第70話 自称成人男性の着替え
「明るいところでご自身をご覧になってください」
と村長に言われて俺達は中に入ると、たしかに悲惨だった。あのボスアンデッドを焼いた灰が、見るも無惨に俺やグリセルダにこびりついている。
「シンデレラでもないのに灰被りかよ」
「シンデレラ?」
「……村長さん、なんか風呂とか借りられますかね?」
しかし、村人は現在のところ全員亡霊だ。風呂桶職人もいなかった。なので風呂がないらしい。
まあ必要ないよなあ。しかし、大きい洗い桶はあるらしいのでそれにお湯を張ってくれるらしかった。ダンジョンの中で二日連続で風呂に入ることがあるとは。
「着替えを用意しておきますので、皆様はどうぞ湯浴みをなさってきてください」
たしかに服にも灰がこびりついて全員見るも無惨だ。
「服、あるんですか?」
「ほら、物を作るのが楽しいものですから……着られないのに作ってしまうものがままあるのですよ」
「そうですの、刺繍や縫い物が楽しいのに着る人がいないから、羊用の服まで作っておりますのよ。人間用の服もサイズを色々で作っておりましたの。ぜひ着替えていってくださいましね!」
村長さんと村長夫人がニコニコして言う。そこで要らないっていうのも申し訳ないし、お言葉に甘えるか……。
「ありがとうございます、助かります」
「お心遣いに感謝する」
「私、異国の服着るの初めて!」
俺達は村長さんの言葉に甘えて俺達はとりあえず顔や頭についた灰を落としに行った。
幸いお湯はたっぷりと空き部屋に用意してもらえて、グリセルダとおタヒが洗い終わるのを待って俺が入る。
扉の向こうからは「わあ、素敵な色!」「似合うではないか」などの楽しげなガールズトークが聞こえてくる。
いいな、混ざりたくはないがずっと聞いていたい。俺は百合の間に男は挟まないタイプのオタクなので……。
しばらくして真新しい服に着替えた二人が出てきた。めちゃくちゃに似合っている。良家の令嬢の寝間着という雰囲気で大変に、ものすごく素晴らしい。マーベラス。
「チケンも大分酷いな、早く身を清めてこい」
「ほーい」
入れ違いで俺が入る。適当に灰を流して体を洗って終わり。特になんのこだわりもなく終了した。
体をふいて着替えようとすると、俺にも着替えが用意されていた。
あれ? ……これは……なんだ?
俺は全裸で着替えの前で立ち尽くしていた。これを着るくらいならまだ灰まみれの服を着たほうがマシかも知れない。もしくは、適当に自分で洗濯するか。
そう思って自分の服を回収しようとするとどこにもなかった。俺はドアの向こうに叫ぶ。
「なあ! 俺の服ないんだけど!」
「そこの籠にあるはずだが?」
ドア越しにグリセルダが教えてくれたが、俺の欲しい服ではない。
「俺がこれ着るの無理だろ!?」
「……何か問題でも?」
グリセルダは何言ってんだお前と言わんばかりの声色で返事を返す。
「なんで俺が女物を着るんだよ!」
そう、用意されていた着替えは贅を尽くし手を凝らした女物の服と下着だった。
フリルとレースの付いた豪勢なパンツにレースとリボンと刺繍のシャツ、その上に着るまるでドレスのようなパジャマ……。嫌だ。絶対に着たくない。
「貴公、体は女性であろう?」
「中身は男だっつってんだろおおおおお!」
俺は服装はユニセックスな感じのやつを選んでいた。俺のアバターの女性要素は体と髪型だけなのである。だって女物の服着るのあまりにも恥ずかしいし……。
「少し待て、一応聞いてきてやる……」
心から嫌そうな声でグリセルダが言うと、数分後、村長夫人を連れてグリセルダが戻ってきた。
「ごめんなさいねぇ、ほら、男物は誰も作ってないのよ。だって男物って作ってて楽しくないんだもの……レースもないしフリルもないし刺繍を入れても喜ばれないし……」
村長夫人が申し訳無さそうに言う。そうか、飯を作るのもお茶も畑も手芸も全部趣味だから、自分の好きなものしか作ってないのか……。
納得だけどこれはちょっと……俺の魂が拒否をしている……。
「あのー、じゃあ俺の服返してもらえませんか……自分で洗うんで……」
「お洗濯が趣味の子が喜んで持っていってしまって今ないのよ……一晩だけそれで我慢してくださいね」
「あっ、はい……」
そうか、普段洗濯なんてしないだろうしな、だって何も着るものがないから洗うものがない……。本当にこの村の営みは趣味100%なのだ……。
全裸or世間体の死。究極の選択肢だ。
よし、適当にここでマントにくるまって寝よう! 俺はそう決めた。
「グリセルダー、俺のカバンとってー!」
「何が必要なのだ?」
「マント! 包まってここで寝る……」
そう言うと、グリセルダはドアを開けて中に入ってきた。うわ! バスタオルで体を包んでいてよかった!
「公爵令嬢が人の着替えを覗くんじゃねえ!」
「往生際が悪いぞチケン!」
「嫌なものは嫌なんだよ! よく考えてみろ、これも監視されてる可能性があるんだぞ!」
「それがどうした」
「三十歳の成人男性が『あらー茅原さん可愛いパンツはいてますねー♡ そう言うご趣味がお有りですかー?』とか女性の看護師さんに羞恥プレイされる可能性なんて嫌に決まってんだろ!!」
なんとなくだけど、吉田さん(看護師)はそう言うこと言いそうな気がする。清野さん(技師)は言わないと思うが……。
「……グリセルダ、想像しろ。お前の知り合いの三十歳以上の成人男性がこれと同じパンツを履いているところを。それは良い光景か? 見たいか? お前が生み出そうとしてるのはそれに近しい光景だぞ?」
「…………」
グリセルダはその美しい顔を極限までしかめている。だろ? ひどい光景だろ?
「なる……ほど……?」
「わかってくれればいいんだよ」
「でも今のチケンには似合うな?」
「えっ」
「まあいい、早く着ろ。風邪を引くぞ」
「嫌です。…………へっ……。ヘックシュン! 早くマントを返してくれ!」
思わずくしゃみが出てしまった。俺はグリセルダの手からカバンを奪おうとする。が、失敗した。グリセルダがガッツリ持ってて取り返せない。
「ほら見たことか。早く着ろ。そもそも連絡もついてないのだろう? つまり誰も見てないということだ」
「誰も見てないからと言って女物の下着を着るおっさんは俺が嫌なんだよ!」
ふーっとため息を付くグリセルダ。諦めてくれたか。と思いきや片手でガシッと肩を抑えられた。
「見ているのは私だけだ、大人しく着ろ! 風邪をひく!」
「やだああああああ!」
グリセルダにバスタオルを剥ぎ取られ、半強制的に下着を着せられ、服を着せられる俺。ついでに雑に拭いただけの髪の毛も乾燥され、グリセルダに髪の毛をいじられた。
10分の熱い格闘の後、鏡の前にいたのはピンク髪の愛らしい美少女in俺だった。
鏡の中の俺はこの世の絶望を煮詰めて悲しみのソースを掛けた顔をしている。
「ほら、鏡を見ろ。美々しい幼女がいるではないか」
「嫌だ! 俺は美少女を見るのは好きだけどなりたいわけじゃねえんだ!」
「大人しくせよ! その体を選んだのは自分であろう?!」
「素早さが一番高いやつを選んだらこうなっただけなんだよ!」
「ほら諦めろ、皆がお前を待っているぞ」
「どういうことだよ!?」
俺は抵抗虚しく(なぜならグリセルダと俺の力の差は84に及んでいたので)暴れる猫を運ぶかのようにグリセルダに抱えられて連れ去られていくことになってしまった。




