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第8話 SKIPを押す猿



 俺にとって救いなのは、この検査ゲームに休み時間や飯時間がきっちり挟まれていることだ。


 これも治験の一部なのだと言う。助かった。

 嫌いなタイプの男に擦り寄られながら8時間連続で拘束されるのは流石にキツイからな……。


 昼休み、相変わらず美味い病院の飯を食ったあと、俺は『ローレンツェン王国物語』の攻略サイトを眺めた。


 確かに技師さんの言う通り、最初のルートはあのクソ王太子固定らしい。

 そこから徐々に攻略対象が広がり、大体5~10周ほどすると全ての視点、全ての攻略対象へのプレイが解禁されるという。


 よし、今日中にそこまでは絶対終わらせる。

 幸い人気ゲームなので攻略サイトも充実している。俺はその攻略サイトにある最短で選択肢が全開放される攻略ルートを頭に叩き込んだ。


 VRゲームの中にスマホは持っていけないからな……。


「えーと、王太子の次にメガネ、マッチョ先輩、ピンク髪、バイオリン男、闇落ちホスト、よし、覚えた!」


 正式な名前は全員長くて覚えられなかった。なので、あだ名(命名:俺)で覚えた。

 ファンに聞いたら殺されるかもしれない……というか、闇落ちホストのところで看護師さんがお茶吹き出してた。看護師さんもこのゲームやったことあるんかな……。


 俺、覚えるときは音読するタイプ。

 ここでしかスマホ使えないからしょうがないけど、聞かれてたのは少し恥ずかしい。


 ブツブツ先程の攻略リストをつぶやきながら、外を眺めてコーラを飲んだり、メテクエや他のスマホゲームのデイリーを消化したりした。


 昼休みは終わり、また技師さんと看護師さんが部屋にやってきた。


「茅原さん、午後もよろしくおねがいしますね!」

「はい!」


 朝と同じように俺に検査機器を接続していく。俺も二回目で大分慣れたのでセッティング時間は大分減少していた。


 ゲームがスタートしたら、二周目は眼鏡の同級生をターゲットロックオン。次は魔法しか取り柄のない男を籠絡。したくないけど、仕事なのでやらねばならぬ……。

 

「デュフっ……チケン姫……僕が一生大事にするでござるよ……♡」

「フリースランドさまぁ♡ 嬉しいっ」


 キッモ……。

 なんかナメクジみたいな喋り方なんだよなこいつ……。

 中の俺はオエッとなっているが、男の俺から見ても顔はすごく良い。このキャラ、人気あるのか……?


 男の人気はちょっと気になったが俺は手を思いっきり斜め上に伸ばし、『SKIP』が出るところをタップし続けていた。はたから見れば狂人かバナナを取ろうとしている猿のように映るだろう。


 恥ずかしいがこいつとのキスシーンなんて見たら蕁麻疹が出そうだ。俺は構わず斜め上をリズミカルに叩き続けていた。

 ウキー! ウキー! と脳内で叫んでいる。流石に口には出さない。

 猿になりきらないとメンタルが持たない。


 エンディングは目を閉じて見なかったことにしようと思った。

 なのにこれ、そもそも視界がなくて脳に直接流れ込んでくるやつだったんだ。地獄だ。


「あああああああああ! つーらーいー!!」


 俺の苦しみの叫びは、ゲーム内ではこう変換される。


『フリースランド様……♡ お慕い申し上げております♡』


 いやだああああああああ!

 俺は、生理的に無理なタイプのイケメン二人に挫けそうになっていた。


「栄一が一人! 梅子が二人! 柴三郎が三人! ……」


 俺は苦しみながらも、大好きなかねの名前を叫んでなんとかスタッフロールが流れ終わるまで耐えきり、スタート画面に戻ることに成功した。



 そして二周目が始まると、先程とは違う画面になる。


『別のキャラクターでプレイできます!』


 よし、しかし、まだ別キャラでプレイしてはいけない。マッチョ先輩とピンク髪を攻略しないといけないのだ。


 俺はゲームを先程と同じヒロインのチケンちゃんで開始して、真っ先にマッチョ先輩のいる運動場にダッシュした。もちろん、斜め上のSKIPをバンバン叩きながらだ。

 恥も外聞も知ったことか。


「くっさ!!」


 マッチョ先輩の前に行く前に、俺は思わず叫んでしまった。

 え? なんで? なんか剣道の防具の臭いみたいのがすごいんだけど!?

 あ、マッチョ先輩騎士志望で汗だくで鎧着てるからか?


 幸い俺の「くっさ!」というセリフはゲームフィルターによって『あれが学園最強クラスの騎士ベルコフ先輩……♡』という風に置き換わっている。

 置き換わっていなければ大事故だったな……。


 このゲーム、普通の3DVRゲームだったはずだが、臭いまで設定あんの?

 そういえば、タイトル画面のバラも触れるし、うっすら匂いもしてたな。いい匂いだから気にならなかったが。


 でもだからって、こんなところまでリアルにしなくてもいいじゃねえか……。


 俺は、先程の眼鏡よりも気合を入れてSKIPを高速タップし、先程よりクリアタイムをおそらく10分ほど短縮した。



 ピンク髪は男の娘だった。こう言うのでいいんだよ、こういうので……と思ったが、このピンク髪すげー馴れ馴れしい。鬱陶しい。


 どうにかこうにか攻略を進めるが、あまりの馴れ馴れしさに蕁麻疹が出そうだ。


 それでもマッチョ先輩よりは臭くない分匂い的にマシだが……。

 なんとか耐え忍び、秘技SKIP連打と今まで記憶した地図を頼りにダッシュ高速移動のコンボでゲームを進める。


 15分後、俺はなんとかこのピンク髪とのエンディングを迎えることに成功した。


「ねえ……チケンのこと、ママって呼んでも良い………?」


 ピンク髪男の娘はマザコンだった。しかも、超の付くレベル。


「いい訳無いだろボケェ!」


 と叫んだものの、俺の言葉は変換されて


『うん、今日から私がミーくんのママだよ……♡』


 って出た。もうヤダ辛いこのゲーム。

 これ、技師さんや看護師さんにモニターされてるんだよなあ……うわあ、恥ずかしい。

 エンドロールが流れてスタート画面に戻った時点で20分ほど休憩になった。




「助かった……休める」


 心から俺はホッとした。この苦行を休み無しで続けるのはあまりにも辛い。


「お疲れさまでした、それにしても、匂いまで再現されるのは初めてですね……」

「えっ?」


 ちょっとびっくりした。俺の鼻にはまだあの匂いが僅かに残っているからだ。


「匂いデータは設定されていないはずなんですよ」

「明らかに剣道の防具の匂いとかサッカー部の部室の類の匂いだったんですけど……」


 あきらかに10メートル先からも分かるレベルの匂いだったが……。


「あれ、VRデータそのままの流用ですもん。あるはずないんですよ。もしかしたら、茅原さんの思い込みが強すぎるあまりに匂いを感じたのかもしれませんね」


 技師さんの言葉に俺は少しだけ納得した。


「たしかになんか臭そうなんですよね、あのマッチョ先輩」


 俺は偏見たっぷりに呟いた。


 その言葉に技師さんの顔面筋はプルプルと震え、看護師さんは横を向いてブホっと吹き出してから数分間むせていた。

 やっぱ皆あのキャラは臭そうと思っているんだろうな。


「看護師さん、大丈夫ですか?」


「いえ、貴重な初見の感想大変ありがたいです!」


 看護師さんは先程までの営業スマイルではない、本当に俺の叫びを味わった顔をしていた。


 あ、この看護師さんさっき闇落ちホストでお茶吹き出してた人じゃん。プレイヤーだったのか……。俺の超高速SKIPも見られていたのか。恥ずかしい。


「あのー、明日もこのゲームなんですよね?」

「そうですねえ」

「別のゲームになりませんかねえ、男とデートするのは辛いし、他のゲームにしてほしいです……臭いし……」


 俺は無茶を承知で言ってみることにした。

 言うだけならタダだからだ。どんどん発言していこう。




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