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第9話 推しは世界を変える



 技師さんは困った顔で俺に言い聞かせる。


「うーん、例えばですよ。病気の人には子どももいます。おばあさんもおじいさんも、女性もいます。これは治験なんです。」


 技師さんは子どもに言い聞かせるように優しく俺に話しかける。


「それで、最初はマップの中を軽く動いたり、選択肢をタップするだけの軽い動作のゲームが好ましい、でも一からそう言うプログラムを作るのは大変で時間もかかるので、今は乙女ゲームを代理で使っているんです。ゲームをしたことのない人でも、会話だけのゲームなら簡単に覚えられますからね。最近の他のジャンルのゲームは難しくて」


 そういやゲームをしたことがない人っているのか、まあいるか……。

 たしかに最近のゲーム、難易度高いからなあ。


「まあそりゃ茅原さんみたいな若い男性もいらっしゃいますけど。子どもやおばあさんもこの機器で現実で動くリハビリをするんですよ、それなのに動きの激しいゲームや、血なまぐさいゲーム、最近の露出度の高い紐みたいな水着キャラのゲーム、そんなの遊ばせられないんですよ」


 うっ、確かに……。最近のゲーム、激しいもんな……。色々と。


「これはあくまでテストですから。もし本当に精神的に無理な場合辞退も出来ますので……」


 技師さんは軽く頭を下げて退室した。

 軽いお願いのつもりだったけど思ったより無理そうだな……。


 このゲーム、たしかに内容はともかく歩いて会話するだけ(音声入力もタップで選択もできる)だから軽い運動にいいのか。

 そう言う視点はなかったな……。


 なんか俺のわがままを見せつけてしまって恥ずかしい気持ちになってしまった。

 とりあえず心機一転、心を入れ替えて乙女ゲーの世界とやらを堪能するか。

 世間で噂の悪役令嬢とかもまだ本格的に見てないしな。俺の好きな絵師さんがハマってるキャラがいたはずなんだ。



 休憩時間にトイレに行って軽くお茶を飲んだりして今日の攻略の後半戦に入る。


 幸い、バイオリン男と闇堕ちホストはそこまで苦痛なキャラではなかった。バイオリン男はバイオリンが上達してハッピーエンド。


 闇落ちホストみたいなやつは女相手に媚びを売り、結婚相手を探す貴族の養子だったのが、同じ境遇のヒロインと意気投合して学園を卒業して一緒に商売を始めるという爽やかなストーリーだった。ホストなの見た目だけだったわ。


 普段やらないタイプのゲームだが最後の2つは割と良かった。


 さっきの闇落ちホストのお陰で全キャラ視点でスタート、全員を攻略対象に出来るはずである。

 俺は意気揚々とヒロインを選び、ずっと気になっていたキャラにアタックすることにした。今回は百合狙い。

 ちょっとだけ出てきた王太子の婚約者、公爵令嬢グリセルダ・フォン・リーフェンシュタールがすっげーキツい物言いでとても俺の好みだったのだ。


 時間が余っているのでもう一周だ。


「グリセルダ様♡」


 と、俺は優しく呼びかけるものの


「チケンか……貴様、またマナーのレッスンをサボったな。やる気があるのか? 王太子の后になるやもしれぬ娘が、そのような体たらくとは恥を知れ!」


 ついに来たよ! 俺こういうの大好き~~~~~!


 翻訳すると「お前はお妃になるのですから、マナーは大事ですよ。勉強してくださいね」って言ってるんだ。俺には分かる。


「グリセルダ様が教えて下さいませ♡」


 しかし、このヒロイン最後に何でもハートつくのどうにかならねえかな。


「マナーは私の管轄ではない。マナー教師のハンケに教えを乞うように。私に貴様にかまっている時間などははない。今のお前は学生とも流民とも区別がつかぬ有り様だ、一刻も早く貴婦人としてのマナーを習得しろ。」


 そういって、グリセルダ嬢はよく似合っている男装に、マントを颯爽とひるがえし去って行った。この人剣術部の主将でもあるんだよな。


 あのマッチョ先輩がこてんぱんに負かされてヒロインが慰めるイベントなんかがあった。汗臭いマッチョ先輩よりも大分強いのだ。


 その後も俺はグリセルダ嬢にくっつき虫になって好感度を上げる努力をしたがグリセルダ嬢は1ミリも顔面筋が揺らがない。


 そうそう、そうでないと!!

 そのくらいクールビューティーじゃないと攻略のしがいが無いぜ!


 俺は媚びられるよりも塩対応される方が興奮するんだよ!


 しかし、グリセルダ嬢への好感度は1ポイントも上がらず、数十分後、俺は作中で最も地味なエンド『一般企業に就職!』を回収した。


 その直後、もう一周やるか、と思った直後、俺は現実に戻ってしまった。


「お疲れ様です、少し早いですがきりの良いところで終わったのでここまでにしましょう」


 技師さんが相変わらず愛想よく告げる。


「ああ~、あのキャラ気になってるからもう一周くらいしたかった……流石に夜もするのは駄目ですよね」

「駄目ですねえ。1日何時間なら安全なのかの調査も検査の目的ですから。明日のお楽しみにしてください」

「はい……」


 ちょっとがっかりだが、仕事だもんな。しょうがない。

 昨日まではこのゲームから逃げたかったのに、推しができた瞬間この変わりよう。我ながら行動に一貫性がないな。


 ふと、看護師さんが何かを言いたそうにしているのに気がついた。

 俺はハッとする。


「あ、看護師さん、ネタバレは無しで! せっかく気になるキャラが出来たんで初見の楽しみを大事にしたいので……!」


 俺はオタク丸出しの発言をしてしまったがしょうがない。俺はネタバレを気にするタイプのオタクだ。自分に嘘はつけない。


「わかりました! 是非とも初見の感動、楽しんでくださいね!」


 看護師さんは満面の笑みで親指を上に上げた。この人看護師なんだかオタクなんだかわかんねえな。


 その日はネタバレを踏まないようにしつつ、今日も美味しい病院食を食べて適当に動画を見たり、ゲームのデイリーで時間を潰しその日は終わった。





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