第1話「死んでもコンビニ弁当は卒業できませんでした」
俺の名前は田中健太、29歳。ブラック企業で働く典型的な社畜だった。
過去形なのは、ついさっき死んだからだ。
『(えーっと、これ夢だよな?夢だと言ってくれ...)』
目の前に広がるのは、見たことのない街並み。石造りの建物が立ち並び、剣と魔法の世界みたいな格好をした人々が歩いている。そして俺自身は...
『(なんで俺、車なんだよ!しかもキッチンカー!?)』
そう、俺は四輪の移動販売車になっていた。鏡で確認した自分の姿は、見覚えのあるキッチンカーそのもの。前世でよく昼食を買っていた、あのタコス屋台とそっくりだった。
「おお、新しい移動商店か?」
通りすがりの冒険者らしき男が興味深そうに俺を見ている。筋骨隆々で、大きな剣を背負っている典型的な戦士タイプだ。
『(話しかけられた!どうしよう、返事できるのか?)』
試しに意識を集中してみると、俺の車体についているメニュー看板が光った。
『本日のおすすめ:???』
「ほう、魔法で動く看板か。珍しいな」
男は感心したように頷いている。どうやら文字を表示することで意思疎通ができるらしい。
『(とりあえず何か作れるのか確認してみよう)』
車体の内部に意識を向けると、なぜか調理器具の使い方が頭に入ってくる。冷蔵庫、コンロ、フライパン...全部使える。そして食材も豊富に揃っている。
『(すげー、本格的なキッチンじゃん。でも何を作ればいいんだ?)』
その時、俺の前をフラフラと歩く少女の姿が目に入った。
栗色の髪をポニーテールにまとめた16歳くらいの少女。弓を背負っているから冒険者なんだろうが、顔色が悪い。というか明らかに栄養失調だ。
『(うわあ、あの子やばくない?頬がこけてるし、歩き方もフラフラしてる)』
少女は俺の前で立ち止まると、メニュー看板を見上げた。
「移動商店...か。でも、どうせ高いんだろうなあ」
ため息をつきながら、懐から小さな袋を取り出す。中身を確認して、さらに深いため息。
「乾パンと水で今日も我慢するしかないか...」
『(ちょっと待て!乾パンと水だけ!?それ確実に栄養失調コースじゃん!)』
前世で健康診断に引っかかった俺は、一時期栄養学にハマったことがある。その知識から見ても、少女の食生活は危険すぎる。
『(タンパク質、ビタミン、ミネラル...全部足りてない。このままじゃ体力も免疫力も落ちて、ダンジョンで死ぬぞ)』
気がつくと、メニュー看板に文字が浮かんでいた。
『本日の学割メニュー:栄養バランス定食 50コッパー』
少女の目が見開かれる。
「え!?50コッパー!?そんな安い食事があるの!?」
『(あ、勝手に体が動いた。でも50コッパーって安いのか?)』
少女が慌てて袋の中身を数える。
「50コッパー...ぎりぎりある!お、お願いします!」
『(よし、作るぞ!でも何作ればいいんだ?栄養バランスの良い定食って...)』
そんな俺の迷いをよそに、体は勝手に動き始めた。まるで何年も料理をしているかのように、手際よく食材を切り、調理していく。
『(おお、すげー!体が勝手に覚えてる!)』
15分後、できあがったのは見事な定食だった。
メインは鶏肉のソテー。タンパク質豊富で消化も良い。付け合わせには緑黄色野菜の炒め物。ビタミンとミネラルを補給できる。ご飯は雑穀米で食物繊維もばっちり。そして具だくさんの味噌汁でさらなる栄養補給。
「うわあ...すごい、こんな豪華な食事...」
少女の目がキラキラと輝いている。俺も思わず胸が熱くなった。
『(よし、これで栄養失調は回避だ!)』
少女は恐る恐る箸を取ると、まず鶏肉を一口。
「!!!」
その瞬間、少女の表情が一変した。
「おいしい...こんなにおいしい食事、初めて...」
涙を浮かべながら、がつがつと食べ始める。その様子を見ていると、なんだか嬉しくなってきた。
『(うん、やっぱり人においしいものを食べてもらうのっていいな)』
完食した少女は、満足そうにお腹をさする。
「ごちそうさまでした!体の奥から力が湧いてくる感じがします!」
『(そりゃそうだ。栄養バランス考えて作ったからな)』
少女は50コッパーを支払うと、名前を教えてくれた。
「私、ミラです。ミラ・フォレスト。新人冒険者です!」
『(ミラちゃんか。可愛い名前だな)』
メニュー看板に文字を表示する。
『ありがとうございました。また来てください - 栄養キッチンカー』
「栄養キッチンカー...面白い名前ですね!また絶対来ます!」
手を振りながら去っていくミラ。その後ろ姿は、さっきよりもしっかりとしているように見えた。
『(よし、これで一安心...って、あれ?なんか体に変化が?)』
ミラが満足してくれたおかげか、俺の体に新しい機能が追加されたような感覚がある。
『調理レベルが上がりました。新メニューを覚えました:野菜炒め定食』
『(おお!ゲームみたいにレベルアップするのか!これは面白いぞ!)』
その時、俺の前に大柄な戦士が現れた。さっき俺を見ていた男だ。
「おい、さっきの嬢ちゃんが食ってたやつ、俺にも作ってくれるか?」
『(お、2人目のお客さんだ!)』
男の体格を見ると、筋肉質で体脂肪率は低そう。でも明らかにタンパク質に偏った食事をしているタイプだ。
『(この人には炭水化物多めで、疲労回復効果のあるビタミンB群を...)』
メニュー看板に表示する。
『本日のおすすめ:スタミナ回復定食 80コッパー』
「スタミナ回復?面白いじゃないか!頼む!」
『(よし、今度はスタミナ重視で作ってみよう!)』
こうして俺の異世界キッチンカー生活が始まった。
前世では毎日コンビニ弁当ばかり食べていた俺が、今度は人に栄養のある食事を提供する側になるなんて、人生(?)わからないものだ。
『(でも悪くないな、この生活。みんなにおいしいものを食べてもらって、健康になってもらえるなら...)』
夕日が街を染める中、俺は明日からの営業に向けて準備を始めた。この異世界で、俺なりの方法で人々の役に立ってみせる。
栄養バランスの力で、冒険者たちを支えてやるんだ!
『(よし、明日はもっとたくさんのお客さんに来てもらうぞ!)』
こうして、史上最も健康志向なキッチンカーの冒険が始まったのだった。