第68話 悪霊退治 上の句
知らない根菜のステーキや知らない野菜のサラダ。スープ。パン。凝った煮込み料理。
だが、バターや油、調味料がたっぷりと含まれており、カロリーと栄養、食物繊維があるのをヒシヒシと感じる。
今の俺達に一番足りていないものだ。マジでここ数日タンパク質とタンパク質とタンパク質しか取ってなかったからな。
おタヒは自前の箸で、俺は下手くそなナイフとフォークで、グリセルダは完璧なマナーのナイフとフォークで食べていく。俺も箸が欲しい。
「ありえんレベルで美味い……!」
「迷宮の中でこんな美食を口に出来るとはな」
「50年ほどかけて品種改良した野菜です、お口に合いまして幸いです」
フルコースの野菜料理は味付けも絶妙だが、何より体が欲しているのがわかる。五臓六腑にしみわたるというのはまさにこのことなのだろう。この村の努力は素晴らしい味として形になっているようだった。
感動しているその時、外の様子が急に一変する。住んだ夜空が急に赤く染まる。月明かりが白から赤くなる。爽やかな夜の涼しさが、じっとりとした空気に変わる。
「あああああああああ、往ね! 往ね往ね往ね往ね往ね往ね往ね往ね往ね!」
まるで黒板を引っ掻いたような耳障りな絶叫が周囲を包む。せっかくの音楽がかき消されてもったいない。諦めたように楽団の人も演奏を止めてしまった。
「よし……来たわね!」
まだ半分くらいしか食べていないおタヒが箸を止めて立ち上がった。それに合わせてグリセルダも食べる手を休めて立ち上がる。
「えっ、何? 何??」
俺は何も知らされていないので座ったまま困惑している。これ、俺も行ったほうが良いやつなの?
「怨霊退治よ!」
「チケン、ランタンを」
「ああ、なるほど」
一宿一飯……いや、一ヌン活の恩義は返さねばなるまい。俺も飯を食う手を止めて立ち上がり、カバンを回収する。中からランタンを取り出して、おタヒたちと合流する。
「で、俺はこれ明かりをつけておくだけでいいのか?」
「まだ駄目。多分、それを見ただけで逃げちゃうわ、合図を出したら火をつけてね」
「それはそれで良いんじゃねえの? 戦わずして勝つのは最良だと思うが」
「それをここに置いていくのか、チケンは?」
そう言われて自分の言動の愚かさに気がついた。これを置いていくわけにはいかないのだ。借り物だからな……。そして、悪霊は何度でもやってくるらしいしな。
「しかし本物の悪霊かあ、初めて見るなあ」
「私もだ」
グリセルダも見たことないのか。しかし、どうしよう。予想より怖いやつだったら。想像つかないけど。
「ふふーん、私は有るわよ! もともとそっちが専門だしね!」
そういやそうだったな。日本での斎王と違い、東の国の斎王はまつろわぬ怨霊の類を鎮め、場合によっては浄化するのが役割だ。なのでこいつは生前何度も怨霊と対決してきたことがある。
斎王は未婚で清らかな霊力と胆力のある女子しかつけない職業で、ある意味、こいつにめちゃくちゃ向いている。ただ、おタヒは別にそれになりたいわけではなかった。
こいつは本当は男しかなれない職業である文章博士……いわゆる研究者になりたかったのだ。
男に生まれていれば確実になれたであろうが、性別が女なばかりに好みでない仕事を押し付けられていた。
「昼間の間にね、呪符を量産して建物に貼り付けて、悪霊が通れるところを制限して一箇所にとどまるように誘導しておいたの。だから、もうちょっと寄せ付けて集めてからその灯りで一気に弱体化させてから殲滅すればいいわ」
普段のわがままプリンセスっぷりとは違う、明らかな有能さに俺は改めて驚いた。
「お前、もしかして有能なの?」
「そうよ、私は天才で有能なの。でも最後の手は下せないから、グリセルダとチケン、お願いね」
「へいへい」
「ふむ、普通の剣が通じるのか?」
そういえば悪霊は普通の武器が通じないってスフォーのおっさんが言ってたな。
「さっきグリセルダとチケンのナイフと武器をお清めしておいたから一晩くらいなら通用すると思うわ」
「うーん、おタヒが信じられんくらい有能だな……」
「うんうん、もっと、もっと褒めなさい!」
「天才! かわいい! おタヒ!」
「褒め方が雑!! やり直し!」
俺とおタヒのやり取りを、グリセルダや村民が微笑ましく眺めているのに気がついて俺は羞恥に駆られる。
「うう、とりあえず、やるか……」
俺とグリセルダは立ち上がり、おタヒに説明を聞く。スキルや属性付与は有用そうに見えてお清めを打ち消すため片っ端からナイフと剣で切り刻んでいくのが面倒そうで最短らしい。
村の地図を見て頭にいれる。護符のある通りを進めば村の中央広場に迷宮のように追い込まれていく……らしい。
おタヒが立ち上がり、窓を開く。すると、おタヒの式神が入ってきた。風伯とかいう名前の式神だったが、白いイタチのゆるキャラのようだった。本来は日本画で書いたような繊細で洒落ているやつのはずなんだが……。
やっぱサインペンで符を書いたからなんかな。
「おかえり、風伯。うんうん……よしよし、いい子ね。そろそろ悪霊が増えてきたみたい。グリセルダとチケンは村の東から、悪霊には直接触らないようにして中央に誘導してね。西側からは牛頭くんがやるわ」
おタヒが懐から符を取り出し、ふっと息を吹きかけるとやはり牛頭のゆるキャラ牛頭天王こと牛頭くんが現れる。
「なんかこれも見慣れてきたな……」
「見慣れてくると可愛く思えてくるから不思議ね……」
「これで強いのが不思議なのだが……」
牛頭くんはゆるキャラデザインのままだった。ぬいぐるみの槍を持って外に駆け出していく。ふかふかの槍に見えて、あれで切れ味がヤバいのも怖い。
「よし、俺達も行くか!」
「そうだな」
立ち上がり、外に出ようとする俺達に村長たちが声をかけてくれた。
「皆様ご武運を、ご無理はなさいませんよう」
「はい!」
村人たちは浄火のランタンで消滅してしまうタイプの人たちなので、家の中に閉じこもっていてもらうことにする。
村人の案内で村長の家の裏から東側の端に出た。すると、中央付近に向かって引き寄せられていくようにボロボロの布をまとった幽霊や、ゾンビのような魔物、動く骸骨などが現れる。
そして、村の外からもそれらが集まってくるのを視認する。
俺はおタヒに言われた通り、悪霊を集めることにした。
声を限りに思いっきり叫ぶ。
「イエーイ、悪霊さんみてるー? ここに生者がいまーす!」
こんな安直な煽りでよってくるもんかね……と思うが、効果はてきめんだった。
「■■■■■■■■! ■■■■■ー!!!」
「……血を、血を分けて……」
「ああ……めしい……生者が恨めしい……」
うーん、俺心霊もの怖いと思ってたけどそうでもないかもしれん。
今はただのモンスターにしか見えていない。
よく考えたらホラゲ実況死ぬほど見てたから鍛えられたのかもな……。
正直ホラゲ実況の怖さって実況者が叫んでくれるところにあると俺は思ってるから、隣でグリセルダが平常心保ってるのを見ると全然怖く感じない。
ちょっと顔はグロいが実害はそのくらいだ。
俺はもう幽霊のことをどう倒せばいいかという目でしか見られなくなっている。もう一生ホラーは普通に楽しめない、そんな気がした。
「グリセルダ、よし、中央に行こう!」
「わかった」
俺とグリセルダは並んで走り出した。【視界拡張】を使いながら、グリセルダにかかる攻撃は俺がお清め済みのナイフで払い除け、手前の邪魔なアンデッドをグリセルダがサーベルで薙ぎ払う。
【視界拡張】とってよかったああああああああ!
だって、剣を振るうグリセルダがさ……マジでかっこいいから……。
俺はこのゲームのプレイヤーである前にただのグリセルダのことが好きなオタクだから……。
推しを眺めながら戦えるのは最高of最高。




