第66話 間話5:チケン抜きの二人
その頃の迷宮内。
(グリセルダ、チケンは?)
(寝ている)
寝ているチケンを起こさないように、おタヒが静かな足音で戻ってきた。
おタヒはしゃがみ込んでチケンの顔を眺めている。桃色の髪の毛は珍しいけれど吉兆の気がするし、可愛らしい顔だ。
声がおっさんなのだけが微妙だが、おタヒは自分の侍女にしたいくらいにはチケンを気に入っている。
(無理し過ぎなのよね、寝てる間もうなされてるし、仕事~、とか天井~とか)
(制限時間があるのも気がかりなのだろうしな……天井の意味はわからないが)
おタヒは眠り込むチケンの頭に呪符を貼る。眠りを妨げないようにするための防音の符だ。ついでに余った紙で作った小さな体力回復の符も貼る。これで少しは元気になればいいのだが。
「ふう、これで普通に喋っても大丈夫」
「すまぬな」
「こんなちっこいくせにおっさんヅラして頑張らなくてもいいのにね」
「それは本当にそうだな」
グリセルダはおタヒからすっかり覚めたティーカップを受け取って。冷めた茶を飲んだ。
ソファーに座ったままではカップが取れなかったし、動くと起こしてしまうと思って動けなかったのだ。
冷めていてもほんのりと香りがして、今までに飲んでいた水や白湯に比べると大分美味しいと感じる。
でも、その白湯もチケンに会うまでは飲めていなかったものだ。そもそも食べ物を自分では見つけられなかった。
「本当に男なのかしら? 顔は可愛いけど」
「ちらっと見たが体は女児に見えたな。何かの呪いだと言ってたな」
「なるほどねえ、呪いは解けないほうがいいんじゃないかしら、可愛いし」
おタヒはまるで犬や猫でも撫でるかのようにチケンの頭を撫でる。普段は絶対触らせてくれないからだ。おタヒには九人の兄や姉が居る。しかし、弟妹の類はいない。
自分よりも年下に見える子ども、というのは格好の好奇心の的だった。
「私、妹とか弟とかいうやつが欲しかったのよね、きっといたらこんな風に小生意気で可愛いんでしょうね」
その言い方はどうなのか、と思いつつもグリセルダも同意した。彼女も末娘だったので自分より年下の弟妹はいない。いなくてよかった、とは思っている。
自分のように40歳上の中年に嫁や婿に出されたり、よくても全寮制の学校に叩き込まれて苦労するのが目に見えているからだ。
「そうだな、このような者がそばにいれば無聊は慰められるであろうな」
「ちょっとつつくだけで喚くから面白いの」
普段撫でようとすると「斎王が男に触んな!」とか「おっさんと触れ合おうとすんな! 俺が犯罪者になるだろ!」と洗われる猫のように激しい抵抗に会うのだ。
おタヒは絶対ペットを飼わないほうが良いだろうな、とグリセルダは思った。構い過ぎでペットがストレスで倒れそうなタイプの飼い主に見えたからだ。だがかろうじて口には出さなかった。
「うーん、この迷宮から出たら、こいつ何をするのかしら。仕事って言ってたけど、何の仕事かしらね?」
「そうなれば私の侍女として迎えたいところだ。どうせ職がないなら私の傍で仕えてもらう」
「えー、私も同じこと考えてたのに!」
「でも男に戻ったら?」
「実物見てから考えるわ」
「ふふふ……おタヒは現金でいいな」
「私はいつだって現実的なの!」
グリセルダとおタヒはふたりきりで話す、ということはあまりなかった。お互いのことをチケン越しでしか知らない。
「そういえば、チケンの新しい髪グリセルダが結ったの?」
「ああ、動きにくそうだったからな、蜘蛛のときも糸に引っかかって抜けて痛そうな顔をしていたし、まとめたほうが良かろうと思ってな」
「あれすごく可愛いわね、私も何か可愛いのにして! 私、ずっと同じ髪型だったからそういうのしてみたい!」
「よかろう、櫛はあるか?」
グリセルダはおタヒから櫛を受け取ると、長い髪を梳いて整え始める。これだけの長さがあれば色々なアレンジが出来るだろう。グリセルダはおタヒの髪の毛を2つに分けて編み込んだりまとめたりした。
「こう言うの自分でできるといいんでしょうね」
「慣れだな」
「いつも乳母にやってもらってたから……」
「そうか、まあここに居る間は私がしよう。髪の毛を結うのは嫌いではない。王太子妃が自分でやるなとよく叱られたものだがな」
グリセルダは見かけは冷徹な女の武人といった風でおタヒには理解できない、周囲にいないタイプの人種だった。しかし、話してみれば話は通じる。媚びへつらう女官と話すよりもよほど楽しい。
「チケンを見ていると、昔飼ってた犬を思い出すわ。私を護ろうとしてキャンキャン吠えるのよ、そこが可愛いの」
「ああ、わかる気がするな。王太子も犬のようだと言っていたな。悪い意味ではなくな」
おそらく、チケン本人が聞いていたらチワワはお前だろ! と絶叫しそうなことをおタヒは話し、それをグリセルダも楽しそうに応じている。
話している間に、和服にも合うが動くのに邪魔にならない髪型が出来上がっていた。
部屋にあった鏡で自分を見たおタヒは満足する。
「素敵、絵の中の天女様みたい!」
「喜んでもらえたなら何よりだ、またいつでも言うがいい」
グリセルダは満足げなおタヒを見て少し顔を緩めた。
「あ、そうだ。グリセルダ、お願いがあるのだけれど」
「何だ?」
「この村の話よ。あのね…………」
グリセルダは緩めた表情を元に戻し、おタヒの話に耳を傾けることにした。




