第10話「初めての売上1000コッパー達成記念」
異世界キッチンカー生活、10日目の夜。
魔法植物メニューの大ヒットで、俺のキッチンカーは連日大盛況だった。夕方の営業終了後、俺は今日の売上を確認していた。
『【本日の売上:1,247コッパー】』
『(ついに...1000コッパー達成した!)』
転生してから10日間、目標にしていた売上1000コッパーをついに突破した瞬間だった。
『(前世のサラリーマン時代の日給より稼いでるじゃないか...)』
でも、なぜか純粋に喜べない自分がいた。
『(売上は上がったけど...これでいいのかな?)』
その時、最後の客として常連の3人がやってきた。
「お疲れ様です!今日も大盛況でしたね!」
ミラが嬉しそうに言う。
「俺も昼間見てたけど、すげー行列だったな」
「魔法植物メニューは大人気ですわね」
『(みんなは喜んでくれてるけど...)』
「栄養キッチンカーさん?なんだか元気がないみたいですけど...」
ミラが心配そうに声をかけてくる。
『実は...今日、初めて売上1000コッパーを達成したんです』
「えええ!?すごいじゃないですか!」
「おめでとう!」
「素晴らしい成果ですわ!」
3人とも祝福してくれるが、俺の表情は晴れなかった。
『でも...なんだか複雑な気分で』
「複雑?」
『売上が上がるのは嬉しいんですが、魔法植物メニューの価格を見て諦めて帰るお客さんもいるんです』
「あ...」
ミラが気づいたような表情をする。
「確かに、魔法植物メニューは高いからなあ」
ガルドも同意する。
「でも、効果を考えれば妥当な価格ですわよ?」
エリーがフォローしてくれるが、俺の心はもやもやしていた。
『さっき、若い冒険者が来たんです。魔法植物メニューを見て、すごく食べたそうにしてたんですが...』
俺は昼間の出来事を思い出していた。
その冒険者は、明らかに栄養失調気味だった。でも懐の小銭を数えて、諦めたように普通のメニューを注文したのだ。
『「いつか魔法植物メニューも食べてみたいです」って言って帰っていきました』
「そんなことが...」
『俺は何のために料理してるんだろうって考えちゃって』
3人が真剣な顔で俺の話を聞いている。
『お金を稼ぐためなのか、それとも...』
「栄養キッチンカーさん」
ミラが口を開いた。
「私、最初にここに来た時のこと覚えてます?」
『もちろんです』
「あの時、私すごく貧乏で、50コッパーでも大金でした」
ミラが懐かしそうに振り返る。
「でも、栄養キッチンカーさんは『学割メニュー』って言って、安くしてくれました」
『(そうだった...最初は利益度外視だったな)』
「あの時、もし高い値段だったら、私は絶対に食べられませんでした」
「俺もだ」
ガルドが続ける。
「俺が最初に来た時、栄養キッチンカーは価格じゃなくて、俺の健康を心配してくれた」
「私もですわ」
エリーも言う。
「私のスイーツ依存を治そうと、一生懸命メニューを考えてくださいました」
『みんな...』
「栄養キッチンカーさんが一番大切にしているのは、お客さんの健康ですよね?」
ミラの言葉に、俺ははっとした。
『そうだ...俺が一番大切にしているのは...』
「お金じゃない、みんなの健康だ」
俺の中で、もやもやしていた気持ちが晴れていく。
『(そうだった。俺は儲けるために料理してるんじゃない。みんなに健康になってもらいたいから料理してるんだ)』
「でも、魔法植物は高価だから、どうしても値段が...」
『(そうだ、問題は魔法植物メニューの価格設定だ)』
俺は新しいアイデアを思いついた。
『みんな、新しいシステムを考えてみたんですが...』
「新しいシステム?」
『「健康ポイント制度」はどうでしょう?』
「健康ポイント?」
『常連のお客さんには、来店回数や健康改善度に応じてポイントを付与します』
「ほうほう」
『そのポイントで、魔法植物メニューを割引価格で提供するんです』
「おお!それいいですね!」
『さらに、健康に困っている人には「健康相談割引」を適用します』
「健康相談割引?」
『体調不良や栄養失調の症状がある方には、治療目的として特別価格で提供するんです』
「まあ!素晴らしいアイデアですわ!」
エリーが手を叩いて喜ぶ。
『それから、「友達紹介制度」も作ります』
「友達紹介?」
『常連さんが新しいお客さんを連れてきてくれたら、両方に割引を適用します』
「これで、みんながもっと気軽に魔法植物メニューを試せますね!」
ミラが興奮している。
『でも、一番大切なのは...』
俺は自分の商売スタイルを明確にした。
『利益よりも、お客さんの健康を最優先にするということです』
「かっこいい!」
「さすがだ!」
「素敵な考えですわ!」
『もちろん、適正な利益は必要です。でも、お金に困っている人を見捨てるような商売はしたくない』
俺の決意は固まった。
『明日から、新しい価格体系で営業開始します!』
翌朝、俺は新しいメニューボードを掲げた。
『★健康第一価格システム★
【基本料金】
・基本栄養セット:60コッパー
・職業別専用メニュー:80-120コッパー
・魔法植物メニュー:150-300コッパー
【割引制度】
・学割:20%OFF(18歳以下)
・健康相談割引:30%OFF(要相談)
・常連ポイント:来店5回で10%OFF、10回で20%OFF
・友達紹介:両方に15%OFF
・緊急時無料サービス:重篤な栄養失調の場合』
『(これで、お金に困っている人でも安心して来られる)』
新システムの評判は上々だった。
「これなら安心して魔法植物メニューにも挑戦できる!」
「友達を連れてくるのが楽しみ!」
「常連ポイントがあるなら、毎日来たくなる!」
特に、昨日諦めて帰った若い冒険者が戻ってきた時は嬉しかった。
「あの...健康相談割引って本当ですか?」
『もちろんです。どのような症状でお困りですか?』
「最近、すごく疲れやすくて、ダンジョンでも力が出なくて...」
『(典型的な栄養失調症状だ)』
『それでしたら、健康相談割引を適用させていただきます。まずは基本栄養セットから始めて、体調を整えていきましょう』
「本当にありがとうございます!」
若い冒険者の嬉しそうな顔を見て、俺は心から満足した。
『(これだ。これが俺の求めていた商売スタイルだ)』
午後、バジル博士がやってきた。
「ほほう、新しい価格システムかね?」
『はい。より多くの人に魔法植物の恩恵を受けてもらいたくて』
「素晴らしい考えじゃ。実は、私も協力したいことがあってな」
「協力?」
「魔法植物の栽培量を増やして、コストを下げる研究をしておる」
『本当ですか!?』
「君の理念に共感してな。お金持ちだけでなく、困っている人にも魔法植物の力を届けたい」
『博士...』
「研究が成功すれば、魔法植物メニューの価格をさらに下げることができるじゃろう」
俺は感動した。自分の理念に共感してくれる人がいることが、何より嬉しかった。
夕方、レオンギルドマスターが視察に来た。
「君の新しいシステム、街中で話題になっているぞ」
『ありがとうございます』
「特に、緊急時無料サービスは素晴らしい。ギルドとしても推奨したい」
『(ギルドマスターのお墨付きまで!)』
「実は、ギルドでも『冒険者健康保険制度』を検討していてな」
「健康保険?」
「重傷を負った冒険者の治療費を、ギルドが一部負担するシステムだ」
『それは素晴らしいアイデアです!』
「君のキッチンカーでの栄養治療も、保険適用の対象にしたいと思っている」
『(これで、もっと多くの人を助けられる!)』
その日の売上は1050コッパーだった。割引を多用したにも関わらず、客数の増加で売上は維持できていた。
『(利益を追求するだけじゃなく、社会貢献もできる商売スタイル...これが俺の目指すべき形だ)』
常連の3人が最後に感想を聞かせてくれた。
「今日は特に多くの人が笑顔で帰っていきましたね」
「俺も友達を何人も紹介したくなった」
「この価格システム、きっと街中に広まりますわ」
『みんなのおかげです。本当にありがとう』
「私たちこそ、ありがとうございます」
ミラが真剣な顔で言う。
「栄養キッチンカーさんがいてくれるおかげで、この街の冒険者たちがどんどん元気になってます」
「それが一番の報酬だ」
ガルドも同意する。
「お金じゃ買えない価値がありますわね」
エリーの言葉に、俺は深く頷いた。
『(そうだ。お客さんの笑顔と健康、それが俺にとって最高の報酬なんだ)』
売上1000コッパー達成は確かに大きな節目だった。でも、それ以上に大切なことを再確認できた日だった。
儲けよりも人々の健康を優先する商売スタイル。これこそが、俺の異世界キッチンカー道なのだ。
『(明日も、一人でも多くの人を笑顔にするぞ!)』
夜空に誓いを立てて、俺の記念すべき10日目が終わった。