第82話 間話8:ヴィルステッド村 再び
「ちょっと休憩します!」
そう叫んで以降チケンは横になって目を覚まさない。それに加えて謎の緑の光。村人は動揺する。何が起きたのかさっぱりわからないからだ。
「い、今の緑の光は!?」
「それは大丈夫よ、チケンの魔法なの。1日3回だけ、誰かに幸運を分けてあげられる魔法なんですって。成功すると緑に光るの」
「な、なるほど……」
「ふむ……チケンのやらかした理由がわかった気がするな」
グリセルダはチケンを抱き上げながらため息を付く。本人が入ればスクショ! スクショ!と絶叫するであろう光景だ。
「どういうこと?」
「要するに、ズルをしたのだ。抜け道とでも言うべきか。チケンはあれでもこの村の者に大変な感謝をしていた。だから、この村の者にわずかでも幸福を分け与えたかったのだろう。そこで試したのだろうよ、残り一回を一度に全員にやればそれでも一回だ、という屁理屈を」
そして、おタヒがステータスの概念を説明すると、なんと村人たちもステータスを確認することが出来、全員に幸運が+15されていた。おタヒも村人もグリセルダの解説に納得したようだ。
「なるほどねえ、いい考えだわ。あいつにしてはやるじゃない。私も今度真似してみようっと。でもなんで倒れたの?」
「あやつ魔力が初期値なのだ。MPが足りなかったのであろうよ……」
「法力が切れたのね……うーん、身の程知らずの馬鹿ね。愚かしいったらないわ」
おタヒはチケンが倒れた理由が魔力切れであることを知り、安堵する。なので、辛口コメントをズケズケと口にしているが、これもチケンが聞けば「生で聞きたかったな~」と言っただろう。
「回復するまで少し休むか」
「そうね! あ、休みの間暇だから符の見本増やすわね! 何か困り事あったら言って頂戴、使えそうな符を作るわ!」
「私はチケンを見ていよう」
「おねがいね」
そこで、ふと気がつく。インテがやたら静かなのだ。こんな時真っ先に喋りそうなのに。しかし、村人の前だ。インテがいくら口数が多いとはいえ賢いカバンだ。場を見て喋る機会を狙っているのだろう。
「少し静かな部屋をお借りしても?」
「ええ、勿論です! さあこちらへ」
昨日通された寝室にまた案内される。グリセルダは眠るチケンの靴を脱がせ、服を緩めてベッドに寝かせる。自分は横にあったスツールに腰を掛け、チケンを見守るついでにインテに声を掛ける。
「インテ嬢、喋れるか? 小声で頼む」
「はい! 空気を読める宇宙随一のインテリジェンスパックインテ、勿論喋れてございます!」
小声でハキハキと返事をするインテに、ほんの少しグリセルダは安心した。
「チケンは生きているのか?」
「説明が難しいですね……生きてはおりますが魂はここにない状態です。迷宮から一時的にログアウトしておりますね。おそらく現実の体のある場所に復帰しているのかと。死んでいる場合体も消滅しますから、生きてはおられるはずです」
「生きているのなら良い」
窓の外を見た。今日も昨日のようにヴィルステッド村は春のような日差しに花が咲き蝶が舞う美しい村だ。本当ならこんな村への滞在は心が落ち着く出来事のはずだ。
それなのに、チケンがいないだけでなんとなくさみしい気持ちがする。
小姑で子犬のような、男か女かもよくわからないこのチケンにずっと助けられてきた。今度はグリセルダがどうにか助けてやりたいが、その術は持っていない。おタヒにも無理だろう。
まるで、子どものようなチケンの小さな手を握る。ほんのり冷たくて不安になる。
グリセルダは本当なら一人で最下層に行くつもりだったのに、それで失敗しても後悔しないつもりだったのに。どうしてこんな事になっているのだろう。
本当はチケンなんていなくても平気でなくてはならないはずなのに。
「しかし、魔力切れで何故魂が抜ける? 普段なら疲労困憊して座り込むだけであろう?」
「おそらく、この迷宮の仕様に反したことをなさったのが原因かと。あの【幸運の祈り】スキルはそもそも大勢に対して効果を発揮するためのスキルではございませんので、迷宮の管理側がエラーを起こし一時的に排除されたと推測されます」
「ふむ……戻ってこられるのか?」
「まだ不明でございます。ただ、私の予備端末の方に反応がございますので、追ってお知らせいたします。暫くお待ちくださいませ」
インテも喋らなくなった。グリセルダに出来ることはもう何も無い。
薄っすらと生命維持をするために呼吸をするだけのチケン。グリセルダはそれを何とも言えない顔で見つめている。
「早く起きるが良い、チケン」
グリセルダは飽きずに眠るチケンの手を握り続けていた。




