第79話 現実にて 1
頭が痛かった。口が干からびていた。体全体が汗ばんで不快だった。
体を動かそうとすると関節が少し軋んで体が重かった。
まぶたが重い。頭が重くて何をしていたのか思い出せない。
薄っすらと涼しい風が吹くのを感じた。目を開けたが真っ暗だ。
「――――――――?」
声を出そうとするもかすれて声が出ない。
「えっ、ちょっと! 接続切れてる!」
誰かの悲鳴がした。
続いてバタバタと足音がして、足音の主が俺に近づいてくる。
「茅原さん!」
叫び声と同時に急に明るい光が視界に差し込み、思わず目を閉じる。電子音がいくつかして、こわばっていた体に急に自由が戻ってきて、頭痛が急速に引いていく。
「あれ…………?」
見渡すと見たことのない部屋だ。クールグレーとホワイトを基調にした無機質な部屋のベッドの上に俺はいる。
思わず起き上がって周りを見ると俺のベッドは透明なドームに覆われて、そのドームには見たことのない文字やグラフがリアルタイムで描写され、俺の周辺を爽やかな風が吹いていた。
俺の手首足首には記憶にある白いバンドが巻かれており、首筋にもなにかのケーブルがついたパッドが貼り付けられている。
そして……流行りの文法を借りるなら、紳士の装備品にもケーブルが繋がれており……何かちょっと……つらい……。
だってつまり誰かにバッチリ見られてたってことだから……。
「ぎゃああああああ! 接続切れてる!?」
「あれ? 吉田さん……?」
いつもの制服ではない、見たことのない……いや、どこかで見たことのあるような制服を着た看護師の吉田さんだ。お久しぶりです。
「あれ……?」
記憶が混濁している。さっきまで俺は何をしていた?
「茅原さん、大丈夫ですか? 何があったんですか?」
吉田さんは俺に走り寄り、矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。うーん、何があったんだっけ……。いや、違う。なんで吉田さんが目の前にいるんだ?
「えーと、何でしたっけ……あれ? グリセルダは……?」
「グリセルダ……? そのゲームはもう終わりましたよ?」
「おタヒは?」
「……? 茅原さん、大丈夫ですか?」
吉田さんは俺を不思議そうに見ている。……そうだ、そういえばあれはゲームの中の話……。にしては、生々しい記憶だった。コウモリ肉の味も、ペッパードラゴンの味も覚えている。
「……あれ? ええと、その……あと1日あるはずだったのでは?」
俺はなんとか記憶を絞り出す。そう、まだ7日目には達していない。だから五層に行く余裕があるはずだったのだが……。
「いえ、茅原さんの体調とデータに急変があったのでセーフティーが作動して接続がストップしたんです。なにかなさいましたか? もしくはゲーム内で死んだりしました?」
……心当たりはない。と言いたいが一個だけあった。
「ええと、信じてもらえるかはわからないんですけど、ゲーム内のスキルで【幸運の祈り】ってやつがあったんですよ。人に幸運を分け与えるスキルなんですけど。それで、触ってるときに一回だけ発動できるスキルで、試しに大量の人に触って発動したらどうなるかな? って試してみたんですが、そしたらMPが一気にゼロになって気を失ってしまって……」
それを聞いていた吉田さんはホッとしたようなため息を着いた。
「よかった、ゲーム内で死んだとかではないんですね……」
「あの、ここどこなんですか?」
「……それは、その」
ものすごく言いにくそうにしている吉田さん。
「いや、ここがどこかよりも、お願いがあるんですが」
そう、俺には、もしあれが本当のことならやらなければならないことがある。たとえ無給になっても。何なら返せる範囲の借金を負ってでも。
「な、何でしょう……まだあと1週間と1日はありますよね?」
吉田さんが言いたいことを俺は理解できない。
「よくわかりませんけど……お願いがあるんですよ。もう一回ゲームにログインできませんか? できれば、あと一週間か一ヶ月くらい期間を延長していただきたいんですが……」
「えっ」
吉田さんが戸惑っていると、聞き慣れない音がして、バタバタと複数の人間が入ってきた。
「ヨシュア! 何が起きたの!?」
「ヨシュア、テスターは大丈夫……じゃない、ですね……」
見慣れない服を着た治験コーディネーターの四方さんと検査技師の清野さんだ。
「……あれ? 何故お二人ともそんなコスプレみたいな服を……?」
俺には疑問しか無い。しかし、四方さんと清野さんは揃って沈痛な顔をしている。
「接続切れてるううううううううう!!」
「ウッソだろ、マジかよ…………」
すると、後ろからもう一人の……なんかTシャツにジーンズの、ラフな格好のロングヘアのお姉さんが出てきた。
「うわー、切れててウケるー! ザマァ!」
と俺を見て指差し笑っている。誰だ? 知らない人間だった。彼女は近づいてきてニヤニヤ笑いながらモニター類を一瞥する。すると、表情が一変してありえないものを見る目で俺を見た。
「えっ……うっそ……マジ? 死んでないのコイツ」
「犯罪者みたか! ばーかばーか! お前らとは徳の蓄積が違うのよ!」
絶望的な顔の謎お姉さんに向かって勝ち誇る吉田さん。かわいいけど、何だその謎用語……?
いや、なんで俺が死んでないのが絶望顔になるの? 酷くね?
「ですよねー、僕は茅原さんのこと信じてましたからね!」
「茅原さぁああああああん! 詳しく説明してくださーい!」
皆がそれぞれに好き勝手なことをいう。四方さんに至っては涙目である。このお姉さんポンコツ可愛いな……。それはともかく、この事態を説明してほしいのは俺の方なんだが……。
「あのー、とりあえず、水か何かもらえませんかね? 出来たらちょっと顔とかも拭きたいんですが……」
俺がそう言うと、承諾してもらえて普通のコップに入れた水とおしぼりをもらった。
水は冷たく美味しかった。一気に飲みほして顔を拭う。やっと一息つく。
思ったよりも口の中の状態は悪くなく、ヒゲもあんまり伸びていないし、体も少し汗ばんではいたが状態は良かった。
「とりあえず、俺から話したほうがいいですか? それともそちらから?」
俺は話を前に進めることに決めた。




