胸が熱くなった。
『(みんな、本当に健康になって、実力も向上して...)』
「あの...」
俺は3人に伝えたいことがあった。
『皆さんの成長ぶりを見ていると、本当に嬉しくなります』
「栄養キッチンカーさん?」
『前世...じゃなくて、以前の俺は、誰かの役に立てているという実感がありませんでした』
3人が真剣な顔で聞いている。
『でも、皆さんの成長を見ていると、自分も価値のある存在だと思えるんです』
「栄養キッチンカーさん...」
『お金を稼ぐことも大切ですが、皆さんが元気になってくれることが一番の報酬です』
ミラの目に涙が浮かんだ。
「私たちも同じ気持ちです」
「ああ、俺もだ」
「私もですわ」
『ありがとうございます』
その時、他の客たちも成長報告をしに来てくれた。
「栄養キッチンカーさん!俺もレベルアップしました!」
「魔法使い用メニューのおかげで、魔力が2倍になりました!」
「持病の貧血が完全に治りました!」
「夜盲症も改善されて、盗賊として活動しやすくなりました!」
次々と報告される成長の話に、俺は感動で胸がいっぱいになった。
『(みんな、本当に健康になってくれてる...)』
昼過ぎ、バジル博士がやってきた。
「君の活動の成果を調査していたのだが、驚くべき結果が出た」
『どのような結果ですか?』
「この街の冒険者の平均レベルが、この1週間で15%向上している」
『15%も!?』
「さらに、ダンジョン攻略の成功率も30%アップしている」
バジル博士が興奮気味に説明する。
「これは統計的に異常な数値じゃ。君の栄養改善活動が、街全体の冒険者のパフォーマンスを向上させている証拠じゃ」
『(そんなに大きな影響を...)』
「ギルドマスターも驚いておった。『この街の冒険者たちが急激に強くなっている』と」
夕方、レオンギルドマスターが直接やってきた。
「君の活動の成果が、数字として現れている」
『ありがとうございます』
「冒険者の死亡率が40%減少、重傷者も50%減少している」
レオンが感慨深げに言う。
「君が来てから、この街の冒険者たちが見違えるように強くなった」
『(そんなに多くの命を救えているのか...)』
「これまで栄養失調で引退を余儀なくされる冒険者が年間100人以上いたが、今年はゼロになりそうだ」
レオンの言葉に、俺は改めて自分の活動の意義を実感した。
『(100人以上の人生を変えることができたのか...)』
夜、営業終了後に常連の3人が感想を聞かせてくれた。
「今日は特にたくさんの成長報告がありましたね」
ミラが嬉しそうに言う。
「みんな本当に元気になってる。街全体が活気づいてるのが分かる」
ガルドも同感だ。
「栄養キッチンカーさんは、この街の英雄ですわ」
エリーの言葉に、俺は首を振った。
『英雄なんかじゃありません。ただ、美味しくて栄養のある食事を作っているだけです』
「でも、その『ただ』が、こんなにも多くの人を幸せにしてるんです」
ミラの言葉に、俺は深く頷いた。
『(そうか...俺の『ただの料理』が、こんなにも価値のあることだったんだ)』
その夜、俺は一人で考えていた。
『(前世では、自分の存在価値を見つけられなかった。でも、この世界では確実に誰かの役に立てている)』
お客さんの笑顔、成長報告、感謝の言葉...全てが俺にとって最高の報酬だった。
『(お金では買えない、本当に価値のあるものを手に入れることができた)』
明日も、一人でも多くの人に栄養のある食事を提供しよう。それが俺の使命であり、最大の喜びなのだから。
『(みんなの成長が、俺の成長でもあるんだな)』
夜空を見上げながら、俺は心から満足していた。これ以上の幸せはないと思えるほどに。