第89話 引き金は羽のように軽く
俺の自虐にインテが反応する。
「そんなことありません! 置かれた状況でチケン様は最善の行動をなさっているかと! 見る目のない法務官どものことは気になさらずとも大丈夫です! このボンクラ法務官どもはそんなんだから長官の調査から発見までこんなに時間かかってるんですよ、何年かかってると思ってるんですか! 48年2ヶ月ですよ! 最高学府を出て最高難易度の採用試験を受けた自称エリート(笑)の皆様なんじゃないんですか?!」
インテは俺の味方である。本当にいい鞄だ……。
でもそれはちょっと煽り過ぎだと思う。吉田さんがちょっと眉間ピキピキしてる。もう辞めて欲しい。この人絶対怒らせたくない。
「そういえば茅原さん、原因のわからない不調とか有りませんでした?」
清野さん(病院の姿)が話題をそらすかのように俺に聞く。心当たりはある。
「ありました。前日きっちり寝たのに4層に入った途端頭が回らなくて、状態異常で疲労が出て半日くらい寝込んだんですよね、ボスモンスター倒したら回復したんですが……」
「レベルアップの時は管理サーバーと通信する仕様のお陰で状態異常が治るんですよね。一応囚人の健康管理はしてますよみたいな体をとってるので……」
そう言う理屈で全回復するんか。なるほど……雑というかなんというか。
「しかしこれで、内務庁側はあえて日本側のテスターの侵入を明確に妨害しているのが解りましたが……もしかして潜入捜査バレてる?」
清野さんが困った顔をすると、吉田さんが返す。
「いや、さっきカハールカさんからログ貰ってきたんですけど。アメリカ人とドイツ人でタッグを組んで『邪魔なジャップを殺して賞金山分けしようぜ』って事になってたらしいですよ。姫を殺すとなんだか1500万ドルだかユーロだかの社長からの報奨金が出るってことで。それで現地スタッフも協力してこっちのジャミングをしてるみたいです……バレてはいないみたいです」
吉田さんのセリフにゾッとした。あのアメリカ人もグルだったんかよ。俺は律儀に冥福を祈ったのに。
「アレなんですよね、現地徴用スタッフには『これはゲームなんだ』っていって更に良心を無くさせることを言って、嗜虐心に火をつけてるというか……内務庁側がいかにこちらが邪魔かという気持ちが伝わってきますね」
「それで、あのアメリカ人装備丸裸にして殺されてたんだ……」
「そうでしょうね、1500万ドルって、こっちの人の生涯年収の平均値遥かに超えてますもんね……それが、ゲームの中のキャラを殺すだけで手に入れられるんですもん、ゲーム内の殺人と思えばなおさら容易になりますよね。実際には、私達にとってはほとんど実際の殺人と変わらないんですけど……」
あの手触りは全部実物としか思えなかったもんな。俺も最初リアルなゲームだと思ってたし……。
「……あのアメリカ人とかどうなったんでしょうね?」
「うーん、多分牢獄自体が解体されるか、アメリカにあるっぽい本体がどうにかなるかまでどうにもならないでどこかで亡霊か悪霊になって放置なんじゃないですかねえ、そもそも中の様子が見れないんですよこちらから。こちらの刑務所でも面会回数や日時が決められてるみたいに」
もしジャミングがなくて、ドイツ人とアメリカ人が割とまともで、仲間に誘われてお姫様を殺したらお金が出るって言われたら俺は参加したんだろうか。
もし知らずにお姫様を殺すことになったとして、グリセルダやおタヒと出会ったら俺は見捨てられるんだろうか。わからない。自信がない。
今回は、彼女らの人生を知っていたから俺は見捨てられなかった。でも俺は自分のことをあまり信用していない。
日本円でも1500万ドルはとんでもない金額だ。数十億円。目がくらむことはあるだろう。
いや、俺の性格だと詐欺を疑って逃げそう。俺小金にしか縁が無いから……。そのクラスのお金って現実感がないんだよな、あまりにも。
「チケン様?」
俺の様子を見たインテがまた心配そうな声を出していた。顔に出ていたか……。ポーカーフェイスの練習もしたいところだ。
「大丈夫だよ、気にしなくていい」
何の根拠もなく答えて俺は膝の上のインテを撫でた。
ふと時計を見るともう23時を回っていた。そろそろ寝た方が良いんだろうが、なんか聞きたくないことも一杯聞いてしまって寝られるかわからない。
「ええと、それで。結局、その姫を発見したら終わりですか?」
「そうだといいのですが、結局最下層から出ることになるかと……。最下層から出るイコール満期出所ということなので、これだけは内務庁もケチのつけようがないはずなんです。姫はあれでなかなかお強い方ですので、性格を抜きにすれば足手まといにはならないかと……」
性格を抜きにして、ってなんだよ。期待してしまうではないか……。
でも別方向の性格の悪さかもしれないしな。俺、正論で殴ってくるタイプのキャラには興奮するけど、ワガママでただのサイコパスなやつは全然ピクリとも反応できないんだよな。
俺の性癖に合うタイプの性格だといいんだがなあ。いや、よくないかも知れない。邪念が入ってしまう。
邪念はクリアしてからじっくり噛み締めたいが、スマホもカメラも持ち込めないから思い出の写真も撮れないんだよな……。
インテの画像保存機能みたいなの、俺のスマホにデータ送ってもらえるといいんだが、許可出るんかな……。
そういえば、俺はもともと金のために治験を始めた。それがなんでこんな壮大なよくわからないことに巻き込まれているのかわからない。
何故だろう、あんなに魅力的だった現金よりも、今はただ最下層にたどり着きたいという気持ちのほうが大きい。たった6日で俺の人生は明らかに変化している。
俺は再ログインするために、バイト代を放棄してもいいとすら思っていたのだ。今の俺には大金のはずなのにな。
理由はわかっているが、わからないふりをしたほうが賢明だろう。
わかっていてもきっと俺には何もどうにも出来ない。
「あの、グリセルダやおタヒや王太子や村の人もクリアしたらあそこから出られて自由の身になれるんですか?」
「それは……ええ、そうなるよう全力で取り計らいます。彼女たちも被害者の一人なので、名誉や財産などは回復されなければなりません」
四方さんが約束してくれた。少なくとも、着の身着のまま放り出すようなことはこの人たちはしないだろう。もし自由になって幸せになる様子が見られるのなら嬉しい。
俺は寝る時間であることを伝え、ごろりと横になった。透明なドーム内が暗くなり、眠りにつくには最適な環境になる。
不思議と寝返りを打ってもケーブルはじゃまにならない。明日の昼にはまた再ログインするので、体調は整えておいたほうがいいだろう。
「チケン様」
インテが俺を呼ぶ。
「大丈夫です、インテもお側に居ります。これからバージョンアップをして今までよりは大分役に立つと思いますので……」
「頼りにしてる。明日会うの楽しみにしてるな」
インテを改造する、というので俺はインテを吉田さんに預けて眠りにつくことにした。




