第71話 地獄のパジャマパーティー
俺は今絶望している。
グリセルダに無理やり風呂上がりにまるでドレスのようなパジャマを女物の下着込み一式で装備させられて絶望している。
この記録が一切どこのサーバーにも残らないことを俺は切に願う。
「死にたい」
「死ぬな、最下層まで共に行くのであろう?」
「グリセルダのせいだろ、早く殺せ、介錯しろ」
「まあそう言うな、愛らしいではないか」
「キモいおっさんの女装とか誰も得しねえんだよ」
グリセルダの腕に抱えられながらも俺の心には絶望のほうが強い。
グリセルダは有無を言わさず俺を小脇に抱えてさっき食事していた大きな部屋に入っていく。
「すまない、お待たせしたようだ。鄭重なもてなし心より感謝する」
「こう言う服初めて着たわ、軽いしキラキラして素敵! 私も感謝するわ!」
グリセルダが俺を抱えたまま華麗に一礼する。俺を抱えたままでも華麗になるのがグリセルダのすごいところだ。そしておタヒもきれいなレースとフリルのゆるいドレスを着てニコニコしている。おタヒには似合っている。可愛い。
俺はまだ機嫌を回復していないので抱えられたままチベットスナギツネの顔だ。
「まあ、よくお似合いですわ!」
「黒髪に白いドレスも素敵ね!」
「そちらのチケン様もお可愛らしくていらっしゃるわ!」
見物に来たモヤの皆様からの評判は上々だが俺は恥ずかしくて死にそうだ。今すぐ家帰りたい。
「チケン、ほら挨拶を」
グリセルダはそう促すが、どうしろってんだよ。俺には生き恥だよこんなもん。
「チケン?」
声のトーンにわずかにドスがこもって俺を抱える腕にわずかに殺意が入っている。これはまともな受け答えをしないといけない。
出会った時以来の害意だ。怖い。
「あ、あざーっす……」
小声だがなんとか口に出す。すると、ようやくグリセルダが許してくれたようだ。殺意が消えた。
「まあまあ! 小さくて可愛らしい!」
「やっぱりこの年齢の子どもにしか似合わない服ってあるのよねー!」
「子供服が一番作っててテンションが上りますわ!」
「解りますわ、いくら可愛くしても許されますもの!」
「ほら、見て! 花冠も似合いますことよ?」
黒モヤの貴婦人たちが俺とおタヒを囲んで盛り上がっているのを、何故かドヤ顔で見つめるグリセルダ。
おかしい。本当ならみんながおタヒとグリセルダを褒めそやすのを俺がドヤ顔で見つめているはずだったんだが。
俺がチベスナ顔をしていることなど誰も気にせず、花冠を乗せたり髪の毛にリボンを付けたり、ぬいぐるみをもたせたりして黄色い声を上げている。
おタヒはまんざらでもない様子でニコニコと相手をしているが猛烈な勢いで俺の心はすり減っている。これ、マジで吉田さんとかに見られてたらヤだなあ……。
俺はあまりの辛さに抵抗を止め、なすすべもなく黒モヤの貴婦人たちに蹂躙されるがままになった。もうどうにでもな~れ…………。
気がつくとグリセルダは黒モヤの貴婦人に囲まれる俺とおタヒを眺めつつ、満足気に金色の炭酸飲料を飲んでいた。あー、いいな、ジンジャーエールか?
俺も炭酸飲料飲みたい。最近飲んでない。
「グリセルダ、それ俺も飲みたいんだけど」
「…………まあ構わぬか。さあ飲むが良い」
グリセルダは一瞬悩んで、それから新しいグラスに注いでくれた。
鮮烈な柑橘系のフルーツの香りがする。
「ジュースだ、うっま!」
「そうであろう、大変に飲みやすい」
何かのフルーツ100%の微炭酸飲料というところか。甘酸っぱくて冷たくてシュワシュワして美味い!
俺は炭酸水もエナドリもコーラも大好きなので、こう言う炭酸飲料は正直嬉しい。
「まあまあ、チケン様、ではこちらもどうぞ」
黒もやの貴婦人に出されたのはいちごっぽい香りのジュースだった。これも美味い。いちごっぽさの奥に僅かな桃味があって、複雑で濃厚な味わいだ。
「これ美味いな、久々に飲んだわ」
「うむ、上質だな」
ようやく自分のご機嫌が治ってきたのを感じる。
まあ良いや、久々の炭酸は嬉しいからな!
気がつくとおタヒが船を漕ぎ始めていた。寝かせてやったほうが良いだろうな。
「すいません、どこか寝室をお借りできますか?」
「こちらへどうぞ、お嬢様方」
エミーリアさんが案内してくれるが俺のことをお嬢様扱いするのは止めてほしい。辛い。
「こちらの部屋へどうぞ」
「有難うございます」
中には大きなベッドが二つ置かれていた。そのうちの片方におタヒを寝かせる。あいつはレベルアップしなかった分まだ疲労が蓄積しているんだろうな。
そもそも時間が21時過ぎてるし、寝る時間なのかも知れない、子どもには。
「私達も休むか、チケン」
「俺は明日の準備をするよ、グリセルダは寝てていいよ」
「準備?」
「村長にお願いしてカバンに詰められるだけ食料分けてもらおうと思って」
「そのカバンに入るのか?」
「これ、マジックバッグなんだ。見た目よりも大分入るはずだ」
「ふむ、私も付き合おう」
俺は村長の元へと戻り、余っている食料を分けてほしいことを伝えると、村長は喜んでいた。何でも、作っても食べる人がいないから持っていかないと肥料とかになっちゃうらしい……。
明日の朝には用意してくれて、あとパンや焼き菓子なんかも作って持たせてくれるそうだ。これは助かる。
なんだかんだで菓子はともかく、パンや米なんかは無いとさみしいからな……。おタヒは甘いものも恋しいだろうし。
「何しろ毎晩うるさい悪霊を退治していただけましたからねえ、そのくらいはさせていただかないと」
「あれ倒さないと俺達も前に進めなかったんでついでですよ、ついで」
「あと、妻たちが久々に料理や裁縫に腕を振るえて本当に喜んでいるのですよ、着る物を作っても着る人間がいませんでしたからね……」
そう言われると、俺はあまり強く嫌だということも出来ず、曖昧に笑顔で返しておいた。まあ恥ずかしいのは恥ずかしいんだが……。
ボランティア活動だ、うん……。
それに俺がいられる時間はあと24時間あるかどうかわからない。
今は5日目だがそれも終わりかけている。
結果的にここで食料を分けてもらえれば自炊能力に不安にあるグリセルダとおタヒ二人でももしかして最下層に行けるかもしれない。
少なくとも、これで俺がいなくなっても飢え死にして最後を迎えるなんてことにはならないはずだ。
ここで足踏みをするのは悪手だと思っていたが全然そうではなかった。思っていた最適ルートが最適でなく、急がば回れ、という諺通りになっている。人生って面白いもんだな。
「では明日はよろしくお願いします」
「あ、お二人共お好きなようですので、良ければこれも」
村長さんはよく冷えたボトルを渡してくれた。やった!
「ありがとうございます!」
「グラスは寝室のサイドテーブルの上にありますので」
「はい!」
要件は終わったので俺とグリセルダは部屋に戻った。グリセルダはベッドの上で髪の毛をゆるく編み直している。かわいい。見つめていたい。
しかし、そんな不審者ムーブをし続けるわけにもいかず、俺は適当に床で寝ようと思ったその時だった。
「チケン、これは飲まぬのか?」
「飲む!」
グリセルダが村長から貰ったよく冷えたボトルを示す。
開けてみると、ジュースではなくそれはものすごくいい匂いのする酒だった。
「あれ? 酒かあ。俺あんま強くないんだよな」
「そうなのか? どれ……」
グリセルダが口をつけると嬉しそうな顔になる。
「うむ、良い。そんなに強くもないな、少し口をつけてみてはどうだ? いただきものでもある」
たしかに貰い物を飲まなかったとかいうのも失礼だな。思い切って口をつけてみると、なるほどこれはアルコールの強さを感じさせないうまい作りの味だ。
たまに宴会とかで飲む安酒とは違う。香りも舌触りも段違い。
「もう一杯だけ……」
そして、そこで記憶が途切れた。




